錯誤した思考


 『茶』の七大聖人セブンスワンナニガシと対面したケイルは、望みのモノとは真逆であるちからの抜き方を教示される。

 それを示され疑問を抱いたままのケイルは、武玄ぶげんと共に京から離れた屋敷に戻った。


 それから数日間、ケイルはナニガシに受けた教えについて考える。


 ナニガシは間違いなく、自分ケイルが出会った者達の中でも最も武芸に長けた人物。

 気力の扱い方、身体の動かし方、更に小枝こえだとは言え洗練された武器の扱い方、どれも師である武玄ぶげんともえを上回ることを試合しあう事で感じる。


 しかし二人の師と比べると、印象に持つ程の圧迫感や存在感は少ない。

 初めて対面した際に纏い放っていた剣気も、試合しあう最中ではむしろ消失し抑えられていた。

 故に剣気の無い枯れ木のような老人あいてに、ケイルは始めに脅威を抱けなくなる。


 そんなナニガシに対して、自分ケイルは一合も剣筋を入れられていない。

 逆に幾度も剣を小枝こえだで抑え受けられ、まったく筋の読めない振りと剣圧を通して自身の死を何度も体験した。


 見た目に反した圧倒的な強さを見せたナニガシは、ちからを抜く事こそ強さに必要だと説く。

 それを実践するように、ケイルは屋敷内に設けられた小さな道場に稽古着を身に着け、毎日のように座禅を組みながら傍らに自身の魔剣と小剣を置いて精神統一を行っていた。


「――……りきを抜く、か……」


 ケイルは静寂の中で瞼を開け、赤みを宿す瞳を見せながら呟く。

 そして魔剣の鞘を左手に持つと、左腰のおびに差し込みながらきつく結び直し、試合しあったナニガシの姿勢を真似るように立った。


 それから数分間、ケイルは微動すらせずに道場内の静寂に包まれる。

 そしてケイルの身体が高まる気力を纏った瞬間、その静寂を破るように魔剣の柄を右手で持ったケイルは瞬く間も無く抜刀し、目の前の空間を斬り裂いた。


「……駄目だ。打ち込むより前に気力を纏っちまう……」


 ケイルはそう呟き、再び赤い刀身の魔剣を左腰の鞘に戻す。


 毎日のようにケイルが行っているのは、気力オーラを込めた剣の打ち込み。

 ナニガシのように気力オーラを身体に滾らせぬ事なく、打ち込む瞬間だけ剣に気力オーラを纏わせ打つという抜刀の方法。


 しかし何度も精神を落ち着かせ時間を置いて挑んでも、どうしても打ち込む前に身体が気力オーラを纏ってしまう。

 抜刀速度を重視する為に身体全体の力を強めるという事をやり続けていたケイルは、癖とも呼ぶべき自分の動きに苦戦を強いられていた。


 ケイルは幾度も剣を抜き放つ動作を行い、試みに失敗する。

 そうして時間も朝から昼と呼ぶべき時刻を超え、立ち尽くしたまま僅かに額に汗を浮かべるケイルに道場の外から声が掛かった。


「――……軽流ケイル


「……とも……頭領」


 そこに現れたのは、ケイルにとって体術の師であるともえ

 その姿はしのび装束ではなく、着物を身に付けた優雅で美しい装いをしていた。


 そんなともえは、ケイルの様子を見ながら言葉を繋げる。


「今はともえでいい」


「あっ、はい。……えっと、どうしたんですか?」


「もう日が傾いている。食事をしろ」


「えっ? ……あ、本当だ。また分からなかった……」


「お前は一つの事に集中すると、周りが見えなくなってしまう。それも幼い頃からの悪い癖だ」


「はい……」


「それで、悪癖を直すことは出来そうか?」


「……難しいです。この十一年間、ずっとやって来たことだったので」


「お前が途中で、親方様の修練を抜け出したせいでもある」


「う……」


 ケイルに身に付いている悪癖を、こうした言葉でともえは指摘する。

 それに反論できず口を噤み視線を逸らしたケイルに、ともえは呆れるように息を漏らしながら歩み寄った。


「そういえば、聞いていなかったな。……家族は見つかったか?」


「!」


「お前は家族を探す為に、私達の下を離れたのだろう?」


「あっ、ああそうか。……三十年後むこうでは言ったけど、現代いまは言ってなかったんでした」


「そうか、未来では告げたのか。……それで?」


「……ほとんどの家族や一族は、既に死んでいました。……ただ、姉にはマシラ共和国という国で会えました」


「その姉とは、どうなったんだ?」


「……二年ほど前に、死にました」


「……」


「姉は犯罪奴隷になっていて、ある人に買われ愛人のように扱われていました。……アタシはそれを見て、自分の顔と髪色を隠し名乗りませんでした」


「……最後までか?」


「はい」


「後悔は?」


「……無いと言えば、嘘になります。でもむこうも自分に気付いていたようで、それをアタシの前で明かさなかった。……アタシ達は、それで良かったんです」


 ケイルは姉レミディアの事を、巴に話し教える。

 それを聞いたともえは僅かに唇を噛み締め、ケイルに歩み寄り頭を抱くように腕を運びながら抱き寄せた。


「!」


「……私達とお前に、血の繋がりは無い。だが実の娘のように鍛え育てたつもりだ」


「……」


「だがお前は出て行き、その理由が本当の家族を求めての事だと知った。その時に、私達はお前にとって家族には成り得なかったのだと悟ってしまった」


「……そんなつもりでは……」


「分かっている。……だが出て行くのなら、手紙ではなく直接告げて欲しかったな」


「……すいません」


 ともえはそう告げ、抱いていたケイルの頭を腕から解放する。

 そして二歩分の距離を離れると、ケイルと目を合わせながら微笑みを浮かべた。


「千代母様が食事を用意してくれている。食べなさい」


「はい」


「それと、お前が出て行ってからの出来事を教えておくれ。帰ってきて早々、未来の話ばかりを聞かされてお前のことを聞いていない」


「……そうでしたね。分かりました」


 そう促すともえは、道場の外へ歩いて行く。

 その後ろ姿に追従するように、ケイルもまた道場を離れた。


 それから本邸で昼食となる食事を食べ、ケイルはともえ千代ちよがいる場で今までの出来事を話す。

 

 アズマ国を出てすぐに傭兵となり、皇国ルクソードに渡ったこと。

 傭兵稼業を務めながらレミディアと思しき犯罪奴隷がマシラ共和国に移された情報を得て、その国に向かったこと。

 しかし姉はマシラ共和国の王子ウルクルスと愛人として買われ、それを知り深く傷付いたこと。

 

 傷心する中で他の家族や一族の情報を得られず、苛立ちと焦りを宿らせていたこと。

 その最中に、マシラ共和国の闘士だったある人物に【結社】に勧誘され、その申し出を受け入れ闘士の席に就いたこと。


 闘士の任務と【結社】の依頼を兼ねて、ベルグリンド王国に渡りエリクの居る黒獣傭兵団に席を置いたこと。

 それから突如として国を追われる形で出て行き、奇妙な関係性となったエリクと再会してアリアと出会い、それから起こる問題だらけの旅を話し続けた。


 その話を聞き続けていたともえは不可解な表情を幾度か浮かべ、話を終えたケイルに尋ねる。


「――……それでお前達は三十年後の未来で戦い、『黒』の七大聖人のちからで戻って来たのだな」


「はい」


「……幾つかの話を聞き、疑問に思った事がある。答えられる限りで構わないから、考えて答えてみろ」


「は、はい?」


「お前が与すると決めた【結社】なる組織。そしてエリクなる男をフォウル国へ連れて行く依頼。……その依頼は、本当にお前が与する組織から出された依頼か?」


「……え?」


「お前はフォウル国がエリクなる男を求め、【結社】を通じて勧誘の依頼を出したという推測をしているな。……だが私や親方様が知る限り、フォウル国がそのような事を求める可能性は低い」


「な、何故です?」


「決まっている。そんな遠回りな事を依頼するくらいなら、彼等なら直接赴いてエリクなる男を連れ出すだろう」


「!」


「それだけの実力者を有しているのが、フォウル国なのだ。わざわざ【結社】なる組織に依頼を出してまで、その男を国に連れて来るよう求めるのは、彼等の力量と噛み合っていない」


「……じ、じゃあ……アタシに出された依頼は、フォウル国からではなく……?」


「お前は裏を読もうと、深く考え過ぎたのだ。……【結社】なる組織を介してお前に依頼したというのは、ウォーリスなる者なのだろう?」


「!」


 巴はそう述べ、【結社】を通じてエリクを王国ベルグリンドから連れ出す事にフォウル国の意思が関わっていない事を予測する。

 その予測に説得力があるモノが含まれており、ケイルは改めて自身が受けた【結社】の依頼を考え直した。


 徐々に拓け過ぎていたケイルの思考は、狭めながら可能性を凝縮させていく。

 そんなケイルの思考は、マシラ共和国でアリアと交わした会話を思い出した。


『――……それで、貴方はどうするの。ケイル、それともケイティルさん?』


『……第四席ケイティルの方は、とりあえずは闘士から除名だ。元老院の印鑑付きの書面悪用、その他諸々の余罪は、今までの五年間の情報と引き換えに帳消しだってさ』


『貴方、ベルグリンド王国に密偵として入り込んでたのよね?』


『ああ。……丁度、五年くらい前か。王国の方でキナ臭い感じの事が噂されてきてな。その周辺調査で二年間、そして三年前にケイルとして王国に入り込んで傭兵をしていた』


『噂?』


『王国側が各地から物資や資源を輸入し始めたんだ。それもかなりの規模と金銭を動かして』


『……それ、本当?』


『帝国の上層部の方にも伝わってただろうぜ。明らかに尋常じゃない規模で、巨大な取引も行われていたらしい。アタシはその資金源の調査と、物資と資源の利用方法を調べる為に、王国内に入り込んでたってワケだ』


『それで、その調査が終了したから、マシラまで戻って来たってこと?』


『ある程度な。でも結局、王国側の資金の出所は分からなかった。だが、王国が外部からの援助で資金供給が行われていたのは確かだな。あの国力と情勢下にも関わらず、マシラ共和国の国家予算の十倍以上の金額が王国で動いていた』


『……第三国の介入?』


『国か、あるいは大金を所有した集団、あるいは個人か。ベルグリンド王国の背後に巨大な資金を持つ何者かが、背後に付いたのは確かだ。じゃなきゃ、今の情勢でガルミッシュ帝国に強気の戦争を吹っかけるはずがないし、エリクを切り捨てるワケもない』


『……やっぱりエリクは、向こうで魔人だと気付かれてたのね』


『ああ。王国の上層部は間違いなく気付いてたな。それを知ってた上で、エリクと傭兵団の奴等を存分に利用してた感じに見えたし、思えた』


『そのエリクを切り捨て、処刑しようとしたって事は、エリクが不要になったから?』


『どうだろうな。……元貴族令嬢の意見として聞くが、民から英雄的に見られ始めていたエリクという戦力を切り捨てて、民を虐殺したと偽り公開処刑までして排除するのは、王国側からしたらどんな意図があると思う?』


『……エリクという英雄が、邪魔になったから』


『邪魔になった?』


『王国側は、自分達が選んだ他の人物を英雄に祭り上げ、国民に支持と崇拝を向けさせ、英雄にしたかった。その為には民から信頼を厚くさせていた英雄としてのエリクは、邪魔だったのよ。だからエリクが村人を虐殺したと嘘を喧伝し、エリクの名声を地に墜とさせてから処刑しようとした。その後に、英雄に誰かを祭り上げる為に、帝国へ戦争を起こした。今回の戦争を率いている王国貴族の中に、英雄に成り代わる人間がいるはずよ』


『……なるほどな』


『逆に私から聞くけど、エリクの次に英雄になりそうな人物は、王国に居たの?』


『……期待されてたって意味では、王国の王子だな』


「王子……。第一、それとも第二?」


『ウォーリス=フォン=ベルグリンド。ベルグリンド王国の第三王子で、第一王子と第二王子が跡目争いで潰し合って、結局は互いに脱落した後に名が上がった、今現在でベルグリンド王国の王位継承権一位の王子だ』


『第三王子……。あれ、そんなの王国に居たかしら?』


『第三王子は養子らしい。存在自体は、第一王子と第二王子が継承権を失ってから明かされたみたいだな。国民や末端貴族は、第三王子の存在なんて知らなかったみたいだぜ』


『養子……』


『ベルグリンド王の愛妾の子だとか、他国の王子と養子縁組を築いて座に収めたとか、色々噂はあったけどな。ベルグリンド王国で第三王子の存在が明らかにされ、王位継承権の筆頭になったのが丁度、五年前だ』


『……王国が莫大な資金を得て周辺諸国から物資を輸入始めた時期と、第三王太子が表舞台に出てきた時期が、一致している?』


『無関係ではないだろうぜ。あるいはエリクは、そいつに嵌められて叩き落された可能性は高い』


 過去にアリアとそうした会話を交えていたケイルは、改めて自分が『黄』の七大聖人ミネルヴァミネルヴァの疑心暗鬼に近い憶測に翻弄され思考が錯綜していたのだと気付く。


 ミネルヴァは自身が崇める『クロエ』を、フォウル国に殺されている。

 その不信感と憤怒に似た感情が【結社】と通じているフォウル国に結び付き、彼女なりにフォウル国が陰謀側に加担していると思考していた。


 それ故に、ケイルもまたフォウル国が【結社】を通じて自分達を追い詰めているのだと信じてしまう。

 未来から帰還し隠れ潜んでいた三ヶ月間はケイルの思考も停滞させ、ミネルヴァの予測に流されるように自分の思考も偏らせていた。


 ともえにそれを指摘され、ケイルは巡らせ過ぎた思考を戻し改めて紡ぐ。

 それを見守っているともえ千代ちよと向かい合う中、数分後にケイルは改めて考え至った結論を述べた。


「――……アタシに【結社】を通じて依頼を出したのは、王国のウォーリスなる者。その依頼が出された理由は、エリクが王国内に留まり続けることに不都合があったからです」


「私もそう思う。……だが、その不都合な理由をどう考える?」


「……アリアは、王国で『英雄』と呼ばれているエリクが邪魔になったからだと推測していました。……しかし、別の可能性もあると考えます」


「それは?」


「エリクの魂は、フォウル国が崇める鬼神を宿していると『クロエ』が言っていました。……もし私がフォウル国側でそれを知っているのなら、魂に宿る鬼神エリクの不興を買ってまで連れ去るよりも、その様子を窺うことを考えます」


「そうだな」


「ミネルヴァの情報が正しければ、【結社】の設立にはフォウル国が関わっています。なら人間大陸に居る鬼神エリクの状態を窺うのに、各国に目を持つ【結社】の人員を利用するのが最善でしょう。……つまりエリクが居た王国ベルグリンドは、今まで【結社】やフォウル国に注目されている場所だった」


「そしてお前の話した未来通りならば、そのエリクが居なくなった国と隣国で事件が起こる」


「……エリクを王国から追放した本当の目的は、【結社】やフォウル国の注目をエリクに傾け、王国から目を逸らさせる為。そして誰にも気付かれずに、異変を起こす事だった……!」


 ケイルはその結論に至り、両手を強く握り締めながら唇を噛み締める。

 その結論を聞き終えたともえは静かに頷き、その言葉に同意して見せた。


 こうしてともえの指摘を受け、今までケイルやアリアが推測していた状況が間違っていた事に気付く。

 そしてエリクや黒獣傭兵団が罪人に仕立て上げられ、王国から追い出された真の理由を悟った。

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