国々の動き


 『黄』の七大聖人セブンスワンミネルヴァと共に、エリクとマギルスがフォウル国に旅立ってから三ヶ月余りの日付が経過する。

 その間に人間大陸の国家間では、ルクソード皇国を中心とした状勢の変化が現れていた。


 変化した内容は、以下の三つ。


 一つ目が、三代目となる『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカがその座から退しりぞいたこと。

 二つ目が、四代目としてケイルという名の女傭兵が新たな『赤』の七大聖人セブンスワンとなり、ルクソード皇国に所属する旨を伝えたこと。

 三つ目が、暫定的ながらも七大聖人セブンスワンを退いたシルエスカに皇位継承権を戻し、ルクソード皇国の第二十二代皇王シルエスカ=リーゼット=フォン=ルクソードとして戴冠の儀を果たしたこと。


 七大聖人セブンスワンの交代に関しては、少し前に『青』が退き新たな『青』が選ばれた事もあり、それほど珍しく驚かれた様子は少ない。

 またルクソード血族が皇国で絶えている今、唯一の血脈として証明されているシルエスカが皇王になることも、各国や同盟国は不自然さを感じなかった。


 むしろ各国や皇国内で疑問視したのは、新たな『赤』の七大聖人セブンスワンに選ばれたケイルという女傭兵のこと。


 『赤』の聖紋は他と違い、初代『赤』のルクソードに連なる血族から選ばれている。

 しかしそうした繋がりの無い者が『赤』に選ばれ、更に各国が大国の要請に応じて犯罪者として指名手配し追っていた人物でもある事態から、各国に動揺と疑問を浮かばせた。


 それに関して皇国宰相を務めるダニアス=フォン=ハルバニカから、新たな『赤』の七大聖人セブンスワンとなった女性ケイルに関する報告を自国内で発表した後、魔道具を用いた映像通信で各国の代表達をつどい改められた場で語られた。


『――……彼女は、二十年前に没した第二十一代皇王エラクシス=サミアン=フォン=ルクソードが妾としていた庶子の隠し子であり、今まで傭兵として活動していました。彼女の血筋と身分の保証は、正式に皇国の名においてさせていただきます』


 その言葉を各国の代表者に向けたダニアスは、ケイルの身分を保証する。


 実際には偽称された身分だったが、それが嘘である事を証明するモノは無い。

 また先々皇エラクはランヴァルディアという隠し子がいた事も皇国内では知られており、ケイルの髪色が『赤』の血を継ぐ事を証明するモノだったので、皇国内部ではそれほど不可解な話に思われなかった。


 ケイルは皇国内で、ルクソード皇族の血脈に名を連ねる者と認められる。

 そして皇族の一員として、『ケイティル=フォン=ルクソード』という皇族名を与えられる事となっていた。


 しかし『赤』の七大聖人セブンスワンに就任した為、皇位継承権は得ない。

 それに関しては本人に異論は無いことも魔道具を通じて各国に伝えられ、ケイルの顔と右手に刻まれた聖紋が各国の代表者達に見せられた。


 その際、他の大国に所属している『青』と『黄』の七大聖人セブンスワンはその場に赴いていない。

 しかしアズマ国に所属する『茶』のナニガシは魔道具越しに参列し、『赤』となったケイルの顔を見ていた。


「――……ふむ。あの娘、確か前に団長殿と話しておった女子じゃな」


 ナニガシはそう呟き、記憶の片隅にあるケイルの顔を思い出す。

 そうしてケイルが『赤』の聖紋を継承している事が証明されると、各国に対する要望がダニアスの口から伝えられた。


『――……ここで御伝えした通り、ケイル殿は新たな七大聖人セブンスワンとなりました。しかし、彼女は身に覚えの無い事柄で多くの国々から賞金首となっている事実を、皆様は御存知でしょうか?』


「!」


『また彼女と共に同行していた仲間達も同様に賞金に懸けられ、追われる立場にあります。彼女だけは皇国で保護するに至りましたが、他の者達は安否すらも定かではありません』


「……ッ」


『我が国の七大聖人セブンスワンとその仲間達を、各々の国が犯罪者と定め続けるのであれば。我が国はそれ等の国との関係を絶つ為の行動をさせて頂くつもりです。また七大聖人セブンスワンに関する盟約は守られなかったモノとし、それ等の国々に対して各国にも我が国と同様の行動を求めるよう要請します』


「そ、それは……」


『数ヶ月前、我が国にフォウル国の使者が訪れました。その際に使者殿から、再び問題が起きた場合に彼の国に助力を請えるよう、許可を頂いております」


「!」


『もし我が国の要望に御答え願えないのであれば、盟約のぬしたるフォウル国に状況を御伝えする事になるでしょう。……賢明な判断を、各国の代表者かたがたに求めます』


 ダニアスは終始、口調を強くしながら要望を伝える。

 一見すれば滅茶苦茶にも思える要求だったが、七大聖人セブンスワンに関する盟約に参加している国々にとって、この要望を叶えなければならない理由かあった。


 盟約に参加していない国は四大国家と同盟関係を結べず、物流や人の移動に関して大きく制限が設けられ、人間国家の中で孤立無援となってしまう。

 更に七大聖人セブンスワンとなったケイルを犯罪者として傭兵ギルドに追わせ続ければ、間違いなく盟約の主であるフォウル国の不興を買うことに繋がるかもしれない。


 先日、魔導国ホルツヴァーグ宗教国家フラムブルグにフォウル国の魔人が赴いた事で皇国ルクソードに対する宣戦布告を停止させている事は、各国の代表者達も知っている。

 フォウル国がそれだけ脅威となる存在だと認識している代表者達は、盟約から外れフォウル国と敵対してしまう事を恐れ、その条件を飲むしかなかった。


 こうして魔導国ホルツヴァーグ宗教国家フラムブルグを中心に、各国はケイルに懸けた賞金を外し、それに付随し仲間達に懸けられた賞金も外される。

 七大聖人セブンスワンとして表舞台に立つことになったケイルは、予定を上回る三ヶ月間からようやく解放された。


「――……これで、晴れて自由の身ってことだな」


「そうですね。お疲れ様でした」


「まさか、フォウル国を脅しの道具にしちまうなんてな」


「【結社そしき】の設立にフォウル国が関わっているのならば、皇国われわれも彼等の関係性について匂わせる必要があるでしょう。少なくとも、それを出来る材料はあったのです。活用しない手は無いですから」


「これだから貴族ってのは……」


 各国で指名手配が解かれたケイルは、その情報を宰相室に居るダニアスに聞く。

 室内に置かれた長椅子ソファーに腰掛けているケイルは、それ等の事柄を上手く口車に乗せて進めさせたダニアスに苦笑を浮かべた。


 そしてケイルは、向かい側に座るシルエスカを見て話し掛ける。


「……シルエスカ。結局アンタ、皇王おうになっちまって良かったのかよ?」


「仕方あるまい。誓紋が無い以上、我に皇位継承権を戻すよう各貴族達から声が上がってしまう。それを拒否すれば、再び各地で内乱が起こる可能性があるのだ。今は大人しく就くしかない」


「今は、か?」


「そうだ。皇王の地位に座れば、ダニアスと共に急進的ドラスティックな改革も行える。後は賛同者も多く募るだけで、皇国は新たな道を歩めるだろう。ルクソードの血族に縛られない国にな」


「そういう政治は、アンタ等で勝手にやってくれ。……役目は果たした。約束通り、アタシは自由に動かせてもらうぞ」


 ケイルはそう言いながら立ち上がり、出口の扉に向けて足を進める。

 その背中を見送るダニアスは口を開き、ケイルを呼び止めた。


「本当に、一人で行かれるのですか?」


「ああ」


「アズマ国に向かうのなら、馬車や船はこちらで用意させて頂きますが」


「そういうのはいい、一人の方が気が楽だ。……それに、まだ完全に安全とは言えないからな」


「アズマ国側にも、連絡をしなくても構わないのですね?」


「ああ。何処から情報が漏れるか分からない以上、出来るだけアタシの動きを悟られたくない。『赤』が就任してすぐ所属してる皇国くにから出て行ったなんて情報が広まるくらいなら、その方が都合は良いだろ?」


「そうですね。……あらかじめ御渡ししている、身分証を御使いください」


「分かってる、有難く使わせてもらうさ。――……じゃあ、三年以内には戻るわ」


「はい」


「気を付けるのだぞ」


 ダニアスとシルエスカはそう述べ、ケイルを見送りの言葉を向ける。

 扉に手を掛けたケイルは、そんな二人に対してこう述べた。


「アンタ等も、半年後に御嬢様が起きた時に気を付けろよ。記憶が無くて、暴れるかもしれねぇからな」


「!」


「どうしようもない時は、御嬢様の故郷に戻しちまってもいい。その間までは、御嬢様の世話を頼んだぜ」


 ケイルはそう言い残し、扉から出て一時間後に皇都から出立した事が伝えられる。

 それを宰相室で見送ったダニアスとシルエスカは、互いに顔を向けながら話を交えてた。


「――……シルエスカ、改めて聞きたいのですが。貴方はケイルが話していた三十年後みらいの出来事を、どう思います?」


「……正直に言えば、信じ難い内容だ。だが、真に迫るモノがある。何より、我々が秘かに考えていた新たな国作りの構想をケイルは知っていた」


「確かに。……アルトリアが目覚めた場合には、ガルミッシュ帝国に戻しても構わないとケイルは言っていますが。事態を避ける為には皇国に留め続ける必要もあります」


「だがそうなると、ベルグリンド王国に潜む【悪魔】とやらが表に姿を現さない可能性もある。そうなると、ケイル達が目的とする【悪魔】の殲滅が叶わない」


「ガルミッシュ帝国に、この情報を届けるべきでしょうか?」


「我々ですら半信半疑なのだ。ケイルと接点の無い帝国が信じる可能性は低い。逆に情報を知らせて帝国が王国側を強く警戒してしまえば、【悪魔】が事を起こさない可能性もある」


「……そうなると、皇国こちらは帝国と王国の動向を見守るしかないということでしょうか」


 ケイルから三十年後みらいの情報を聞いていた二人は、この先に起こる出来事にどう対処するかを考える。

 そして先手を打ち事に対処しようと考えるダニアスに対して、長椅子に腰掛けていたシルエスカは立ち上がり案を述べた。


「帝国と王国の和平に関して、皇国われわれが口出しを行うのは愚策だろう。……だが、やれる事はある」


「それは?」


「信用し、信頼できる者を集める。その者達を鍛え上げ、四年後の出来事に対処させる」


「!」


「皇国内部だけで集めるのではなく、他国にも秘かに呼び掛ける。それ等と連携すれば、三十年後みらいの起点は抑えられるはずだ」


「……確かに、可能かもしれません。……しかし他国に言っても、【悪魔】と対峙できる人材を持つ国は少ない。傭兵ギルドも【結社】側である以上、【特級】傭兵達を雇うのは危険度が高いです。そして魔導国ホルツヴァーグ宗教国フラムブルグは、皇国われわれと険悪な関係にあります。どの国に、その話を持ち掛けますか?」


「【特級】傭兵や七大聖人セブンスワン並の実力者を有し、帝国と王国の争いに関わる可能性が高い国。となれば、一つだけだろう」


「……確かに、あの国だけですね。その条件に当て嵌まるのは」


 シルエスカはそう述べ、その国が何処かをダニアスに教える。

 それに納得し頷いたダニアスは、皇都の復興と並行しながらの国に対する呼び掛けを秘かに行い始めた。


 こうして一行が各々の為に修練へ赴く中、皇国でも三十年後みらいの出来事を防ぐ策が進められる。

 それは同時に、ある結び付きを生む結果ともなった。

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