不介入の理由
鬼の巫女姫レイによって語られる過去の出来事によって、『黒』の
『黒』が述べる世界の滅亡を回避する為に『青』と協力関係となったレイは、人間大陸の
更に五百年前の天変地異と同様に、滅亡の原因となる可能性が高い『
各地で問題を起こしている【
そんな二人に対して、レイは口以外の表情すらも身動き一つしない状態で言葉を続ける。
「――……私から説明できる事情は、以上になります。何か御質問はありますか?」
「……ならば、聞かせてもらう」
「どうぞ」
レイの言葉に応じるように、エリクが口を開く。
そして自分の内に留めていた疑問の一つを、レイに対して問い掛けた。
「お前が『黒』に滅亡の予言を聞き、その
「それは、私とは関わりの無いモノです」
「なに……?」
「賞金というモノに関しては、『青』個人の判断で行ったのでしょう。彼は臆病で用心深く、あらゆる策を講じる事に長けていますので」
「……だがお前達フォウル国の魔人が、傭兵ギルドや【
「それも、『
「……」
「そしてもう一つ。『黒』が予言した、世界を滅亡に導く者を探させていました」
「!」
「『青』は『子』を通して、世界を滅亡に導く者の候補者を報告しています。――……その一人が、貴方達と同行していた『アリア』という少女です」
「アリアを……」
「
「……ッ」
エリクはそれを聞き、反論が出来ずに言葉を詰まらせる。
実際にアリアが行った
そして『
『黒』が百五十年前に行った予言は、見事に的中してしまっている。
それを理解しながらも、エリクは苦々しい面持ちを見せながら口を開いた。
「……やはり、お前達はアリアを殺すのか?」
「必要があれば」
「……そんな事は、俺がさせない」
レイの口からその言葉が出た時、エリクは身体中に纏わせる
そして前に一歩だけ足を踏み込ませ、腰にある大剣の柄に左手を翳した。
それを見て前に控えていた『牛』バズディールと『戌』タマモが視線を鋭くさせ、腰を上げようとする。
それを制止させたのは、レイの言葉だった。
「二人とも、そのまま控えてください」
「……ハッ」
「少し、誤解をさせる物言いでしたね。……始めに提案したように、私は『必要』があればアリアという少女を殺めると述べているだけです」
「……必要あれば、か?」
「そうです。その必要が無いのなら、その少女を殺す程の理由を私は持ちません」
「……だがアリアは、『
「それは正しいでしょう。しかし、結果が異なったことは証明されています」
「なに……?」
「その少女は三十年後、貴方達によって打倒された。そして世界は滅亡に陥れる程の危機には晒さなかった」
「!」
「『黒』が予言した世界の滅亡は、
「……人間の行いは、人間に正させる。さっきの話か?」
「そうです。破滅に向かう少女の行く末は、人間が是正するべきでしょう。それに関して私は助力する事を考えても、直接的に関与するつもりはありません」
「……そうか」
レイから改めてアリアに対する手出しを行わない事を聞き、エリクは腰を据えながら前に踏み出した右足を下げる。
そして大剣の柄に翳していた左手を退け、通常の姿勢に戻った。
それを聞いていたマギルスもまた、レイに疑問を投げ掛ける。
「――……その話だったら、もう生まれ変わる『
「いいえ。そういうことには出来ません」
「!」
「『黒』の肉体が『
「……どういうこと? アリアお姉さんが世界を滅亡させる予言の人なら、それをどうにかすればいいい話でしょ?」
「アリアという少女は、ただ世界を滅亡させる『候補者』でしかありません。……他にも候補者が居た場合、『黒』の肉体を成人に達するまで放置するのは危険だと、私は考えています」
「アリアお姉さん以外に、世界を滅ぼそうとする
「……奴だろうな」
マギルスの問いにレイは答えると、それを聞いていたエリクが別の候補者に関してすぐに思い至る。
ベルグリンド王国、ウォーリス王の傍に仕える黒髪蒼瞳の男。
【悪魔】となった三十年後のアリアと近しい気配を漂わせていた、アルフレッドと名乗る人物。
彼もまた死んだアリアに死霊術を用いて操り、
更に別の悪魔も従え、アリアに『悪魔の種』というモノを植え付けて悪魔化させた。
被害の規模では間違いなくアリアの方が上だったが、潜在的な危惧で言えばアルフレッドと呼ばれている男の方は得体が知れない。
そう考えるエリクは、レイに対してこう話した。
「――……人間の国に、悪魔がいる。しかも、多くて二人だ」
「未来で報告を聞きました。アリアという少女に死霊術を施し、国を滅ぼさせたと悪魔ですね」
「恐らく、その一人がベルグリンド王国という国に居る。……そいつを何とかすれば、あの
「その悪魔の討伐を、私達も手伝えという話でしょうか?」
「ああ」
「それは出来ません」
「……何故だ?」
「悪魔とは本来、誓約を用いて契約者の魂を
「……それも、人間だけで正せと。そういう話か?」
「その通りです。……私達が行うのは、滅亡の原因となる『黒』を殺めることだけ。それ以上の事で、
レイは改めてその言葉を口にし、人間の国々で起こる事態に関わることを拒否する。
三十年後に悪魔化したアリアも、その強さは桁違いだった。
悪魔が強力な存在ならば、
しかし頑なに拒絶するレイに、それ以上の要望を行うことがエリクには叶わない。
そんなレイに対して、マギルスは再び疑問を口にした。
「……ねぇ、どうしてそんなに人間と関わりたくないの?
「……年月が経つ毎に、そう述べる者も多くなります。……だからこそ、私や『黒』のような長命の者が事の成り行きを伝える役目を担うのでしょう」
「……?」
レイは表情や仕草を何一つとして変えてはいなかったが、声色が呆れに似た憤りを秘めたモノになった事を二人は察する。
そしてその口から、頑なに人間と関わろうとしない理由が教えられた。
「第一次人魔大戦と呼ばれた時代を、貴方達は御存知ですか?」
「……聞いた事はある。どういう事があったかは、よく知らない」
「その頃、当時の人間大陸には
「帝王……」
「彼は『人間』という種族にとって、まさに『希望』と呼ぶべき事を成し遂げ続けました。機科学を始めとした様々な学問を発展させ、それ等を応用した技術で人類を苦しめていた数多の災害や疫病を失くしました。そして国や人種、更に宗教的な差別を理由にした人々の争いすらも失くしたのです。……代わりに人々は、彼こそを『神』と崇め、絶対的な存在として付き従いました」
「……」
「彼は本当に、人間の『希望』でした。……しかし魔族にとって、彼は『絶望』となってしまった」
「……絶望?」
「彼は人間大陸のみならず、魔族が棲む魔大陸に人間の生存圏を広げようとしました。……それが三千年前に行われた、『第一次人魔大戦』の始まりです」
「!」
「彼の主導により大陸規模の前線基地が両大陸の間に築かれ、魔大陸の自然を奪い、そこに暮らす魔族達は捕らえていきました。……そして『奴隷』という身分を作り、捕らえた魔族を奴隷に堕としました」
「奴隷……」
「奴隷となった魔族は老若男女を問わず、様々な事に利用されました。……勿論、魔族との戦争にも」
「!」
「魔族には、魔力を生み出し操る器官が存在します。それを意図的に暴走させ、死に至るまで狂暴化させる
「……ッ」
「そして戦うのに向かない者達……主に女子供の魔族は、罠に使われました。爆弾を取り付け囮にし、それを救おうする魔族達と共に爆発させるという手段も用いていたこともあるようです」
「……爆弾を……」
「他にも機械や化学の技術を用いて、屈強を誇る魔族達を屠る手段を幾多も実行したそうです。中には毒や疫病となるモノを撒き散らし、魔大陸の自然を汚染させ、強靭な魔族達を絶滅の危機にまで追い詰めています。勿論、絶滅した種族も多くいました」
「……」
「魔族達は、『人間』という存在を恐れました。自分達とは異なる
「人間が、侵略者……」
「……ここまでの話を聞き、『魔人』という存在が両種族にとってどのような立ち位置なのか。分かりますか?」
「……それは……」
「人間は、『魔人』を同じ人間と認識していません。どれ程の月日が経とうと、その認識を改めることは出来ないでしょう。……魔族もまた、『魔人』を魔族とは認めません。それどころか、侵略者の血が混じる忌むべき者と認識し、憎悪する魔族さえいます」
「……魔人は、人間からも魔族からも、
「『人間』でも『魔族』でも無い者達。この里に移り住んだ者達は、そうして居場所を失くし平穏を求めてこの地に根付きました。そして今を生きる里の者達は、そうした者達の子孫なのです」
「……」
「
そこまで語り終えたレイは、一つの小さな息を漏らす。
それを聞いていたエリクとマギルスは、思考の
レイはこうして、過去に『人間』という種族が『魔族』という存在に行った戦争の詳細を伝える。
そこで述べられたのは、強大だと語られ続けた『魔族』という存在が『人間』に侵略され滅ぼされかけたという、予想外の歴史。
それを理由として両方の種族から虐げられた『魔人』という存在の居場所を守る為に、レイは『人間』にも『魔族』にも介入しない事を信条としている事が告げられる。
『人間』と『魔族』という異種族の間で生まれた者達にとって、それは切実な理由だった。
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