鬼の巫女姫


 ドワーフ族の鍛冶師バルディオス達と出会ったエリクは、自身の武器である黒い大剣を修復する案に乗じる。

 そして案内する『いぬ』タマモと『牛』バズディールに再び付いて行き、里と呼ばれている街区画から離れた森となっている場所に足を踏み入れた。


 しかしエリクは街から離れていくことに疑問を抱き、前を歩く二人に話し掛ける。


「――……何故、街から離れる?」


「こちらに、巫女姫様が居られるからだ」


「なに? 街の中に居るんじゃないのか」


「巫女姫様の御力は、干支衆われわれの比では無い。里の中で暮らせば、弱き者達はそれだけで心身を衰弱させてしまう」


「!」


「巫女姫様もそれを承知しているからこそ、里から離れた場所で御身を封じられておるのだ」


「……自分を、封じている?」


 それだけ告げながら厳かな表情を浮かべて前を歩くバズディールと、先程まで悠々とした表情だったタマモは一言も言葉を介さず真顔の表情となっていた。

 二人の雰囲気が変わったことを察しながら後ろで聞いていたエリクは足を進めている最中、再び薄い膜を抜けるような感覚を味う。


 更にその時、エリクの全身が寒気に襲われる。

 まるで噴き出るように肌から冷や汗が滲み出て来たエリクは、同時に鳥肌を立たせ震えている自分に気付いた。


「――……ッ!!」


「――……うわっ! なにコレ……!?」


 そう感じたエリクと同時に、気絶し背負われていたマギルスもその感覚に襲われて顔を上げた。

 

 跳び起きるようにエリクの背から降りたマギルスは、思わず身構える。

 それに合わせてエリクも身構え、冷や汗を流しながら前にいるバズディールに声を向けた。


「――……な、なんだコレは……!?」


「巫女姫様の、力の波動なみだ」


なみ……!?」


「巫女姫様の御力が、風のようにここまで流れている。そういうことだ」


 そう話すバズディールの言葉を、エリクは感覚として否応なく感じさせられている。

 同じように波動を感じ震えるマギルスは、横に立つエリクに話し掛けた。


「な、なにコレ……? どういう状況なの、エリクおじさん? というか、あのシンって奴は……!?」


「お前は負けて、俺に担がれてフォウル国に入った。……そして、俺を呼んでいるという巫女姫がいる場所に向かっている」


「そうなの? ……で、これが巫女姫って人の魔力なんだね。僕の何百……いや、何千倍くらいの大きさだ……!」


「それだけじゃない、膨大な生命力オーラも感じる。……『神兵』の心臓コアを取り込んでいた、アリア以上の気配だ……」


 二人は互いに探れる能力で巫女姫から放たれているという力の波動を感じ取り、身を震わせる。

 そんな二人に対して前を歩いていた二人は足を止めて振り返り、忠告するように声を掛けた。


「――……巫女姫様は、これでも力を抑えておられる」


「!」


「力を解放してしまえば、抵抗力の低い里の者達に死者が出る可能性もあるからだ。巫女姫様はそうしたことが無いように、御身と御力を極限まで封じられておられる」


「……それだけ、巫女姫は強いのか」


「強い。干支衆われわれですら、足裏の薄皮にすら及ばない」


「!」


「お前達の力を測った理由が、これで分かっただろう?」


「……半端な実力では、近付くことも出来ないということだな」


「そうだ」


 干支衆に実力を測られた理由を、エリクとマギルスは察する。


 これだけの力を間近で感じ取れば、常人では歩くどころか意識さえ保つことも難しいだろう。

 そのことを干支衆は知るからこそ、巫女姫に招かれているエリク達がそれに耐えられる程の実力を身に付けているか、確認したかったのだ。


 それを教えるように述べたバズディールは、更に言葉を続ける。


「巫女姫は御身を動かせぬ故に、干支衆われわれを中心とした十二支士を設立し、里の者や霊脈の守護と、人間大陸の催事を任されている。……絶大な力と相反する優しさを持つ故に、御力を大地に捧げ暮らす者。それが巫女姫様だ」


「――……バズ。そろそろ行かんとね」


「ああ。……来るならば、気を張り詰めながら来い。巫女姫様が御待ちだ」


 タマモの声に促され、巫女姫について語っていたバズディールは身体の向きを戻し二人は前を歩き始める。

 平然と力の波動が流れ来る場で歩みを進める二人の様子に、エリクとマギルスは驚きを見せながら視線を合わせた。


「……マギルス」


「?」


「お前は、後ろの街に残っていいぞ」


「……エリクおじさんは行くんでしょ? だったら、僕も行くよ!」


「いいのか?」


「だって、こっちに行った方が面白そうだもん……!」


「……そうか」


 冷や汗を掻きながらも鬼気迫る表情で笑みを浮かべるマギルスに、エリクも口元に笑みを浮かべる。

 そしてエリクは白い生命力オーラを、マギルスは青い魔力を全身から漲らせ、巫女姫から放たれているという力の波動に抗いながら足を進めた。


 それを横目で確認するタマモとバズディールは、歩調を変えずに進んでいく。

 そして三十分以上の時間を歩くと、高く上に伸びる長い階段が一行の前に姿を見せた。


「……ここは……?」


「巫女姫様の御身をまつる、やしろの入り口だ」


「やしろ……」


「ここを登ることになる。……気を緩めず、付いて来るといい」


 バズディールはそう述べ、タマモと共に階段を登っていく。

 それに付いて行くようにエリクとマギルスも力を高めながら歩み始め、階段を登り始めた。


 その時、二人は一段ずつ上がる毎に巫女姫から放たれているという力の波動が強まっていくことに気付く。

 この先に自分より強大な力を持つ人物が存在していることを否応なく感じながらも、意識と寒気を抑える為に更に二人は身に纏う力を増しながら階段を登り続けた。


 それから一時間ほどで、二人は階段を登り終える。

 上がり続ける毎に二人の進みは遅くなっており、既に数十分前から到着していた干支衆の二名は待っている状態だった。


「――……来たな」


「――……ハァ……。ハァ……!!」


「はぁ……。きっつ……!!」


「もうすぐだ。来い」


「……ああ」


 登り終えたエリクとマギルスの回復を待たず、バズディールとタマモは先を歩み始める。

 それを見送らないように二人は波動の圧で疲弊する身体を動かし、更に歩みを進めた。


 更に奥へ進むと、多きな岩壁が存在している場所に辿り着く。

 そこに備えられた赤い支柱が門のように立ち並ぶ場所を見ながら、バズディールは振り返りつつ二人に声を掛けた。


「――……ここが、巫女姫様が居られる社だ」


「……ここが……」


 エリクとマギルスは息を乱しながらも、バズディールが述べる岩壁の奥に見える穴を見る。

 そこには仄かな光が灯り、中に道が在ることが分かった。


「この先で、巫女姫様が御待ちだ」


「……分かった」


「まだまだ、行けるもんね……!」


 近付く毎に強い力を感じ取り、それだけで疲弊するエリクとマギルスの様子を確認しながら、バズディールとタマモは共に洞窟の中を歩いて行く。

 それを追うように二人も歩き始め、洞窟の中に入った。


 仄かに灯る蝋の火が揺らめき、洞窟内から外に向けて風の流れがある。

 それはただの風ではなく、力の波動によって発生している空気の流れだった。


 そうした揺らめきを気に掛ける事も出来ない二人は、自身の身体に纏わせる生命力オーラと魔力を更に強めて歩く。

 しかし前を歩く二人はそうした様子が無い事に気付いたマギルスが、疑問に思った声を向けた。


「――……おじさんと、そっちのお姉さんも平気なの? コレ」


「私は慣れている」


「うちは、魔符術じゅつで圧を防げとるからなぁ」


「……あのシンってやつも、慣れてるの?」


「シンは毎日、巫女姫様の下に参拝へ赴いている。平然とな」


「……そっか。じゃあ、僕もそうできるようになるもんね……! ……ところで、おじさん」


「?」


「何処かで、会ったことないっけ?」


「……いや?」


「……あっ、そうだ! その声、どっかで聞いたことがあると思ったら。三十年後あのとき牛鬼族ミノスのおじさん!」


「俺の種族ことを知っているのか?」


「ゴズヴァールおじさんと、同じ牛鬼族ミノスだよね? というか、ゴズヴァールって魔人ひとを知ってる?」


「……よく知っている」


「そっかぁ。僕、ゴズヴァールおじさんに拾われて色々と教えてもらったんだ!」


「そうか。……奴は、次代の干支衆となれる実力を持っていた。人の国に住む魔人ものにとっては、良い指導者になっているのだろう」


「うん。すっごい強いから、いつかゴズヴァールおじさんを倒せるようになるのも、僕の目標なんだよね!」


「この里にも、様々な強者がいる。そうした者達と思う存分、修練に励むといい」


「いいの? やったー!」


 冷や汗を流しながらも喜ぶ様子を見せるマギルスと、身内むすこの話を聞かされるバズディールは互いに口元を微笑ませる。

 そんな会話をしている間に、洞窟内の通路を出て開けた場所に四人は足を踏み入れた。


「――……!!」


「!」


 その瞬間、エリクとマギルスは絶句しながら一段と強い波動を受ける。

 二人は思わず顔を伏せ、その先から波動を放っているだろう人物に目を向けることすら無意識に恐れていた。


 僅かに見えるのは、洞窟内の地面は途中で岩の地肌ではなくなり、木製の板で出来た床が張り巡らされていること。

 そしてバズディールとタマモが吐いている靴を脱ぎ、その床に素足で踏み入った様子だった。


「――……二人とも、靴を脱いでから上がれ」


「……ああ」


「分かったよ……!」


 バズディールの言葉に促され、エリクとマギルスは顔を伏せたまま靴を脱ぐ。

 そして脱ぎ終わり床へ足を踏み入れると、少し歩いた先で前を歩く二人が停止し、床にそれぞれの座り方を見せながら頭を下げていた。


 その後に、バズディールは礼節を持った声を前方に居る人物に向ける。


「巫女姫様、例の者達を御連れしました」


「――……バズディール、タマモ。案内役、ご苦労様でした」


「うちらやったら、巫女姫様の頼みは何でもやりますえ」


「ありがとう」 


 干支衆である二人が頭を下げて話を向ける相手は、幼さが残る少女のような声を放っている。

 それを聞き伏せていた顔を意識的に上げたエリクとマギルスは、その姿を目にした。


 そこに居たのは、十代前半の少女。

 長く整えられた美しい黒髪と白い肌が見え、黒髪の隙間から見える額には細く黒い角が一本だけ伸びている。

 身形はアズマ国で用いられる和風の白い着物を纏っており、瞼を閉ざしたまま座布団の上に正座する姿が見えた。


「あれが……」


「……巫女姫……」


 エリクとマギルスは互いに小声を漏らし、自分達を呼んだ者の姿を目にする。

 その巫女姫は、立ったままの二人にも声を向けた。


「――……よく、訪れましたね」


「!」


「私の名は、レイ=ザ=ダカン。『鬼神』とたてまつられる祖父フォウル=ザ=ダカンに代わり、この地を治める者です」


 巫女姫レイはそう述べ、自身の名を明かす。

 そして鬼神フォウルの孫であることを明かした時、エリクは動揺を含んだ驚きを見せていた。


 こうしてエリクとマギルスは、フォウル国を纏める鬼の巫女姫レイと出会う。

 そして彼女こそ、この世界に存在する偽りの無い本物の『到達者エンドレス』だと、否応も無く二人は理解かんじさせられた。

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