新たな赤へ
突如として『赤』の
しかし当事者であるケイル本人すらも事態を把握できておらず、右手の甲に浮かび上がった『赤』の
「……な、なんだよ……? コレが、
「ああ、間違いない。……私の『黄』の聖紋と共鳴し合っているのが、お前にも分かるだろう?」
「……!」
ケイルが自身の右手を眺める中で、『黄』の
そして自身の右手の甲を見せ、互いに刻まれた聖紋に僅かな熱さを感じ取っていた。
しかし、その事実とは裏腹にケイルは困惑染みた声を浮かべる。
「な、なんでアタシに……!?」
「聖紋は継承者を選ぶ事があると聞いてはいたが、その実例を見たのは私も初めてだ」
「……この聖紋ってのが、勝手にアタシを選んだってのか……!?」
「でなければ、
淡々と聖紋について語るミネルヴァは、ケイルを見ながらそれを教える。
それで何かを閃いたのか、ケイルは驚きながらも呆然とした様子のシルエスカに視線と声を向けた。
「――……あっ、そうか! おい、シルエスカ!」
「!」
「コレ、お前の
「あ、ああ。そうだな」
ケイルに言われて初めて動き出すシルエスカは、ケイルの傍まで歩み寄る。
ミネルヴァはその場を譲るように横へ移動し、ケイルとシルエスカは互いに右手と右手を重ね合わせるように触れ合った。
そこでケイルは訝し気な表情を浮かべ、シルエスカに尋ねる。
「……で、どうやるんだよ? 聖紋の譲渡。儀式って、何かやるのか?」
「ああ。……ケイル、お前はこう述べてくれ。『
「分かった。――……『
「――……『
ケイルとシルエスカは互いにそう呟き、魔法の詠唱にも似た言語を述べる。
するとケイルの右手に刻まれた聖紋が仄かな赤い光を纏うように宿し、重ね合わせるシルエスカの右手にその光が伝わるように纏おうとした。
しかし次の瞬間、その赤い光が突如として火花のように散る。
それに驚きながら傷みで表情を歪めたのは、シルエスカの方だった。
「――……クッ!!」
「なっ、どうした……!?」
「……聖紋が、
「はぁ……!? も、もう一度だ!」
「あ、ああ……」
その後、ケイルとシルエスカは幾度にも渡って聖紋の譲渡を行おうと右手を重ねて詠唱を述べる。
しかし二人の右手に纏わろうとする赤い光がそれを拒み、シルエスカの右手だけを弾くように退けた。
それを見ていた周囲の中で、『黄』の
「――……もう止めた方がいい。続けても無意味だ」
「!」
「な……っ」
「その『赤』の聖紋は、シルエスカに戻ることはない。……次の『
「……ッ」
ミネルヴァの言葉を聞き、シルエスカは自身の右手を抑えながら僅かに流れる血を左手で覆いながら表情を悔しさで強張らせる。
逆にケイルは自身の右手を見ながら、怒鳴るように否定した。
「……じょ、冗談じゃねぇぞ!? アタシが
「聖紋が選んだのだ。仕方あるまい」
「それがおかしいってんだよ!? そもそも、アタシは
「……あるいは我が神に与えられたお前の役目が、『赤』の聖紋に選ばれた理由かもしれない」
「な……っ」
「お前達が今から進む道は、結果として人間大陸と人類を救うことになる。聖紋はその使命を読み取り適正者として認め、お前を『赤』に選んだのかもしれない」
「……おい、マジかよ……?」
ミネルヴァは自身の推察を伝え、ケイルが選ばれた理由を説明する。
『黒』の
それに選ばれているケイルは、初代『赤』ルクソードの血を引きながら聖人へ至っている。
人類を救い、人間大陸を守護するに最も相応しい『赤』の血脈は誰か。
それがシルエスカよりも適任であると聖紋に判断されてしまったケイルは、人類の守護者として『赤』の
それに反して嫌そうな表情を浮かべるケイルだったが、二人の会話を聞いていたシルエスカは不可解な表情を浮かべて尋ねる。
「人間大陸を、人類を救う? さっきから、何の話を――……」
「あー、気にしないでくれ。こっちの話だ」
「……?」
尋ねる言葉を遮るように、ケイルは食い気味に返答する。
そして更に不可解な表情を見せるシルエスカに気付き、ケイルは話題を逸らすようにダニアスに声を向けた。
「それで、皇国としてはどうするんだ? アタシが『赤』の
「良くは、ありませんね。……貴方はどうです? シルエスカ」
「……そうだな。聖紋に拒絶されたのは、驚いている。……だがそれとは別に、ルクソード皇国は
「それに合わせて、
「……つまり、アリアを匿えなくなるということか?」
「はい」
ダニアスとシルエスカが交互に述べる話を聞き、エリクが尋ねる。
その言葉に頷き答えるダニアスだったが、それに対する代案もすぐに伝えた。
「ただ一つだけ、その事態を避け現状を解決できる案があるとすれば。――……ケイル殿が、ルクソード皇国所属の
「なっ!?」
「正式にケイル殿がルクソード皇国の『赤』の
「ま、待てよ! まさかシルエスカの立場をそのまま渡す気かよ!? アタシは、皇国に就く気は無いぞ!」
「所属と言っても、政権や軍権自体はハルバニカ公爵家で現状を統率させています。それにシルエスカの皇国内の地位も、『
「自由って……。結局は、この
ケイルはそう述べ、ルクソード皇国に所属する
その答えにダニアスは渋い表情を見せたが、その会話を割って入るようにシルエスカが口を開いた。
「ケイル」
「なんだよ?」
「お前は一つ、誤解をしている。……
「……戦力?」
「各国はそれぞれに、軍を有している。
「……聖人か?」
「そうだ。魔人もそれに当て嵌まるだろう。圧倒的な実力を持つ『
「……で、それが?」
「所属国が公表されている
「……」
「ただ所属国に滞在する
「……つまり、アタシはルクソード皇国所属の
「人類に対して危険度が高いと認識された緊急事態の招集に応じる必要はあるが、普段は行動の制限も無く自由を許されている。そもそも四大国家に所属する
「その緊急事態とやらに応じないと、
「いいや。だが人間大陸内で何かしらの異常事態が起きた際に、聖紋が輝き痛みを発する。それによって人類に危機が及ぶ異常事態が起きた事を
「ほぉ、この聖紋が
「そうだ。その聖紋を見せれば
「面倒臭ぇな……」
「そして
「……つまり、迂闊に人間を殺せないのかよ。それも面倒臭い
「そうだな。……だが国が決めた
「?」
「各国で犯罪者として裁かれない。つまり、『
「……そうか、アタシに懸けられた賞金か!」
「そうだ。お前が
「……上手くすれば、アタシの仲間だと思われてるコイツ等の懸賞金も無くなる可能性は?」
「確約は出来ないが、その可能性もあるだろう。……どうだ、それでも皇国に所属する気は無いか?」
「……」
それを見るダニアスはシルエスカに顔を向け、軽く顎を下げて説得してくれた事に感謝の姿勢を見せた。
それから十数秒程の時間を悩んだケイルは、溜息を漏らしながら改めてダニアスを見ながら口を開く。
「――……聞くが、名前を貸すだけでもいいのか?」
「それでも構いません。今の皇国に必要なのは、『
「……はぁ、分かった。名前だけなら貸してやる。だが皇国の為になんて、実質的な事は何もしないからな?」
「それで構いません。ありがとうございます、ケイル殿」
「別に。……それで、アタシの懸賞金はどのくらいで取り下げられる?」
「最低でも、一ヶ月はお待ちください。……こちらもケイル殿の発表に伴い、シルエスカが『赤』を退いてしまった事を各所に伝える必要がありますから」
「まだ伝えて無かったのかよ?」
「事が事なので。……今の皇国は、皇王の座が空いていますからね。皇族のシルエスカが
「そういうことかよ。……エリク、マギルス」
ケイルは呆れたように溜めた息を吐き出し、振り返りながらエリクとマギルスを見る。
そして二人に対して、ケイルはこう述べた。
「二人は、先にフォウル国に向かってくれ」
「いいのか?」
「ああ。アタシはここで用を終わらせてから、アズマ国に向かう。せっかくだから、
「そうか。……ケイル」
「?」
「再会の時間と場所は、変えなくていいな?」
「ああ、そのままだ」
「分かった」
エリクはそう尋ね、ケイルの答えを聞く。
それに応じるように頷いて見せたエリクは、ダニアスとシルエスカに顔を向けながら改めて頼んだ。
「ダニアス、シルエスカ。……二人のことを頼む」
「行ってしまわれるのですね。……分かりました、お任せください」
「今度は我々が、お前達を助ける番だと思おう」
「ああ。……ケイル、またな」
「ああ。マギルスもな」
「またねー! ――……それじゃあ、行こうか。『黄』のお姉さん!」
「分かった」
それぞれが挨拶を交える中で、応じる形でミネルヴァはエリクとマギルスが居る近くに歩み寄る。
更に互いの両肩に手を触れさせると、小さな声で言葉を唱えた。
そして次の瞬間、ミネルヴァと共にエリクとマギルスが白と金が混じる粒子に包まれ、その姿を消す。
それを見送る形となった一同の中で、ケイルは毛布に包まり横たわるアリアを見て呟いた。
「……すぐに追いついてやる。待ってろよ……」
ケイルはそう呟き、ダニアスやシルエスカ達との話し合いに戻る。
こうしてエリクとマギルスはフォウル国に旅立ち、ケイルは新たな『赤』の
それから三ヶ月後、各国に懸けられ傭兵ギルドに討伐を命じられていたケイルの指名手配書が消失する。
それと付随するように、ケイルを含めた一行の懸賞金も傭兵ギルドの掲示板から消えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます