波乱の思惑 (閑話その四十三)


 妖狐ようこ族クビアの援護で追い詰められていたマチスは窮地を脱し、ログウェルの剣から逃れて樹海から消える。

 それから数時間後の朝が訪れると、呪印スペルの影響で気を失っていたクラウスが目を覚ました。


 そして破壊された小屋の傍で守るように立つパールを見上げながら、深夜に起こった出来事を聞かされて知る。


 招いた黒獣傭兵団の中に、自分クラウスの暗殺を目論もうとした魔人が紛れ込んでいたこと。

 それをログウェルが撃退しながらも取り逃がし、黒獣傭兵団は広場の中央で勇士達が包囲し留めていること。


 状況を大まかに聞いたクラウスは、まだ痺れを残す身体で無理に立ち上がろうとした為に、パールに止められた。


「――……おい、まだ動くな」


「……肩を貸せ。私が、黒獣傭兵団かれらと話そう」


「お前を殺そうとした奴の仲間だぞ?」


「そうかもしれん。だが、奴等にも言い分はあるだろう。本当に奴等が敵か、判断したい」


「……やはりお前は、アリスの父親だ。……分かった」


 意思を強く示すクラウスの言葉を聞き、パールは諦めた口調で溜息を漏らしながら肩を貸す。

 そしてパールと共に黒獣傭兵団が拘束されるように囲まれている広場に辿り着くと、クラウスは自身で歩きながら立っていたログウェルに話し掛けた。


「――……ログウェル」


「クラウス様」


「昨晩の事は、少しだが聞いた。……お前の目から見て、黒獣傭兵団かれらも私を殺す依頼を受けていたと思うか?」


「それは無いでしょうな」


「どうしてそう言える?」


「マチスと名乗っていたあの魔人は、二十年以上前から黒獣傭兵団かれらの中に入団していたそうですな。……鼠獣族そじゅうぞくは戦闘に向いた種族では無いとは言え、魔人は人間の身体能力を遥かに超えた力がある。その気になれば団の頭となる機会もあったでしょう」


「……つまり、マチスという男は黒獣傭兵団かれらの中に潜みながら、何かを王国で探っていたということか?」


「はい。その目的は儂も予想は出来るのですがな。……謎があるのは、クラウス様をこのタイミングで殺めようと動いたことです」


「……確かに。もし私がここで殺されれば、怪しまれるのは間違いなく黒獣傭兵団かれらだ」


「その通り。故に、あのマチスという魔人は黒獣傭兵団そのものに『クラウス様を殺した』という嫌疑を我々に持たせようとしたと考えるのが、自然でしょうな」


「……そしてそれを、誰が命じたのか。それが一番の問題だ」


「はい。……魔人を束ねるフォウル国の鬼姫が、他国の催事に干渉する可能性はありませぬ。だとすれば、魔人達の意志か、あるいは魔人達を雇い入れている他の者が、王国か帝国に居るということでしょう」


「魔人達……?」


「【悪魔】ヴェルフェゴール。そして鼠獣族そじゅうぞく妖狐族ようこぞく。あまりに人非ざる者達が、この大陸に集まり過ぎております」


「そうか。……聞いていなかったが、ゲルガルドは既に拘束しているのか?」


「いいえ。セルジアス様が王国にも手を伸ばしているそうですが、行方不明だそうですのぉ」


「……」


 ログウェルと話しながら細部の情報を手に入れたクラウスは、魔人や悪魔の影に政敵だったゲルガルド伯爵の事を思い出す。

 しかし帝国の古い名家であるゲルガルド家の当主が三十年近く人々から存在が認識されていない事を思い出し、奇妙な悪寒をクラウスは感じた。


 そして不意に、クラウスはある可能性が脳裏に浮かぶ。

 それはあまりにも突拍子の無い発想だったが、それは物事の真意を的確に突いていた。


「――……我々は、ゲルガルドという偶像に踊らされている……?」


「む?」


「私が知るゲルガルドが当主のままであれば、既に八十歳を超えているはず。そんな男が今も野心を燃やし、帝国の覇権を握ろうと動き続けているだろうか……?」


「……確かに。策を講じるにしても、王国との共同戦線は破綻を起こし、反乱貴族を纏める事も無く今も姿を眩まし逃げているのは、少し奇妙ですな」


「ああ。……確か情報では、ゲルガルド家には二人の子供が居たはず。上の年齢は私と同じ頃合いのはずだが、それすら社交界や戦場に姿を見せていない……」


「クラウス様は、何をお考えですかな?」


「憶測の域を出ないが……。……恐らく王国の侵攻と反乱貴族達の決起、そして私の暗殺は、全て同一人物の企みだ」


「ほぉ?」


「どれも私が上手く動かねば、死んでいてもおかしくはない状況だった。いや、今までも呪印スペルを発動させ、いつでも俺を殺せる状況にあったと仮定してもおかしくはないはずだ」


「なるほど。確かに呪印を打ち込んだのが【悪魔】であれば、いつでも発動できたでしょうな。……尚のこと、黒獣傭兵団かれらがここに訪れて呪印が発動したのも、クラウス様の死に関して嫌疑を掛ける為だったと推測できますかな?」


「ああ。……私の死を利用し、黒獣傭兵団に帝国でも嫌疑を掛けようとしているのは、恐らく同一人物の企み。そいつが王国と帝国の反乱貴族達を動かしたと、私は考える」


「そう事を並べれば、ゲルガルドが最も企み動く可能性がありますが。クラウス様はそう考えておらんのですな?」


「ああ。……あるいは、両方かもしれん」


「両方?」


「帝国と王国、どちらの国でも企む人物によって事が動かされた。そういう意味での両方だ」


「なるほど。……となると、帝国ではゲルガルドが。そして王国で最も怪しいのは――……」


「――……ウォーリス=フォン=ベルグリンド。新たなに国王となったというその男がゲルガルドと結託し企みを動かしているのか、あるいはその両者に糸を引く者がいるのかもしれんな」


 クラウスは自身の推論をログウェルに語り、今までの事が一人の人物の思惑によって動かされている可能性を考え伝える。

 それに納得を浮かべながら微笑むログウェルが頷くのを見ると、クラウスは口元を微笑ませた後に表情を引き締めながら黒獣傭兵団の方を見た。


「――……さて。向こうとも話をけるか」


 そう述べ堂々とした面持ちで歩き始めるクラウスの背中を、ログウェルは見る。


 本来は呪印スペルの反動がまだ残っており、普通の人間であれば数日間は寝たきりの状態が続いてもおかしくはない。

 しかしクラウスは体内の生命力オーラを操作して四肢を動かし、まるで正常な様子を装っていたのだ。


「……樹海ここで随分と、有意義に成長されたそうですな」


 ログウェルは成長した弟子クラウスの背中を見ながら、その後ろを付いて行く。

 そして座るワーグナーと団員達の前に辿り着いたクラウスは、堂々した面持ちで言葉を述べた。


「――……事情は聞いた。お前達の仲間が、私を殺そうとしたそうだな?」


「……」


「それに関して、お前達を留め監視しているが。私はお前達を疑ってはいない」


「……へっ。どうだかな」


「二十年来の仲間が変貌し動揺するのも分かるが。……お前にも、この状況がどういうことか分かっているのだろう?」


「……ッ」


「お前達が居るこの村で、マチスという男は敢えて私を殺そうとした。――……その思惑は明らかに、黒獣傭兵団おまえたちに『クラウス=イスカル=フォン=ローゼン』を殺したという嫌疑を掛ける為だとな」


「そんなワケがねぇだろうがッ!!」


「ならば何故、この状況でマチスという男が私を殺そうとしたのか。理由が分かるのか?」


「……分かるワケがねぇ。……もう、何も分からねぇよ……ッ」


 クラウスの詰問にワーグナーは悪態を吐きながらも、動揺した面持ちで顔を伏せる。


 ワーグナーにとってエリクに続く古い付き合いだったマチスが突如として暗殺を行おうとし、更に魔人という正体を晒した。

 そして自分達に謝罪しながらログウェルと交戦し、そのまま樹海の中で消えてしまう。

 マチス側の事情を把握し切れていないワーグナーにとって、事が起きた数時間後もまだ頭を巡らせ可能性と呼べるモノすら考えられるに至っていなかった。


 そんなワーグナーに向けて、クラウスは告げる。


「――……これ以上、お前達と話しても埒は無いのだろうな」


「……俺達を殺すか?」


「いいや。――……だが、お前達に依頼したいことがある」


「……依頼だと……?」


 クラウスは口元を吊り上げながら後ろを振り返り、ある人物を見る。

 それはセンチネル部族の女勇士パールであり、突如として顔を向けられたパールは眉を顰めて不可解な表情を見せた。


 そんな様子のパールに構わず、クラウスは大きな声で依頼を伝える。


「黒獣傭兵団。あのパールという娘を親善大使として連れ、現ローゼン公爵セルジアスに情報と共に引き合わせろ。それが依頼だ」


「親善大使……?」


「そう、この樹海を代表してな。――……私はこの樹海を領土とし、ここに棲む者達で国を興すつもりだ。その領土交渉を、帝国宰相たるセルジアスと、我が兄ゴルディオスに持ち掛けたい。このパールには、親善大使として帝国との交渉席に着かせる」


「な……!?」


「……は?」


 クラウスの言葉に黒獣傭兵団の面々が驚愕し、更にその周囲に居たセンチネル部族の勇士達が唖然とした表情を見せる。

 特にパールは呆気に近い声を漏らし、目の前に立っているクラウスが述べている言葉を理解する事に遅れていた。


 こうして波乱の夜は終わり、新たな波乱の日差しが明かされる。


 クラウスが秘かに考えていた、『樹海の国』の設立。

 その建国に関する交渉を行う者として、樹海の部族から最も実力が高い女勇士パールが選出された。

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