樹海捜索 (閑話その三十六)


 ガルミッシュ帝国皇子ユグナリスと、ベルグリンド王の妹リエスティア姫がローゼン公爵領地で交流を深めている頃。

 そのローゼン公爵領地と爵位を継いだ宰相セルジアスから依頼を受けた黒獣傭兵団は、南方に広がる大樹海へと足を踏み入れていた。


 総勢で五十名前後の黒獣傭兵団を指揮するのは、エリクの代わりに団長代理を務めるワーグナーとマチス。

 大樹海に踏み入った団員の数は三十名前後で、残りは大樹海の周辺に位置する村や町などに赴き、置いて行く馬や馬車の管理と現地の情報収集を行うことになっている。


 そして大樹海に踏み込んだ黒獣傭兵団の中に混じるのは、伯爵騎士と呼ばれている老騎士ログウェル。

 ただ一本の長剣と最小限の荷物しか携えず、か細い体付きのひ弱な老人にしか思えないログウェルだったが、入り組み窪みや出っ張りの多い樹海内部を息一つ乱さずに悠然とその歩く姿は、団員達を驚かせていた。


「――……はぁ……はぁ……。あ、あの爺さん……すげぇな……」


「歩く速度が、ぜんぜん変わらん……」


「散歩してるみたいに歩きやがる……」


「……それに付いて行ってる、副団長とマチスの旦那達もすげぇよ……」


 息を乱し肩を揺らしながら荷物を背負い歩く団員達を他所に、同じ量の荷物を持っているはずのワーグナーとマチスはログウェルの後ろに付くように歩く。

 しかし団員達の遅れが目立ち始めている事をワーグナーが振り向いて知ると、前を歩くログウェルに話し掛けた。


「――……おい爺さん、後ろが付いて来れてねぇ。少し速度を緩めてくれ」


「む? 若い者が、情けないのぉ」


「森や沼ならともかく、こんなデカい根っこが地面から飛び出てる樹海なんぞ王国に無かったんでね。慣れるまで待ってくれや」


「仕方ないのぉ。……それにしてもお前さん達は、平気そうじゃな?」


「鍛えられたんでね」


「そうかそうか」


 ログウェルは微笑みながら歩く速度を緩め、集団の行軍速度も落ちる。

 ワーグナーは額に汗を浮かべながらも息は整えられており、鍛え抜かれた身体と樹海の歩き方にすぐに適応して見せていた。


 一方でマチスも息を乱しておらず、二人よりもやや後ろに付いて周囲を見渡し探る様子を見せている。

 しかし時折、ログウェルに対して鋭い視線と警戒を抱いている様子が僅かに垣間見えていた。


 そうした警戒を向けられている事にはログウェルも気付いており、首を傾け斜め後ろを歩くマチスに微笑み掛ける。

 それを僅かに強張った表情で見るマチスは、すぐに視線を逸らして周囲の索敵を続けていた。


 それから更に一時間ほど歩き、水場の近くで簡易的な野営地を作った黒獣傭兵団は昼食を摂ることになる。

 ワーグナーは警戒と休息を交互に行わせる班に分けさせた後に、ログウェルとマチスを交えて話を行った。


「――……若いローゼン公から得た情報だと。元ローゼン公は包囲された状況で騎兵を使った攪乱を行いながら包囲網を大きく南下し、北西側を迂回しながら自分の領地に戻ろうとしていた。……だったな? マチス」


「らしいっすね。んで、その途中で追撃に遭って、自分を囮にして更に南下したらしいっす。――……そしてここら辺で、その公爵が乗ってたっていう白い馬が目撃されてる」


「その目撃情報が、樹海の北西部分。追手を振り切る為に樹海の中に入ったものの、馬での移動は無理だと判断して乗り捨てたんだろうな」


「馬の蹄跡も、日が経って他の獣跡で消えちまってるでしょうし。少し先にはデカい崖がある。普通の人間が飛び越えられるモンじゃないから、落ちてたら見つけようがない」


「だな。……で、問題はこの樹海の奥に逃げ込んでた場合だ」


 ワーグナーとマチスは互いの情報を整理し、提供された帝国領地の地図と資料を岩の上に広げて位置情報を確認しながら話し合う。 

 

 馬や馬車などを始めとした物資をローゼン公爵セルジアスから無償で提供され、更に各領地から捜索依頼の支援を約束されていたことで黒獣傭兵団の装備や物資は意外な程に整えられていた。

 更に入手されていた捜索情報で有力なモノと思える事は全て教えられ、丁寧に王国文字で書かれた書類で渡されている。

 至れり尽くせりの状況で依頼を受ける中で必要経費として成功報酬の前金も受け取っており、生死の確認を行えた際のは更に成功報酬が黒獣傭兵団には支払われることになっていた。


 王国の時と違い大きく優遇された状態に団員達は戸惑いながらも怪しむ内情を強めたが、ワーグナーやマチスはむしろ無茶な依頼だからこそ支援があるのだと納得している。

 それは今まさに入り込んでいる大樹海が、大きな危険性を持つ存在が隠れ棲んでいる事が明らかになっているからだった。


「……依頼の内容は、『ローゼン公爵の生死を確認しろ』だからな。……この大樹海の奥に棲んでるっていう原住民共に殺されてた場合には、どうすればいいのかねぇ?」


「そのまま死んでた、じゃダメっすかね?」


「ダメだろ。なんか遺品の一つでも持ち帰らんとな。……それに報告をズルしようにも、この爺さんがいる」


「ほっほっほっ。その為に、儂も同行するよう頼んだんじゃろうな」


「監視役だな。まぁ、当然と言えば当然だ」


「儂も、クラウス様の捜索を依頼されておる。ここは仲良く、協力しようではないか」


「協力ね。……俺が見る限り、アンタ一人でも平気そうな感じだがな?」


「ほっほっほっ」


 ログウェルの微笑む声を聞きながら、二人は顔を見合わせる。

 

 今回の依頼が一筋縄では行かない達成目標であり、更にログウェルという手強い監視役も付いている。

 ローゼン公爵家に雇われている傭兵という立場ながらも、黒獣傭兵団は敵対国に所属し活躍していた事実かあるのだ。


 だからこそ黒獣傭兵団に監視を付ける必要があり、奇妙な行動を行えば監視の目から逐一報告がセルジアスに向けて飛んでいく。

 外で情報収集を行っている団員達にもセルジアスが用意した私兵達とその領地の兵士達が監視している為に、今の黒獣傭兵団は依頼以外で帝国領土内を自由に動くことは出来なくなっていた。


 そうした対応にワーグナーもマチスも納得し、依頼を受けている。

 それは依頼の成功報酬の一部が、ワーグナー達にとって有用なモノであったからだ。


『――……成功報酬?』


『はい。元ローゼン公爵クラウス様の生死を確認して頂けた場合、帝国こちらから成功報酬を貴方達に支払わせて頂きます』


『それは、傭兵ギルドを通さずにってか?』


『いいえ。傭兵ギルド側にも、貴方達を雇い入れる旨を伝え料金を支払わせて頂きます。それとは別に、貴方達だけに支払う報酬です。貴方達が求めるモノを、出来る限り支払わせて頂きましょう』


『……もしかして、帝国騎士になれって勧誘してるのか?』


『セルジアス様からは、そう述べ伝えよという言葉を受けているだけです』


『……報酬か。何でもいいのか?』


『お支払いできるモノであるのなら』


『……』


 ローゼン公爵家の初老の家令を通じて、宿場で待機していたワーグナーは捜索依頼を正式に伝えられる。

 その成功報酬である前金を手渡され、更に別の報酬は何が良いかと求め聞かれたワーグナーは、少し考えた後に求める成功報酬を伝えた。


『――……ベルグリンド王国。ウォーリス王』


『?』


『帝国は、王国と和平を結んだらしいな。……これは忠告だか、あの若い公爵殿に伝えとけ。あの糞野郎ウォーリスを、絶対に信用するなってな』


『……』


『俺達はあの野郎に嵌められて、王国でお尋ね者にされちまった。……俺達が求める成功報酬があるとすれば、俺達を嵌めたウォーリス王の命くらいなもんだ』


『そ、それは……』


『冗談だよ。……そうだな。成功報酬は、俺達をローゼン公爵家お抱えの傭兵団にしてくれってとこかな』


『……分かりました。あるじに御伝えします』


 ワーグナーの求める成功報酬を聞いた家令は、それをセルジアスに伝える。

 その事が受諾された黒獣傭兵団も依頼を受けることを承諾し、元ローゼン公爵クラウスを捜索する為に大樹海に訪れたのだった。


「――……とりあえず今日は、この辺を探索しながら公爵の捜索しよう。……マチス、原住民共はまだ動いてないよな?」


「……気配や視線は、感じないっすね」


「情報だと、ここの原住民は気配の隠し方……いや、紛れ方が上手いらしい。あと、どんな手段か分からんが毒も打ち込むようだ。――……お前等、手袋無しで迂闊にモノに触れんなよ!」


「へい!」


「少し休んだら、各班に分かれて捜索だ。二班ずつ見える位置で距離を保っていけ! 少しでも暗くなったら仮拠点ここまで戻れよ。慣れない樹海で魔物なり原住民なりに襲われちゃ、洒落にならんぞ」


「了解!」


 団員達を指揮し指示するワーグナーは、仮拠点を決めて捜索を行わせる。

 ログウェルはそれに口を出さずに微笑みを浮かべながら見つめ、小さく頷きながら呟いた。


「……育ったのぉ」


「ん?」


「いやいや、こっちの話じゃよ」


「……変な爺さんだな?」


 ログウェルに生暖かい目で見守られている事にワーグナーは怪訝な表情を見せ、団の指揮に戻る。

 そしてワーグナーとマチスは左右に分けた捜索班の指揮を執り、行方不明になった元ローゼン公爵クラウスの捜索を大樹海で本格的に開始した。

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