調律者
アリアは自身の魂に掛けられていた死霊術を解き、温もりの無い死体から意識と魂を共に解放する。
それを傷付きながらも見届けたエリクは涙を流し、悲しみの中でアリアの逝去を見届けた。
失意し沈黙するエリクはアリアの死体を抱えたまま、風の音が流れるだけの静寂に包まれた世界で顔を伏せ涙を流し続ける。
そんな時、エリクを見下ろす形で窪みの外に在る瓦礫を踏んだ足音が鳴り響き、それと同時に声が発せられた。
「――……アリアさんも、やっと逝ったね」
「……!」
「これで、現世に留まる死者は居なくなった」
そう述べる声を聞いた時、エリクは伏していた顔を上げて声が聞こえる正面を見上げる。
瓦礫の上に立ちながら悠然とした声と姿を見せたのは、『黒』の
その表情は頭に付けた藍色の帽子で半分以上が隠れながらも、口元に浮かべる微笑みと嬉々としてアリアが死んだ事を確認する声は、悲しむエリクの感情を刺激した。
「――……どうして、笑っている……? アリアが、死んだんだぞ……!」
「彼女は始めから死んでいたよ。君達がこの世界に戻って来た、ずっと前にね」
「……まさか、知っていたのか? お前は……」
「彼女が死んでいた事かい? 勿論、知っていたよ」
「!!」
「真相を話してあげよう。――……実はシルエスカも、ダニアスも。アリアさんが既に死んで、死霊術を施された状態だったのは知っていたのさ」
「なに……!?」
「暴走したアリアさんを、シルエスカが捕獲したという話はしたよね? ――……その時、彼女は既に脈も心臓の鼓動も無い死体だったのは、既に分かっていたのさ」
「……!!」
「アリアさんは死後、死霊術に因って操られ暴走し、魂が縛られていたのをシルエスカ達は理解した。そして彼女が意識を途絶え捕縛できたのも、その死霊術の術者が一時的に被術者との距離と大きく離れたからだと推測した」
「……」
「死霊術を施されたアリアさんに関しては、術者との魔力的な繋がりを絶てる場所に居れば、術者の命令は届かない。皇国の地下に在った拘束室で、アリアさんが術者に操られ暴走するという危険は、一時的に途絶えさせる事には成功したらしい」
「……ッ」
「シルエスカ達がむしろ問題にしたのは、アリアさんに死霊術を施した相手が見つけられなかったことだ」
「!」
「そこでシルエスカ達はマシラ共和国や各国の上層部と繋がりを持ち、帝国と王国の争乱とアリアさんの死に関わるだろう死霊術師を捜索した。……その手段の一つとして、アリアさんの
「……それは、成功したのか?」
「うん。術者に操られていなかったアリアさんは、その調査に協力的だったらしい。自身に刻まれた死霊術を自分自身で解析し、死霊術師の居所を教え、少数精鋭の討伐隊を向かわせ、討伐に成功したんだ」
「なら――……」
「――……その知らせがシルエスカ達に届くより先に、魔導国が箱庭の機能で都市ごと空へ浮上した。更に魔導人形を用いた各国に対する侵攻が始まったんだ」
「……!!」
「シルエスカやダニアスも、アリアさんが自分の意思で裏切ったのか、それとも術者によって裏切るよう操られて起こした行動なのか、あるいは別の第三者の起こした事なのか、半信半疑だったらしい。……そうして反抗勢力を整えている最中に、君達が戻って来た」
「……俺達に、本当の事を話さなかったのは……?」
「本当の事を教えたら、君達はこの戦いに参加しなかった。でしょう?」
「……」
「特にエリクさんは、アリアさんの死を受け入れられず、彼女を追い詰め死なせた者達に復讐する未来も在った。……だから彼女が死んでいるという情報を、知る者達に秘密にさせた。更に一部の事実を隠し、君達にあまり情報を与えずに協力して貰える形を整えた。……死者であるアリアさんを、逝かせる為にね」
「……ッ」
クロエの話を聞いたエリクは、無言で顔を伏せた後にアリアの顔を見る。
そして緩やかに右手で抱くアリアを砂地の上に委ね置くと、刃が半分に欠けた大剣の柄を右手で掴みながら立ち上がった。
その後にエリクはアリアの死体を横切るように足を進め、クロエを睨みながら聞いた。
「――……クロエ。お前は、俺の敵か? それとも――……」
「中立だよ」
「……中立?」
「私は誰の味方でも無いし、誰の敵でも無い。……強いて言えば、世界を
「……意味が分からない」
「そうだろうね。――……今回の場合、世界を乱したのは誰なのか。エリクさんには分かるかい?」
「……アリアか」
「そう。彼女は死者でありながら現世に留まり、多くの死者を留めて、世界の理である『生』と『死』の
「……ッ」
微笑みながら平然と述べるクロエの言葉に、エリクは傷の深い身体ながらも僅かな怒りと苛立ちを深める。
それを見下ろすクロエは、軽く溜息を吐きながら告げた。
「――……さて。君も、そして
「……!」
「エリクさんは多くの死者達を解放し、アリアさんも死者を浄化し自分自身に施していた死霊術を解いてくれた。――……おかげで、この歪に絡んだ螺旋を紐解ける」
「……紐解く……?」
「この世界は、数多の紐が複雑に絡み合って出来上がった末に成された歪な未来。その原因が死者である者の手によって行われたとすれば、それは世界にとっての『異常事態』と認識するのに十分なんだ」
「お前は、何を言って――……」
「――……最後に、私の番ということだよ」
「!」
クロエはそう述べながら太陽が昇り光に照らされた真上の空を見上げる。
すると両腕を緩やかに動かしながら両手を上空に翳し、まるで迎え入れるような姿勢を見せた。
その後、クロエは詠唱にも似た言葉を述べる。
「――……『
「……!?」
その言葉が述べられた瞬間、エリクは周囲に起きた異変に驚きを浮かべる。
今まで砂と瓦礫ばかりながらも色を持った世界が突然に色褪せ、周囲の光景から色が無くなった。
同時に青色に染まりつつあった空も灰色に変化し、吹かれていた風も止まってしまう。
何が起こったのか分からないエリクは、大声でクロエに怒鳴った。
「――……な、なんだ……? 何をしたんだ!?」
「何をした? いいや、違うね。――……これからするのさ」
「……!!」
そう述べるクロエの言葉と同時に、エリクは巨大な影が自身や大地に降り注ぐ光景を目にする。
不可解な影を地面に見たエリクは顔を上げ、灰色の空に浮かぶ奇妙なモノを見て絶句しながら唖然となった。
灰色の空と雲の中から、同じ色をした巨大な歯車が突如として降下しながら現れ始める。
それは一つや二つどころではなく、砂漠の大陸を超えて全世界の上空に夥しい数の歯車が出現しているだろう光景に、エリクは驚愕するばかりだった。
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