絶望の戦い


 夢を崩され憎悪の絶えない『悪魔』と、マシラ王アレクサンデルは瓦礫地帯で交戦を開始する。

 凄まじい速度で襲い左手の爪を伸ばし斬り薙ぐ『悪魔』に対して、アレクは身を捻りながら回避し跳ね上げた右脚を薙ぎ放った。


 それを『悪魔』は避けず、左脇腹に脚撃を受けて体軸が揺らぐ。

 腹部は浄化によって人間の身体に戻っていたが、まるで痛みを感じていない様子を見せた。


「!」


「シィッ!!」


 すぐに揺らいだ体軸を戻した『悪魔』は左手を広げて黒爪を伸ばして掲げ、凄まじい速度と膂力でアレクを上段から斬り裂こうと腕を振り降ろす。

 反射的に右側へ飛び避けたアレクが居た瓦礫地帯に、五本の巨大な爪痕が刻まれるように吹き飛ばした。


「ッ!!」


「――……ァアッ!!」


「ウワァアアッ!!」


 吹き飛ぶ瓦礫の残骸に襲われるアレクに対して、『悪魔』は叫びながら更に左腕を振るう。


 振るわれた一キロ以上先まで凄まじい風圧を発生し、砂埃を含んだ瓦礫群もまた吹き飛ばされる。

 それに巻き込まれたアレクは、その衝撃と瓦礫の破片が直撃しながら吹き飛ばされた。


「――……ク……ッ!!」


 吹き飛ばされたアレクは覆い被さる瓦礫を押し退け、浴びた瓦礫と衝撃で痛む身体を起こしながら立ち上がろうとする。

 その時には既に、『悪魔』が左背の黒い翼を羽ばたかせながら凄まじい速度でアレクに迫っていた。


「――……死ねッ!!」


「……!」


 アレクに目掛けて飛翔し右腕を振り向けた『悪魔』は、右手に集めた魔力を大出力で放出させる。

 その巨大な砲撃が起き上がる最中だったアレクに直撃する寸前、一つの気力斬撃ブレードが砲撃の軌道を逸らすように横から薙ぎ払った。


 アレクはその斬撃が発生した場所に視線を向け、驚きを浮かべる。

 そこにはアレクにとって馴染み深い人物が立っており、『悪魔』もそれを見て悪態を吐いた。


「……あの人は……!」


「――……ハァ、ハァ……ッ!!」


「……ゴミが、またッ!!」


 『悪魔』の魔力砲撃を防いだのは、赤い魔剣を握るケイル。

 つい先程、『悪魔』から浴びせられた瘴気の斬撃を気力オーラの放出によって防ぐながら吹き飛ばされたケイルは、全身大小の傷を帯びた状態ながらまだ健在な様子を見せていた。

 

 それに苛立ちを深めた『悪魔』は、アレクから目標をケイルに変える。

 瓦礫の地面を蹴り上げながら飛翔する方角を極度に変更した『悪魔』はケイルを確実に殺す為に接近し、黒い左手を用いて斬り裂こうとした。


 その瞬間、その飛翔速度に合わせて何者かが『悪魔』の右横から奇襲を仕掛ける。

 それに反射的に気付いた『悪魔』は、身体を振り左手を翳しながら奇襲を仕掛けた人物の青い刃を受け止めた。


「ッ!!」


「――……ちぇっ! もうちょっとで首が取れたのに!」


「……この、クソガキッ!!」


 『悪魔』に奇襲し悪態を吐かせたのは、青い大鎌を薙ぎ迫るマギルス。

 マギルスもまた魔力の斬撃によって吹き飛ばされ大小の傷を受けながらも健在を見せ、『悪魔』の首を刈り取る為に大鎌の刃で狙っていた。


 再起不能にしたと思われた二人がまだ健在であると知った『悪魔』は、更に苛立ちと憎悪を滾らせる。

 そして大鎌の刃を黒い左手で弾き飛ばすと、マギルスは大きく跳び退きながら身体を回転させつつ瓦礫の上へ着地した。


 聖人であるアレクとケイル、そして魔人のマギルス。

 この三名に挟まれる形で立つ『悪魔』は大きく上半身を前に倒しながら顔を伏せた後に、発狂したような声を出しながら上体と頭を仰け反らせた。


「――……ぁああああああああああッ!!」


「……!」


「!!」


「!?」 


「ゴミの分際でッ!! 人間の分際でッ!! ――……私をイラつかせるなぁああああッ!!」


「ッ!!」


 『悪魔』は発狂した声を出し終えた後に、三人は悪寒を感じ取る。


 その悪寒は正しく、『悪魔』の苛立ちと負の感情によって魂から生み出される瘴気が一気に増大化した。

 更に『悪魔』の目から黒い涙が溢れ出すと同時に、心臓の位置から黒い泥が溢れ出す。

 浄化され人間の肉体に戻り掛けていた『悪魔アリア』の身体を、再び悪魔化させようと黒い泥が覆い始めていた。


 それを見る三名の中で、アレクが大声を出しながら他の二人に教え叫ぶ。


「――……マズい! アルトリアさんは、また悪魔化しようとしていますッ!!」


「!」


「ユグナリスさんの付けた聖痕が、まだ完全じゃないんだ……! また悪魔になってしまったら、僕達じゃ……ッ!!」


「――……マギルスッ!!」


「うん!」


 アレクの言葉を聞いたケイルは、マギルスに呼び掛ける。

 それに応じたマギルスは大鎌を構えて素早く襲い掛かり、『悪魔』の首を跳ねる為に大鎌を振るった。


「うッ!!」


 しかし『悪魔』を覆う黒い泥が大鎌の刃を弾き、その刃を通らせない。

 それでもマギルスは大鎌を振るい続け、『悪魔』の変異を阻止する為に攻撃を続けた。


 更にケイルも『悪魔』に向かって走りながら大小の赤い剣を両手で引き抜き、気力オーラを宿らせる。

 そしてマギルスの攻撃に合わせて気力剣オーラブレードで『悪魔』を斬り裂いたが、黒い泥を斬り裂けず内部まで刃が通らなかった。


「――……クソッ、刃が通らないッ!!」


「ウニョウニョ、動いてるくせにッ!!」


 二人は剣と大鎌を振るい、躊躇せず『悪魔アリア』を斬り裂こうとする。

 しかし黒い泥はその刃を阻み、完全に『悪魔』を包み込んでしまった。


 そして黒い泥の内部で、『悪魔アリア』の身体が再び瘴気を帯びて悪魔の肉体へ変異しようとする。

 それを遠目で察したアレクは、表情を強張らせながら周囲を見渡した。


「……やっぱり、普通ただの武器では駄目なんだ。……ユグナリスさんは……!? あの聖剣が無いと……ッ!!」


 アレクは『悪魔』に対抗する事が出来るユグナリスを探すが、その姿は何処にも見えない。

 またユグナリスが持っていた聖剣の姿も無く、この砂漠に広がり散らばる瓦礫の海から一つの剣を探すのは至難の業と言ってもいい。


 『悪魔』の力を封じ対抗できるのは、『聖剣』だけ。

 それを知るアレクは周囲を見渡しながら、聖剣の持ち手であるユグナリスを探すしかなかった。


 そうしている間に、黒い泥が少しずつ人型へ戻っていく。

 更に二人の攻撃を受けながらも平然とした様子で屈んだ姿勢から立ち上がると、黒い泥から飛び出た黒い両手が二人の刃を掴み止めた。


「な……!」


「ッ!!」


「――……ウザったいのよ」


 黒い泥の内部から声が響き、二人の武器を掴み止めた黒い腕が素早く振られる。

 するとケイルとマギルスの視界は暗転し、瞬く間に瓦礫の地面へ叩き付けられた。


「ガハ……ッ!!」


「ゥ……ッ!!」


「――……アハハハハハッ!!」


 黒い泥が徐々に『悪魔』の体内へ戻り、再び姿を晒す。

 全身の肌が黒く染まり戻り、頭に四本の黒い角と背に二つの黒い羽を広げ、更に両目が黒く染まり戻った『悪魔』が再び現れた。


 それを喜ぶかのように高笑いを浮かべていた『悪魔』は笑いを止め、地面に叩き付けたケイルとマギルスを見下ろす。

 そして二人の頭を両手で掴み上げると、まるで万力で締め上げるような握力を加えた。


「――……ゥ、ァアガアアアッ!!」


「ゥワアアア……ッ!!」


「……散々、手古摺てこずらせてくれたわね」


「アアアアアアアッ!!」 


「アアアア……ッ!!」


 二人の絶叫を聴きながら『悪魔』は憎悪の微笑みを浮かべ、更に握力を強めていく。

 そうした中でマギルスは痛みに堪えて歯を食い縛り、口を大きく開いた。


「――……来いッ!!」


「!?」


 そう叫んだ瞬間、マギルスの頭部が首から外れる。

 唐突に頭が外れたマギルスの状態に『悪魔』は驚愕して目を見開き、着地した胴体部分は透明化させていた青馬を大鎌に宿らせた。


「――……『精神武装アストラルウェポン攻撃形態アタックフォルム』ッ!!」


「な……ッ!?」


 頭だけのマギルスがそう叫び、青馬が精神武装アストラルウェポンとなって大鎌に纏い合体する。

 すると首から上が無い胴体が大鎌を薙ぎ、『悪魔』の胴体に向けて青い刃を薙ぎ振った。


 青い閃光が青い刃から発生し、凄まじい威力の斬撃が『悪魔』に浴びせられる。

 それによって『悪魔』は吹き飛び、頭を掴まれていたケイルとマギルスも同時に吹き飛んだ。


 周囲の瓦礫も四散しながら吹き飛び、一筋の大きな斬撃跡が瓦礫地帯に生み出される。

 遠巻きに居たアレクは瓦礫の破片から顔を守るように腕を上げて立ち上がり、目を凝らして土埃が舞う中で起き上がる一つの影を目撃した。


「……やっぱり、ダメなのか……ッ」


「――……小賢しい真似を、してくれる……!!」


 アレクが見たのは、腹部の裂傷を瘴気で覆い修復させている『悪魔』の姿。


 逆に近距離で自爆染みた斬撃は放ったマギルス自身は、自分の魔力斬撃の余波を浴びて大きく負傷し、それに巻き込まれたケイルも衝撃に因って全身に打撲を負ってしまう。

 そして二人は瓦礫の上に突っ伏した姿勢の傍らで、『悪魔』だけが今も健在な様子を示していた。

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