聖徒と師


 復帰した『青』が失った手足を戻し、船内の医務室の負傷者達を全て治癒するという卓越した魔法技術を見せる。

 それを目にするマシラ王アレクサンデルと他の者達は、『青』の身に纏う威厳に畏敬を感じていた。


 そうした中で、浮遊都市内部の箱庭で保護されていた子供達が『聖人』として生まれた生い立ちが『青』によって語られる。

 その一人であり全身に刺青を持つセンチネル部族の青年が目覚め、『青』を警戒するように睨み向かい合った。


 『青』は起き上がり壁際まで下がる青年に刻まれた刺青を見ながら、口を開く。


「その呪印じゅいん、フラムブルグの呪法だったか。それを施したのは、ミネルヴァだな」


「……」


「――……『神に絶対の忠誠をケゥストそれに犯す者にはベルディ命の罰をディヌス』」


「!!」


「幼き魂に刻むには、あまりにも酷な誓約だ。……ミネルヴァは狂信故に周囲から見誤れるが、アレはアレで自身の法を律している。お主のような幼子に誓約を施すという事は、アルトリアに洗脳されての事と考えるのが通りであろうな」


「『……どうして、俺の誓約を……!』」


 『青』は青年に施された呪印を一目で読み解き、青年に刻まれた誓約を解析する。

 そして通じる言葉で述べられた誓約に、青年は驚きを強めながら更に身を引いた。


 そうした状況を『青』の後ろで見ていたアレクと第八部隊の隊長は、固唾を飲みながら見守る。

 しかし扉側に近い位置だったアレクの耳に、廊下から多くの足音が聞こえ始めた。


 その足音が医務室の扉に辿り着き、意識を向けたアレクは視線を向ける。

 するとそこには、原始的に服装をした数十人の少年少女達がいた。


「えっ、子供……?」


「……あっ、お前達! 今は部屋から出ちゃ――……って、そうか。言葉か分からんから、艦内放送も伝わってないのか……」


「彼等が、まさか……?」


 第八部隊の隊長が船内の一室に集めていた子供達が出て来た事を知り、歩み寄りながら戻るように伝えようとする。

 そうしたやり取りを見ていたアレクは、『青』が先程まで話していた聖人の子供達が彼等である事を察した。


 第八部隊の隊長が戻るように何とか伝えようとするが、子供達は刺青の青年へ目を向ける。

 そして続々と青年の方へ駆け寄り、服や身体にしがみ付くように囲い込んだ。


 それを見る『青』は、彼等に通じる言葉で話し掛ける。


「『……大きくなったな』」


「!」


「『あれから十五年、お前達の姿を見ていなかったからな』」


「『……もしかして、先生?』」


「『うむ』」


 『青』の語る言葉を子供達全員が聞き、それぞれが顔を見合わせる。

 そして子供の一人がそう首を傾げながら聞くと、『青』は口元を微笑ませながら頷いた。


 それを聞き見た子供達が、『青』を見ながら驚きを浮かべる。

 更に刺青の青年も目を見開きながら驚愕し、『青』に向けて問い掛けた。


「『……そんな、まさか……! 本当に……?』」


「『十五年前いぜんと、姿は違うがな』」


「『……神官様から、先生は外の争いに巻き込まれて死んだと聞いた。そして先生の代わりに、神が俺達を守り導くって……』」


「『そう簡単には死なんよ。……約束を交わしたろう。お前達が巣立つまで、儂が庇護するとな』」


「『……!』」


 その言葉を聞いた子供達は、互いに顔を見合わせながら『青』を見つめる。

 そして全員が前へ進み、今度は『青』を囲むように服と身体を寄り添い合った。


 そんな子供達の様子に医務室に居た兵士達や闘士達、そしてアレクも驚きを浮かべる。

 明らかに『青』が子供達に好かれている事を、その一連の行動で理解できたからだ。


 そして刺青がある青年も『青』に歩み寄り、互いに視線を交える。

 先程まであった警戒の視線は既に青年には無く、僅かに涙を浮かべながら『青』を見て話した。


「『……おかえりなさい。先生』」


「『うむ』」


「『先生がいなくなって、俺が皆のリーダーになったんだ。……俺は皆と違うから、呪印これを施してもらって、力を貰うしかなかったけど……』」


「『そうか』」


「『……彼等が箱庭あそこに来て、争いが起こると伝えて来た。だから、俺がみんなと一緒にここに避難するって、決めたんだ……』」


「『そうか。……よく決断した』」


「『……ッ』」


 『青』は微笑みながら子供達を離して青年に歩み寄り、その頭を優しく撫でる。

 そして青年は涙を流し、そのまま『青』にしがみつくように抱き付いた。


 それを頷きながら応じる『青』は、第八部隊の隊長に目を向ける。

 そしていつになく優しい顔立ちで、『青』は礼を述べた。


「――……この子達をここまで連れてきてくれたのだろう。礼を伝えておこう」


「い、いえ。……貴方がもしや、『青』の七大聖人セブンスワンですか?」


如何いかにも」


「なるほど、ならばあの卓越した魔法技術も頷けます。そして、子供達の魔法技術の高さも。……他の部隊から、報告は届いています。貴方もまた、都市の地下で首謀者によって幽閉されていたと。事実でしょうか?」


「情けない話ではあるが、その通りだ」


「この子達を貴方が保護し、地下の自然空間に住まわせていたというのも?」


「うむ。……あの中ならば、成長の遅い者でも他者に疎まれず、伸び伸びとした生活が送れるからな」


「……この子供達全員が、まさか聖人だとは……」


「この子達は、お主より年上である事は間違いないだろう」


「!!」


「古い者でも、八十年以上前から保護していたからな。……外の戦況がどうなっているか、聞いていいかね?」


「……現在、瘴気と呼ばれるモノを発している人工物を破壊する為に、箱舟ふねで総力戦を仕掛けています。……そして恐らく、数分後には都市が地表に落下します」


「そうか。……『黒』の話を信じるなら、儂は役目を果たしたのだろう。……儂も、結末を見守らせてもらう」


 『青』はそう述べながら青年の背中を軽く押し、医務室から出て行く。

 他の子供達もそれに付いて行くように医務室を出ると、全員が廊下を歩みながら去っていた。


 それを見送ように兵士達と闘士達は立ち尽くし、『青』と子供達の背中を見送る。

 そして子供達全員が廊下を曲がり終えた後に、船内全てに一つの放送が流れた。


『――……船内に伝達! 船内に伝達!』


「!」


『現在、グラド将軍が指揮する箱舟ノア三号機に積載された試作兵器を用い、コアの破壊を実行する。二号機われわれはその援護に入る。全員、衝撃に備えたまま身体を固定しているように!』


「!!」


「グラド将軍が……!?」


「――……父さん……」


 船内の全てにその放送が響き、兵士達は外で起こる状況を知る。

 その中には医務室で治療を受け全快したグラドの息子ヒューイも含まれており、窓から見える暗い外を見ながら困惑と心配を同居させた表情を見せていた。

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