希望の翼
エリクが死者の世界から帰還し、意識を覚醒させていた頃。
『黄』の
その最中、赤い魔剣が僅かに赤い光を宿らせると同時に、それを携え横たわるケイルが意識を戻して目を開けた。
「――……ぅ……ッ!?」
目を開けたケイルは天井に広がる金色の内装に驚き、身体を跳び起こさせて低い姿勢で身構える。
その瞬間に怒涛の衝撃と轟音が外側から絶え間なく起きている事を感じ取ったケイルは驚いたが、更に目の前に居る人物に驚きを深めさせられた。
「――……ミネルヴァ……!?」
ケイルがその瞳で見たのは、手足や胴体を含めて抉れたような傷を抱えた身体で跪き祈っているミネルヴァの姿。
その異様な光景の傍には倒れているマギルスと、苦々しい表情を浮かべてミネルヴァを見るクロエがいた。
状況が分からず困惑するケイルは、新たな衝撃と轟音が響くと同時に新たな傷を生み血を吹き出すミネルヴァを見て驚く。
しかし祈る姿勢のまま悲鳴を出さず苦痛の声すら漏らさないミネルヴァの様子に、ケイルは状況を把握する為にクロエに呼び掛けた。
「おい、どうなってんだ!?」
「やぁ、なんとか起きれたかな」
「なんでミネルヴァが――……」
「説明を省くと、彼女は正気に戻った。そして私達を助けてくれているんだ」
「はぁ……!?」
「でも、それも限界だ……」
クロエはいつものように余裕を持った表情ではなく、苦々しい表情でミネルヴァを見ながら話す。
あのミネルヴァが自分達を助けているという経緯そのものが理解できないケイルだったが、再びそれを問おうするより早くミネルヴァの限界が訪れた。
「――……グ、ァア……ッ!!」
「ミネルヴァ!」
「!?」
「……ハァ、ハ……――」
祈りの姿勢を崩し短く絶叫したミネルヴァは、その胸に大きな傷を生み出し血を溢れさせる。
そして跪くように両手を地に着け、ミネルヴァは息を大きく吐き出し倒れた。
その瞬間、ミネルヴァが具象化させ魔法領域として展開していた金色の大聖堂に巨大な亀裂が走る。
そして数秒後には大聖堂が崩壊し金色の粒子となって消滅すると、周囲は浮遊都市の廃墟と満ち上がる赤い霧に覆われた光景に戻った。
唐突に景色が変わり、また見覚えのある景色に不可解な赤い霧が追加されている状態に、ケイルは驚きの声を漏らす。
「な……!?」
「――……ありがとう」
「……」
息が浅く流れる血の量に比例して肌の血色が薄く冷たくなったミネルヴァの身体を、クロエは礼を述べながら優しく触り頭を撫でる。
そして意識の無いミネルヴァから手を離したクロエは立ち上がり、空を見上げた。
その上空には、『神』が黒い翼を羽ばたかせながら浮遊している。
ケイルもミネルヴァから視線を外して上を見上げ、その姿を視認した。
「……アリア……!!」
「……ケイルさん、お願いがあるんだ」
「?」
「マギルスとミネルヴァを抱えて、あの赤い霧を避けながら建物伝いに逃げて」
「な……!?」
「この二人は、生き残らなくちゃいけない。……新たな未来の為にも」
「何を言って――……」
「早くするんだッ!!」
「!?」
唐突に頼むクロエが、珍しく怒鳴りながらそう命じる。
ケイルは起きてから事態に追い付かない思考を抱きながらも、クロエが本気で焦った様子を見て事態が急を要すると察した。
そしてケイルが身を起こした瞬間、『神』の真下に散乱していた夥しい数の瓦礫が浮遊し始める。
それを『
しかしクロエは『神』を見上げながらその場に留まり、動かない。
脚に高い
そしてケイルは動かないクロエに振り向き、呼び掛けた。
「クロエ!」
「行くんだッ!!」
「……クソッ!!」
既に両手共に塞がり更に人を抱える余裕が無いケイルは、苦々しく歯を食い縛りながらクロエから目を逸らす。
そして『神』と真逆の方向にある瓦礫へ凄まじい脚力で跳び移り、更に崩れ掛けた建物に足を掛けて赤い霧を避けながらその場から離れた。
それを背中で見送るクロエは微笑み、夥しい数の瓦礫を浮遊させ杖を上に掲げる『神』を見上げる。
そして互いが互いに対して、最後の言葉を述べた。
「――……これで、私の勝ちよ」
「――……これで、私の勝ちかな」
『神』は口にした言葉と共に杖を振り下ろし、クロエに対して夥しい数の瓦礫を豪速で投げ放つ。
クロエもまた自身に向かい放たれる瓦礫から目を逸らし、その瞳を僅かな時間だけある方角へ向けて呟き笑った。
そしてクロエが居た場所に、満遍なく瓦礫が襲い潰す。
その凄まじい轟音を聞き衝撃を感じたケイルは飛び移った建物の屋上で振り返り、目を見開きながら叫んだ。
「――……クロエッ!!」
名前を叫ぶケイルの声は、地面を抉り穿つ瓦礫の衝撃音で掻き消される。
そして数十秒後に全ての瓦礫が投げ終わると、クロエが居た場所には大量の土埃と瓦礫の山が出来上がっていた。
「……クロエ……ッ」
ケイルはクロエの死を確信し、苦々しい表情を浮かべながらも二人を抱えて『神』から逃れる為に走り跳ぶ。
そのケイル達の姿を、上空に居る『神』は見逃していなかった。
「……厄介な邪魔者は潰した。――……どうせ、すぐ瘴気に飲まれるだろうけど。ついでに始末しておきましょうか」
「……!」
『神』は
そして無造作に右手の杖を動かし、ケイルにではなく別の物を狙い、黒い閃光を放った。
狙ったのは、ケイルが次に跳び着こうとした建物。
それが黒い閃光に襲われ消失すると、ケイルは立ち止まり表情を強張らせた。
「ッ!!」
「――……フフ」
「……クソッ!!」
「アハッ」
「……あの
「アハハハッ!!」
ケイルは別の瓦礫や建物を探し、それに飛び移ろうとする。
しかし『神』は笑いながらケイル達の周辺にある建物を次々と破壊し、跳び移れる脱出路を絶った。
身動きが出来なくなったケイルは、上空に浮かぶ『神』を睨みながら悪態を吐く。
その表情を視認した『神』は、今度こそケイル達に杖の照準を合わせた。
「――……これで、お
「……ッ!!」
『神』は右手に持つ杖から再び黒い閃光を放ち、それがケイル達に迫る。
逃げ場の無い状態で攻撃を防げる可能性があるマギルスとミネルヴァも気を失ったまま、ケイルは防ぐ術も無く瞳を閉じ表情を強張らせて死を覚悟した。
その時、黒い閃光より遥かに速い白い閃光が、赤い霧が漂う地面ギリギリを通過する。
そしてケイル達に迫る黒い閃光に目掛けて上昇しながら直撃し、巨大な黒い閃光を黒い粒子に変えて消失させた。
「なに……!?」
「……え?」
自身の攻撃が消失させられた『神』は目を見開き、驚きの声を漏らす。
それに対して危機を逃れたケイルは瞳を開け、黒い閃光が消え失せている状況に再び理解が追い付かない。
そんな二人が注目したのは、黒い閃光の射線上に存在する光を纏った白い
先程まで存在しなかったソレに互いに訝し気な目を見せている最中、その球体に突如として六枚の白い翼が広がるように出現した。
ケイルはその時、信じられないモノを目にする。
白い翼を広げた繭の中に、見覚えのある金色の長髪と見覚えのある服を纏った人物の後ろ姿を見た。
それは三十年前に、とある少女がルクソード皇国で購入し身に着けていた衣服。
当時のケイルは、それを見て魔法師らしくないとその少女に言った。
「……嘘だろ、おい……」
「――……あら。何が嘘なのかしら? ケイル」
「!?」
ケイルは驚愕しながら漏らした声を聞き、僅かに顔を振り向かせながら白い翼を羽ばたかせて声を掛ける。
その声を聞いたケイルは、紛れも無くその人物が自分の知るあの少女だと気付き、同時に更なる驚きに飲まれた。
「……な、なんでお前が……!? だって、お前はあそこに――……」
「クロエと、師匠のおかげよ」
「……!!」
「クロエが人形を用意して、師匠がこの杖を返してくれたおかげ」
「……まさか……!?」
その人物は、右手に持つ短い杖をケイルに見せ揺らす。
それを見たケイルはその言葉と杖を見て、過去の出来事とある少女と交わした会話を思い出した。
『――……ケイティルさん。私が使ってた杖、貴方が回収できない?』
『出来ない事はないですが、ここに持ち込めと?』
『私の杖を手に入れたら、私の等身に近い木製人形に持たせて欲しいの』
『どういう事です?』
『あの杖は私が五歳になった時に受け取った物よ。私の人生の中で、三分の二の時間をあの杖に触れて過ごしていたの』
『それが、どうしたんですか?』
『あの杖は私の分身みたいな物なのよ。そして杖に取り付けられた魔玉の中には、私の施した術式が刻まれている。生きている人間や動物は流石に無理だけど、私の杖を触媒にして、杖を持った人形を術式で遠隔操作できるわ』
『……そんな事が出来るんですか?』
『子供の頃によくやってたわ。お父様や家人の目を盗んで、家から抜け出す時に身代わりの布人形に杖を持たせて、部屋で大人しくしてるフリをしながら、街に出たりね』
三十年前、マシラ共和国で死刑にされそうだったエリクを救う為に、ケイルと少女は二人で協力しマシラ王を救う。
その時にケイルは少女に言われて人形と少女の短杖を用意し、それを実行した。
その時の事を思い出したケイルは、目の前の不可解な少女の正体を悟る。
しかし半信半疑を拭いきれないまま、その人物の名を呼んだ。
「――……アリア、なのか……!?」
「そうよ。そういえば、貴方とは久しぶりかしら?」
「!!」
目の前の人物をアリアと呼んだケイルに、少女は微笑みながら横顔を見せて答える。
それに驚愕するケイルからすぐに視線を外したアリアは、上空に浮遊し驚愕する『神』に対しても微笑み掛けた。
「――……そして、初めましてね。今の私」
「……コイツは、なに……!?」
「私にしては、随分と粗末な事をやってるわね。――……さっさと終わらせあげるわ。こんな茶番劇、私自身の手でね」
「……なんなのよ、お前は……!!」
動揺する『神』に対するアリアは、右手に持つ短杖を軽く回した後に握り締める。
そして『神』へ短杖を向け、不敵な微笑みを見せながら言い放った。
瘴気が満たされる都市の中で、『
それはなんと、アリア自身だった。
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