縁故の部族
彼は自身が崇める『神』の信仰と目的に逆らうように御業を行使し、
それに気付き傍に居た第八部隊の隊長は、驚愕しながら大声で青年に駆け寄る。
「君ッ!!」
「!?」
「君、しっかりしろ!! ――……すぐに医療班を呼べ! 担架もだ、早くッ!!」
「は、はい!!」
第八部隊の隊長は血を吐き出しながら倒れる青年へ急ぎ屈んで状態を確認し、近くの兵士達にそう呼び掛ける。
そして吐血しながらも僅かに瞳を開けた青年は、右頬に刻まれた刺青を白く光らせながら呟いた。
「――……これで、しばらくは守られる……」
「喋るな! 今、手当てをしてやるからな」
「……これは、神に逆らった代償だ……。死は、免れない……」
「!」
「俺達は、神を信仰している……。……その神の御業で、神の行いを妨げると、こうなる……」
「な、なんで……。自分を犠牲にして、俺達を……!?」
「……違う」
「!」
「……俺も、俺の大切な家族を……、守りたいだけだ――……ッ」
「おい! しっかりしろ、オイッ!!」
「隊長!」
「医療室へ! 慎重に、でも急いで運べ! 絶対に助けるんだッ!!」
第八部隊の隊長は兵士達と共に、意識を失い顔の刺青も少しずつ黒く広がり始める青年を担架へ乗せ、急いで船内の医療室へ運ぶ。
そして様々な怪我人達が多く居る医療室へ運び込まれると、多少の回復魔法と医療の心得がある衛生兵が対応したが、青年の状態と様子を見て表情を強張らせながら告げた。
「――……恐らく、内臓系に重大な損傷を負ってる。しかもこの刺青の広がりは……」
「どうにかならないのか!?」
「これは多分だが、呪術の類だ。私も詳しくは知らないが、決められたことを破ると代償を受けるとか、確かそういうモノだったはずだが……」
「呪術……!? そんなモノを……」
「体に広がってるのは、確か呪印と呼ばれるモノのはず。これを解くには、解呪師と呼ばれる魔法師に頼むしか……。……だが、我々の中にそんな魔法師なんて……」
「……クソッ!!」
医療室へ運ばれながらも、呪術の反動を解除できない事を第八部隊の隊長は知る。
そしてこの窮地を救ってくれた青年に対して何も出来ず、そのまま死を迎えるまで待つしかない事に憤りを覚えて壁を叩いた。
その時、青年のすぐ近くで寝かされていたもう一人の青年が壁を殴る音に気付いて目を覚ます。
そして跳び上がるように寝かされている床から離れ、青年は亜麻色の髪を揺らしながら焦りを含んだ表情で声を出した。
「――……ゴズヴァールは!? 状況は、どうなって……!?」
「!」
「き、君は……。マシラの?」
同じ医療室内で眠っていたのは、ゴズヴァールに戻るよう強制され気絶させられていたマシラ王アレクサンデル。
その近くに居た第八部隊の隊長や衛生兵は目を向けると、アレクサンデルは周囲を見渡した後に二人の傍に倒れている重傷の青年を見て驚き、強張った表情で近付きながら青年の手足と身体に広がる呪印を確認した。
「――……彼は、どうしてこのような状態に?」
「この
「……僕に診せてください」
「え?」
アレクサンデルはそう言いながら青年の手足を見ながら、刻まれている刺青と広がる呪印を観察する。
そして顔や心臓に迫ろうとする呪印を十数秒間だけ確認し、アレクサンデルは顔を上げて衛生兵と第八部隊の隊長を見た。
「……大丈夫。今ならまだ助けられます」
「!」
「本当か!? ……だが、解呪師がいないと……」
「
「!」
「で、出来るのか!? なら、頼む! 助けてやってくれ! それに術師の彼が死ぬと、もしかしたら外の結界も消えてしまうかも……!」
「分かりました」
第八部隊の隊長が青年の助けを求め、それに応じてアレクサンデルに笑顔で頷く。
そしてアレクサンデル自身に刻まれた魂の紋様が輝き、褐色の肉体に反映され白い輝きを見せた。
アレクサンデルは青年の心臓がある胸に両手を置き、身体に刻まれた紋様の輝きを強める。
そして大きく息を吸いながら止め、青年に刻まれた呪印に自分が蓄え循環させた白い魔力を流し込んだ。
「ッ!!」
「――……ァ、グァアアッ!!」
「!」
「だ、大丈夫なのか!?」
「呪印の抵抗です! 彼の内部を治癒させながら、呪印を抑え込みます!」
アレクサンデルは説明した後に更に息を吸い、体内に循環させた魔力を青年に流し込む。
青年は更に苦しむ声を上げながら吐血を漏らし、暴れ動き始めたことで第八部隊の隊長と衛生兵が必死に腕と手足を抑え込んだ。
数分後、吐血し痛ましい絶叫を上げていた青年は荒々しい息ながらも呼吸を落ち着かせ、心臓を目指し体全体に広がっていた呪印が引いていく。
そして手足や顔の刺青が元の形に戻り、大きく仰け反りながら息を吐いたアレクサンデルは疲れた様子で床に座った。
「……はぁあ……、終わりました」
「た、助かったのか……!?」
「はい。でも、安静にさせないとダメです。一命を取り留めましたが、呪印に侵された身体は見た目以上にボロボロですから」
「そ、そうか……」
第八部隊の隊長はそれを聞き、まだ息を荒く瞳を閉じたままの青年を見て安堵の息を漏らす。
『聖人』に進化しマシラ一族の秘術継承者として成長していたマシラ王アレクサンデルは、こうして青年の命を救う。
そして腰を上げて青年の顔を改めて見たアレクサンデルは表情に不可解さを一度宿した後、何かを思い出しながら呟いた。
「……この人、やっぱり……」
「?」
「センチネル部族……?」
「この青年を、知っているのか?」
「いえ、彼は知っているわけでは……。でも確か、彼のような人達が元ガルミッシュ帝国の大陸に在る樹海で、暮らしていたはずです。小さな頃に、その部族の女性を見た事がありますから。……でも……」
「……?」
「彼は、どうしてここに?」
「この都市の地下で、五十名程の子供達と一緒に暮らしていたらしい。彼はその、リーダーだったそうだ」
「……センチネル部族の生き残りが、こんな場所に……?」
「生き残り……?」
「センチネル部族は二十五年前に起きたガルミッシュ帝国と王ベルグリンド国の戦争に巻き込まれて、帝国と敵対したらしいんです。そしてその逆襲に遭い、何等かの魔導兵器で樹海ごと燃き尽くされたと。そうした帝国の苛烈な行動を聞き、当時のマシラ共和国は帝国との同盟協定を破棄したほどだと聞いています」
「!!」
「彼がその生き残りだとしても、どうしてこんな場所に……?」
「さ、さぁ……」
アレクサンデルは青年の正体がセンチネル部族だと気付き、不可解な表情を抱く。
それを第八部隊の隊長は、意識を失っている青年の顔を見た。
こうして青年は窮地を救われたが、新たな謎がアレクサンデルの言葉で浮上する。
過去にあのエリクやアリアが帝国領を抜け樹海に訪れた際に交流した、樹海に棲む部族の一つであるセンチネル部族。
樹海に住む彼等全員がエリクに似た黒髪で褐色の肌であり、またパールなど卓越した勇士を幾人か抱え、神を恐れるように信仰していた者達。
その末裔である可能性が高い青年と、その青年に家族と呼ばれる子供達が、どのような経緯で『神』の下に集められたのか。
そうした謎を残したままながら、辛うじて青年が身を挺した結界で
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