懐かしき来援
そして殿を務めていた第二部隊と第六部隊が隊長を含めて全滅し、第一防衛線に仕掛けた爆弾で自爆を試みるも、黒く輝く人形達には有効ではなかった。
それを視認し更に後退する同盟国軍の各部隊は、急いで次の第二防衛線まで下がろうとする。
しかし爆煙と土煙の中から起き上がり飛び出す黒い人形達は、後退する各部隊の兵士達に再び迫った。
「クソッ!!」
「もう来やがった!」
「チクショォオッ!!」
後ろから迫る黒い人形達に対して、後続の兵士達は焦りを色濃く見せる。
そしてすぐ後ろに迫られた兵士達は抱え持つ
「ギャ――……」
「ガ、ェ……」
「ク、ッソォオオ……ッ!!」
しかし結果は変わらず、振り返り迎撃した兵士達の首や顔は容易く切断されながら駆け抜けられる。
そして心臓を貫かれた兵士は血を吐き出しながら必死の形相で黒い人形に抱き付いて細い脚に足を絡め、倒して他の兵士達を追わせないようにした。
「ガ、ハ……ッ」
『――……』
しかし黒い人形は兵士の抵抗も容易く押し退け、黒剣を引き抜き荒々しく討ち捨てて走り出す。
そうして後続の兵士は追い付かれて更に犠牲が増える中で、それ等を救出しようとすれば助けようとする兵士達も犠牲となり、呻き声と叫び声が聞こえる中で兵士達は全力で逃げるしかなかった。
そしてとうとう、撤退する各部隊の左右を挟むように数十体の黒い人形達が追い付く。
更にそれ等が前方に回り込もうと動き、包囲され逃げ道を失う状況に陥り掛けている同盟国軍の部隊は、更に焦燥感を高めた。
それでも諦めない兵士達の中には走りながら揺れる身体と腕で必死に銃を構え狙い、左右と前方へ回り込む人型
それがグラドの息子ヒューイが率いる第五部隊であり、
「走れ! もっと早くッ!!」
「た、隊長……!」
「隊長は、先に……」
「弱音を吐く前に、とにかく走れッ!!」
鬼気迫る表情でヒューイは怒鳴り、肉体的にも精神的にも衰弱して走りが遅れる若い兵士達を叱咤する。
そして自身が背負う鞄を後ろへ投げ捨てると同時に、それに狙いを定めて
それが的中し揺れ跳ねる鞄は、その直後に爆炎が混じる爆発を起こす。
第五部隊の荷物である手投げ用の簡易爆弾が入った鞄を誘爆させ、ヒューイは僅かでも黒い人形達の足止めをしようとしていた。
簡易爆弾の爆発を浴びた黒い人形達の表面は傷付かなかったが、それでも細身の身軽さによって爆風で倒れる姿も見える。
それに倣うように第五部隊の兵士達や、同じように鞄に簡易爆弾を持つ他の兵士達も、背負う鞄を黒い人形達が居る方へ投げ捨てながら銃を構え、他の兵士達もそれを援護して簡易爆弾に銃弾を浴びせて爆発させた。
そうして本当に僅かな時間を稼ぎ、兵士達は更に後退する。
しかし稼げた時間は瞬く間に黒い人形達の動きに縮められ、ついにヒューイが居る第五部隊に黒い人形達が追い付いた。
「――……来るぞッ!!」
「ッ!!」
ヒューイの声と共に、第五部隊の兵士全員が表情を強張らせて背後に意識と視線を向ける。
そして足音を鳴らし前屈みで右手を黒剣に変化させた黒い人形達が、右腕を突く構えを見せながら迫った。
「全員、白兵戦用意! 三人一組で対峙するんだッ!!」
「!」
「敵は軽い! 三人で地面へ倒して、すぐに逃げ――……ッ!!」
ヒューイがそう命じる中で、ついに一体の黒い人形が
それを察したヒューイは横へ跳び避け身を捻り、黒い人形に対して足を踏み込ませて
それが黒い人形の顔面に直撃し、大きく仰け反らせる。
しかし殴った
ヒューイの近くに居た若い兵士が二人で走り寄り、周囲では三人一組の兵士達が組む。
そして新たに迫る黒い人形達と三人組の兵士達が対峙し、兵士達は銃を棄て腰の軍用短剣を左手で引き抜き、右手で携えていた軍用警棒を引き抜き伸ばした。
そしてヒューイも腰から左手で軍用短剣を引き抜き、右手には警棒を振り伸ばして号令を飛ばす。
「――……最後まで、諦めるなッ!!」
「ハッ!!」
ヒューイの声を受けて第五部隊の兵士達が表情を強張らせながら構え、向かって来る黒い人形に三人一組で襲い掛かる。
そして隣を走っていた第七部隊部隊の隊長や兵士達も同じように覚悟の表情を秘め、迫る黒い人形達と対峙した。
百名近い同盟国軍の兵士達が、その半数に満たない黒い人型
三人一組で組み一体の黒い人形と戦い、組み合う形で接近戦を繰り広げた。
「うぉおらあッ!!」
「足の関節を狙えッ!!」
「ギャアッ!!」
「倒して、抑え込むんだ!!」
「グ、アゥアアッ!!」
「ぎゃ、逆の腕も剣になったッ!!」
「ァ、グァ……」
「背中にも!?」
しかしその場は、兵士達の阿鼻叫喚が生まれてしまう。
一人の兵士が黒剣に心臓を貫かれる間に、他の二人がその兵士ごと黒い人形を押し倒そうと全体重を掛けた突進を仕掛けた。
それで何とか倒しても、左手も黒剣に変化させた黒い人形が抑え込む兵士を斬り裂き絶命させる。
他にも黒剣の右腕と首を抑えて羽交い絞めにしようとした兵士も居たが、黒い人形の背中から黒い刃が飛び出すように出現し、抑え込んでいた兵士の胸を貫いた。
身体全体を流動的に変化させ、全ての部位を刃に変える事が出来る黒い人形達に、組み合う兵士達が瞬く間に殺されていく。
そしてヒューイも組んでいた兵士の一人が黒剣で心臓を貫かれ、歯を食い縛りながら左手の警棒を全力で振って黒い人形の右膝関節を殴打した。
しかしそれも、凄まじい硬度によって弾かれる。
逆に殴った警棒の方が曲がり、更にすぐに心臓から引き抜いた黒剣がもう一人の兵士の首を飛ばしてしまう。
「――……ッ!!」
『――……』
瞬く間に組んでいた二人の兵士を殺されたヒューイは、唖然とした表情を浮かべて絶望の表情を初めて見せる。
そして黒い人形が顔の無い頭でヒューイの顔を見ると、右手の黒剣を鋭く突いた。
「グアッ、ギャアァァアアッ!!」
『――……』
ヒューイは自分の意思で避けたのか、それともよろめいただけなのか、自分自身でも分からぬまま黒剣に突かれた瞬間に身体を右側へ傾かせる。
それによって心臓を貫かれる事は回避しながらも、左肩に黒剣が容易く刺し込まれた。
悲痛な声で叫ぶヒューイだったが、その黒剣を引き抜こうと必死に右手を伸ばして黒い人形の右腕を掴む。
しかし貫いた黒剣は引き抜けず、無慈悲にもヒューイの左肩から心臓に向けて動かし始めた。
「……ごめんな……ッ」
ヒューイは両目に涙を浮かべ、傷口が広がる感覚を味わいながら止められない黒い人形の右腕を掴みながら小声を漏らす。
謝るように呟くヒューイの脳裏には、同盟国の避難地へ残して来た妻と息子の顔が浮かんでいた。
その時、一つの蹴りがヒューイを刺し貫いた黒い人形の顔面へ届く。
凄まじい脚力で蹴り飛ばされた黒い人形は荒々しくも吹き飛び、ヒューイの左肩を貫いていた黒剣は引き抜かれた。
そして前へ倒れ込み左肩から多量の血を流すヒューイは、傷みと涙で掠れる視線で上を見上げ、黒い人形を蹴り飛ばした人物を見る。
その人物は黄色い衣の闘着を纏い、亜麻色の髪と両手に魔石付きの厚めの手袋を両手に嵌め込んだ、褐色で若々しい青年だった。
その青年は倒れたヒューイの方に顔は向けないまま、声を出して尋ねる。
「――……大丈夫ですか! 立てますか!?」
「……あ、あぁ……」
「すぐに他の皆を連れて、後退してください! ここは僕達が!」
「き、君は……?」
「急いで!」
若々しい声をした亜麻色の髪をした褐色の青年は、起き上がる黒い人形に対して今度は下から突き上げるように右腕を振るい殴る。
すると拳が直撃した黒い人形は、容易く空中へ放り投げられたかのように吹き飛んだ。
「……!?」
それに驚くヒューイは表情を強張らせ、更に周囲に出現した新たな人物達に気付く。
全員が青年と同じ黄色い闘着を纏い、飛び込むように
それを見て助けられた兵士達はそれ等の人物達が掛ける言葉によって起き上がり、再び後退を始める。
その中で一人の兵士が呟いた言葉を、ヒューイは血が流れる左肩を右手で抑え歩きながら聞いた。
「――……アレは、もしかして闘士か……?」
「闘士……?」
「黄色い服を着た、マシラ共和国の闘士部隊……。……ずっと昔に、解散したって聞いたのに……」
そう呟く兵士の声を聞き、ヒューイは歩みを止めずに振り返る。
そこで更に、疾風の如く走る黄色い闘着を纏った大男が後退する兵士達の上空を跳び越え、黒い人形達と相対する三十名前後の闘士部隊と合流した。
二メートルを超える体格の大男は、黒肌と黒髪を見せながら鋭く黒い眼光を晒し、後退する兵士達の後ろへ立つ。
それに対して追って来た黒い人形達は、黒剣の腕を突いて大男を殺そうとした。
しかし大男は両手の拳を強く握りながら、黒剣が身体に届くよりも先に周囲の黒い人形達へ両手両足の打撃を幾度も加え、誰よりも遠くへ黒い人形達を吹き飛ばした。
「……す、すげぇ……」
大男が瞬く間に複数の黒い人形を吹き飛ばす光景を見て、ヒューイは思わずそう呟く。
そして大男の後ろ姿に、以前に助けられたエリクの姿を重ね見た。
しかし黄色い闘着を纏う黒髪の大男は、亜麻色の髪の青年に顔を向けて大声で言い放つ。
「――……王よ! ここは私達が! 御身を御下がりください!」
「僕もやるよ!」
「御身に何かあれば、マシラの民が!」
「だからって、僕だけが安全な場所に、居られるわけがないだろッ!!」
そう怒鳴り合う二人は、更に襲い来る黒い人形達を殴り飛ばす。
亜麻色の髪を靡かせた青年は、殴打の
それは他の闘志達も同じであり、高い身体技術で
その中でも更に突出している亜麻色の髪を持つ青年と黒髪黒肌の大男は、迫り来る黒い人形を背中合わせに迎撃し合った。
そんな青年に対して、黒髪の大男は微笑みながら呟き背中を合わせる。
「……まったく、誰に似たのでしょうな。その
「父さんと母さん、両方だよ! ……それに、
「フッ」
「――……ゴズヴァール! あの戦士達を、全力で守るんだ!」
「承りました。我が王、アレクサンデル様!」
そう笑みを浮かべる二人は、目にも止まらぬ動きと繰り出される打突の速さで黒い人形を蹴散らしていく。
そして撤退する同盟国軍の生き残りを援護し、
亜麻色の髪をした青年の名は、アレクサンデル=ガラント=マシラ。
マシラ共和国の第三代目として王を継いだ青年には三十年前のような幼さは既に無く、見違える程に成長し『聖人』へ達した逞しい青年となっていた。
そしてその傍にはマシラ一族に仕える事を誓った牛鬼族のゴズヴァールが、今でも恩義のある一族の傍に控えている。
更に彼等が率いる新生の闘士部隊は、少数ながら全員が
再び窮地に陥ったアスラント同盟国軍は、一命を取り留める。
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