過去の嫌悪
そこには地下空間にも在った自然が広がり、小さな雲と真上に昇る日の光が存在する青い空が存在した。
そして丘の上にある小さな白い家にはテラスがあり、庭を眺められる位置に設置されたハンモックが備えられている。
そのハンモックの中には白いワンピースを着た金髪の女性が寝転がり、傍にある机には幾つかの本とガラス製のコップに注がれた果実酒とその瓶が置かれていた。
「――……」
その家の目の前にエリクは立ち、テラスが見える位置で静かにその女性を見る。
金髪の女性はそんなエリクに気付いていないのか、それとも寝ているのか、静かに揺れるハンモックから動く様子は無い。
エリクはそれを見た後、柵の無い庭に足を踏み入れ、庭の中にある果物の生り野菜と思しき植物の葉が出ている小さな畑の傍を通り過ぎ、テラスの前に立った。
そして僅かに息を吸い、エリクはその女性の名を出して呼び掛ける。
「――……アリア」
「……ん……?」
エリクの呼び掛けに反応した金髪の女性は、ハンモックの上でゆっくりと上半身を起こす。
そして長い金色の髪に緩やかに触れ、顔を覆っている髪を掻き上げた後に、エリクに顔と視線を向けた。
その顔を見たエリクは、僅かに目を見開く。
その女性は間違いなく、自分の知るアリアだとエリク本人は思った。
しかし三十年前にあった美しい顔立ちに幼さが無くなり、代わりに成人女性として成長した凛々しい顔立ちへ変わっている。
そして身体も以前より所々が成長し、素肌の見える綺麗な長い脚と腕を晒し、髪も以前より伸びていた。
互いの視線が交差し、二人の間に数秒の沈黙が生まれる。
その沈黙を先に破ったのは、金髪の女性だった。
「――……誰?」
「俺は、エリクだ」
「エリク? ……どこかで、聞いた事ある名前ね」
「覚えているのか?」
「……思い出したわ。……アンタが、あのエリクなのね」
「……ああ、そうだ」
金髪の女性はそう言いながら、一息を吐き出す。
そしてハンモックから身を翻しながら長い脚を降ろし、テラスの白い床に素足を着けた。
以前よりも身長が高くなっていたが、腕や脚の筋肉は旅をしていた時より逞しくはない。
長らく旅でしていたような肉体の負荷が無く、筋肉が弱まっている事がエリクには一目で分かる。
そして目の前に居る金髪の女性が、
金髪の女性はエリクを一瞥した後、家の中に入る。
それを追いテラスに上がる為の小さな階段へ踏み込もうとした時、金髪の女性は階段に足を乗せたエリクに告げた。
「この家、土足厳禁よ。入るなら靴を脱ぎなさい」
「……そうか」
注意されたエリクはそれを素直に聞き入れ、
そして家の奥に入るアリアは、リビングの先にある部屋に入り、その奥にある衣装棚を開けた。
家に入りそれを見ていたエリクに、金髪の女性は鋭くも訝し気な視線を向けて不機嫌な声を発する。
「……ちょっと」
「?」
「なんで人の着替えを、勝手に覗いてるのよ」
「……あ、ああ。そうか」
エリクはその姿を注視するあまり、金髪の女性が何をしようとしているか気付いていなかった。
以前は躊躇いも無く目の前で着替えていたが、今のアリアに再び注意されてからエリクは視線を外し、テラスがある方へ歩み外へ顔を向けた。
それから幾度か棚や引き出しを開ける音が聞こえる中で、エリクは金髪の女性が着替え終わるのを待つ。
そして十分程が経ち、エリクの背後から金髪の女性が呼び掛けた。
「――……もういいわよ」
「……!」
呼び掛けられて身体を振り向かせたエリクは、金髪の女性が身に着けた服を見る。
その服は長袖で細かい意匠がありながらも白く、服自体に紋様が刻まれ術式が付与された神官のような服だった、
更に首や指には
しかも服の素材は一般的な白絹ではなく、恐らくエリクが身に着けている服と同じ素材であるミスリル製。
それを一目で見抜いたエリクは、渋い表情を僅かに見せながら呟いた。
「……その格好は?」
「私の服よ。文句でもある?」
「……これから、何をするんだ?」
「決まりきった事よ。……外に出ましょうか。家が壊れたら、建て直すのも面倒だし」
「……ッ」
エリクはこれから金髪の女性が自分と何を行うのかを察し、渋い表情を色濃くさせる。
そして振り絞るような声で、エリクは金髪の女性に訴えた。
「……俺は、君と戦いたくない」
「なら、大人しく死んでくれる?」
「……君は、俺を殺す理由があるのか?」
「あるわ」
「理由を、聞きたい」
「……そうね。いきなり出会って殺すのも、理不尽過ぎて可哀そうね。……貴方が私を『アルトリア』、もしくはその愛称である『アリア』と呼んだから、というのが理由の一つ」
「!」
「もう一つの理由は、至って
「……前の君を、知っているから……?」
「記憶を失った私に対して、周りに群がってくる奴等は漏れなく全員、私に何をしたか分かる?」
「……」
「記憶を失う前の私。『アルトリア』という女の事を私に話し、私がその女に戻る事を強要したのよ」
「……!」
「どいつもこいつも、私の知らない名で呼び、全員がその女で在ることを押し付けようとする。そして今の私を否定する。……私はね、私をアルトリアと呼ぶ奴も、そしてアルトリアである事を押し付けて来る奴等は、例外無く殺すと決めてるの」
金髪の女性はそう述べ、エリクに対して鋭く睨む。
それを受けたエリクは、記憶を失った少女が目の前の女性になるまでの間に周囲から受けた出来事を想像し、それもまた悲しみの深い表情を見せる事となった。
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