思わぬ同行者


 螺旋の迷宮スパイラルラビリンスという現象が起こる理由。

 それは到達者エンドレスの力がこの世に留まり彷徨う死者の思念に干渉して別空間を作り出し、そこに居る生者を飲み込むという。


 かつてその現象を観測した『青』の推察を聞き、マギルスは自分達を巻き込んだあの現象の一人に『到達者エンドレス』であるクロエが関わっている可能性を示唆された。

 同時に、『到達者エンドレス』であるクロエの能力を使えば、時を戻す事も可能だと知る。


 マギルスは地上うえに居るだろうクロエの事を思いながら天井を見上げた後、視線を落として再び『青』が入っている容器の方を見た。


「――……じゃあ、最後に聞くね」


『……』


「僕がアンタを解放したとして、その後はどうするの? アリアお姉さんと戦って、この国を取り戻すとか?」


『……儂では、あのアルトリアには勝てぬ。……いや、人間大陸の強者が全てつどったとしても……』


「今のアリアお姉さん、そんなに強いんだ?」


『お前の知るアルトリアと、今のアルトリアは違う……。……儂の魔法研究を全て奪い、更なる境地へ達しているだろう……』


「そっかぁ。ちょっとワクワクするけど、寒気もするなぁ」


『儂はもう、奴とは……アルトリアとは関わらぬ……。儂はアルトリアという規格外バケモノを、甘く見過ぎていた……』


「ふーん。じゃあ、ただ逃げて隠れるだけ?」


『……』


「もっと強くなって倒してやろーとか、仕返ししてやろーとか、そう思わないの?」


『……その意思は無い。少なくとも、もうアルトリアとは関わりを持ちたくない……』


「ふーん」


 『青』の意気消沈とした声は、紛れも無く本音を語っているのだろうとマギルスは考える。

 以前に相対した時のような誇りと自信に満ちた『青』の態度は完全に消え伏せ、ただ何もかも奪われた男がそこに居ただけだった。


 マギルスは大鎌を折り畳み、背中の長筒に入れる。

 そして両手を自由にした状態で、『青』に再び話し掛けた。


「――……それで、どうやったら出せるの?」


『……解放してくれるのか……?』


「だって、約束したじゃん。先に答えたら出すよって」


『……』


「あっ、もし出て僕に攻撃して来たり、出口を教えないって言ったら、首を取るから。それで良いよね?」


『……ああ、分かった』


「それで、どうやるの? 僕、こういう機械って分かんないんだよね」


『……お前から見て右側の、儂が入る容器の外側にある操作盤の前へ……』


「はーい。……というか、壊して出しちゃダメなの?」


『この容器に満たされた魔力薬液エーテルと外部の圧力は、大きく違う。仕掛けを順序立てて紐解かねば『魔力マナ』と『時』の減圧に失敗し、儂の肉体が崩壊する……』


「よく分かんないけど、面倒臭い仕掛けだね。……これが操作盤?」


『ああ。……儂が言うボタンを、順に押してくれ……』


「はーい」


 マギルスは『青』の指示を素直に聞き、操作盤のボタンを押していく。

 次第に容器内に満たされていた青い魔力薬液エーテルに気泡が多くなり、青色から赤色へ液体が変色していった。

 そして容器に繋がる排水管から魔力薬液エーテルが排出されながら、同時に外部の環境と同じ要素が容器内に流れ込んで来る。


 拙いマギルスの操作が続けられた、数分後。

 ついに容器の入り口となる前方の開閉口ハッチが緩やかに開け放たれ、それと同時に飛び退いたマギルスは身構えた。


 その後、容器内の出入り口のふちを掴み、しっかりと両足で床を踏み歩く全裸の男が出て来る。

 男の姿は思った以上に若く、薬液が滴る青く長い髪を顔や体に張り付かせ、肉体も魔法師らしからぬ鍛え込まれ方がされているのが一見してマギルスにも理解できた。


 そして青い聖紋が刻まれた右手で自身の前髪を掻き上げ、その素顔を晒す。

 容姿的には三十代後半の美丈夫であり、マギルスはそんな『青』を見ながら話し掛けた。


「……それが、本物の身体アンタなんだね」


「――……そうだ。この肉体こそ、最初に『青』の称号を得た七大聖人セブンスワン。儂の本当の身体だ」


「何千年も生きてる聖人にしては、随分と若くない?」


「儂は二千年以上前から、こうして儂自身の肉体オリジナルを封じて来た。肉体の時そのものを止め、魂だけを介して新たな肉体を得ながら現世に留まり、知識と技術を収集し続けた」


「へー、そんな事も出来るんだ? 他の人の身体が使えるなら、自分で出たら良かったのに」


「儂が使っていた仮宿からだは、全てアルトリアに破壊された。……残っていたのが、この儂本来オリジナルの身体だけだったのだ」


「ふーん。時が止まった体じゃ、自力で開けるのも不可能だったわけだね」


 『青』が幽閉され続けた理由を聞き、マギルスは納得を浮かべる。

 そして解放された『青』はマギルスに視線を送り、そして僅かに顎を下げて言葉を述べた。


「……感謝しよう。首無族デュラハンの少年よ」


「別にいいよ。後は『青』のおじさんが、出口まで連れて行ってくれたらいいだけだし」


「そうだったな。……少し待て。久方振りの身体が、全裸のままではな……」


 『青』はそう言いながら、緩やかに前方へ右手を突き出す。

 それを見て警戒心を高めたマギルスだったが、『青』は右手の周囲にクロエが使っていた時空間魔法『収納チェスト』と同じ異空間を形成した。


 そしてその中から複数の衣服を掴み取り、自身の両手に収める。

 それを見たマギルスは驚き、目を見開きながら思わず笑顔を浮かべた。


「『青』のおじさんも、クロエと同じ『収納』が出来るの!?」


「クロエ……。そうか、今の『黒』の名か。……儂も二千年以上前、かつての『黒』に魔法の教えをうた事がある」


「!」


「『青』の七大聖人セブンスワンに選ばれた時も、そのえにしで推挙された」


 『青』はそう語りながら壁際にある設備に衣類を置き、衣服を身に着け始める。

 それを聞いていたマギルスは興味深そうに聞き、新たな質問を投げ掛けた。


「ふーん。じゃあ、二人も友達なんだよね? なんでクロエを裏切ったの?」


「……」


「今まで、ずっとクロエが生まれ変わる度に殺し続けたんでしょ? 同じ七大聖人セブンスワンなのに、どうして?」


「……五百年前の天変地異。あの原因の一端には、『黒』も関わっていた」


「クロエが?」


「『黒』はあるモノを預かっていた。それを奪われたが為に『創造神オリジン』が復活し、あの天変地異が起きた」


「奪われたって、何を?」


「肉体だ」


「!」


「『黒』の七大聖人セブンスワン。その本当の正体は、この世界で最初の到達者エンドレスうつわ。……奴が転生し作り出す肉体は、かつてこの星を作り出した『創造神オリジン』と同じ身体なのだ」


「え……!?」


「『創造神オリジン』の細胞は、人類全ての遺伝子に隠されている。それを利用し、『黒』は父母とは異なる突然変異体アルビノとして生まれる。……原理だけで言えば、奴の肉体もまた儂と同じく、創造神オリジンの細胞によって作られる複製クローンと言っていい」


「!」


「奴は五百年前に肉体それを奪われ、魂だけだった創造神オリジンに肉体を与え、天変地異が起きた。……儂はあれを二度と起こさぬ為に、『創造神オリジン』のうつわである『黒』を殺し続けた」


「……でも、なんで殺すの? 『青』のおじさんみたいに身体だけ封じたりしなかったの?」


「しようとした。だが奴の身体は課された制約により、あらゆる魔力マナを受け付けぬ。儂の身体のように、時を止めて封じ込める事は不可能だった」


「じゃあ、クロエ本人を説得したりしなかったの?」


「無論、儂は幾度として説得した。『黒』が持つ繋がりを明確に組織化し、『黒』を神としてあがめていたフラムブルグ宗教国に奉る形で『創造神オリジンからだ』を守護し、再び世界で天変地異が起こらぬようにと唱えた。……だが、『黒』はそれを聞き入れなかった」


「!」


「『黒』はこう告げた。『創造神かのじょの代わりにこの世界を視続けるのが、自分の役割だ』と……」


「……」


「だから儂は、『黒』が転生を繰り返す度に殺し続けた。再び天変地異が起こる事を防く為に、奴が預かる器を成体にするわけにはいかぬ。……それを行う事で、儂は安堵していた」


「安堵……?」


「あの天変地異は、それ程に恐ろしかった。……儂は二度と、この星を脅かす者を作り出さぬ為にも、『黒』を殺め、【結社】を作り、魔族との行われる新たな戦いに備えようとした」


「……」


「結果は、この通りだがな……」


 『青』はそう語りながら自嘲し、全ての衣類を身に着ける。

 その服はかつてマギルス達の前に立ちはだかった青い魔導衣であり、更に『収納』から取り出した貴金属を指や首に身に着け、同時に長い錫杖を取り出した。


 それ等には全て付与型の術式が刻まれ、術者の意思によって魔法効果が発現される。

 言わば魔法師にとっての武具を、『青』は装着し終えた。


「……出口まで案内しよう。首無族デュラハンの少年よ」


「はーい! あっ、僕マギルス! 『青』のおじさんは、なんって呼べばいいの?」


「……『青』のままでいい。付いて来なさい」 


「うん!」


 『青』に付い行くマギルスは、その部屋から出る。

 そして薄暗い通路は『青』が作り出した魔法の光球によって照らされ、二人の道先を照らした。


 こうして地下に幽閉されていた『青』の七大聖人セブンスワンと、出口を探していたマギルスは合流する。

 思わぬ形で出会い、そして行動を共にする事になった同じ青髪の二人は、地上へ進む為の道を隣り合うように歩いた。

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