新兵器の姿


 ホルツヴァーグ魔導国の奇襲による大侵攻により、大地に残る人々は再び脅かされる。

 更に魔導国の本拠地とも言える浮遊都市は、まるで要塞化されたように円形状の外壁で覆い尽くされていた。


 クロエの機転で敵の隠蔽工作を見破る事でその存在を認知できたモノの、周囲には敵飛空艇が数十機以上が存在し、シルエスカが指揮する箱舟ノアを完全に包囲している。

 そして箱舟ノアの周囲を包囲するように展開する動きを見せる敵飛空艇の光景に、艦橋を含めた乗務員達は唖然とした表情でその光景を見ていた。


「――……あ、あれが……魔導国の浮遊都市……!?」


「本当に、浮いてる……」


「デカ過ぎるだろ、おい……!?」


「なんで、あんなのが浮けるんだよ……?」


「あんな沢山の敵を、この船だけで……」


 各区画に設けられた映像モニターにより、乗務員達は外に映し出された光景を目にする。

 それぞれが唖然とした表情に不安と恐怖を宿した感情が宿り始め、後ずさるように身を引いてしまう。


 その中で各区画の通信機から、発令が鳴り響いた。


『――……総員! 第二種臨戦態勢から、第一種臨戦態勢へ移行せよ!』


「!?」


『繰り返す! 急ぎ第一種臨戦態勢へ移行せよ!!』


「……ぜ、全隊! 配置に付け!!」


 唖然としていた兵士達は通信の命令に従い、各隊長の指示の下で動く。

 箱舟ノアの各区画に設けられた銃座や砲塔が備わる位置全てに兵士達が配置され、それぞれが操縦席に着いた。

 更に戦車隊や歩兵隊は甲板内の格納庫へ向かい、兵装を着用して上陸に備える。

 

 全員が自分に与えられた役割を果たす為に準備を行う中で、艦橋デッキ内にいるシルエスカやクロエを含んだ人員もまた言い争う暇すら持てなくなっていた。


「――……第一種臨戦態勢へ移行、通達!」


自動操縦オートパイロットを解除!」


「各銃座、配置に着かせます!」


「中央格納庫、上陸部隊が移動と準備を開始!」


「主砲魔導兵装、起動します!」


 艦橋員達は動揺しながらもそれぞれの役割を果たす中で、指揮するシルエスカはその様子を見ながら浮遊都市に目を向ける。

 そして隣に佇むクロエに横目を向けて、話し掛けた。


「……敵も、こちらを視認しているのか?」


「動きを見る限り、見破られてるね」


「ならば偽装を解き、結界の魔力マナは全て防御に回す」


「それは勿論だけど、結界の周波数帯は秒単位で変更したほうがいい。同調された攻撃を受けると、結界を貫通させられるから」


「!」


「港都市の襲撃時。敵は魔導人形を降下させてた際に結界へ接触し、そのまま貫通してる。恐らく、結界の周波数帯と同調して貫通したんだろうね」


「そんな事も可能なのか……。だが、どうして今になってそれを言う? 遅すぎるぞ」


「『私達の行動は全て敵に丸見で、結界も簡単に破られちゃうよ』と言ったら、君達はこの作戦に挑んだかい?」


「……」


「結局、こうする以外に滅びを回避できる未来は無い。……例え、全ての国と人々が危うい状況になったとしてもね」


「……ッ」


 クロエに厳しい視線を向けながらも、シルエスカは歯を食い縛りながら苦々しい納得を得る。


 仮にこちらの思惑が魔導国に筒抜けであるとクロエが作戦前に全て明かした場合、魔導国侵攻作戦は中止されていた可能性は高い。

 自分の国と家族が危険に陥る事が分かりながら、誰も侵攻作戦に参加したいとは思わなかっただろう。


 しかし作戦を中止したとしても、状況は好転しない。

 むしろ悪化し続ける状況を止める術は無く、下手をすれば今よりも悪い状況で侵攻作戦を行う羽目になっただろう。


 だからこそ、クロエは今まで黙っていた。

 人類の存亡を賭けた戦いに身を投じられる箱舟きぼうを見せ、その未来を勝ち取る為の戦いに赴かせる為に。


 それを納得している反面、憤りを宿すシルエスカの心情は仕方のない事だった。

 そんなシルエスカに、クロエは悪びれない笑みで言葉を口にする。


「黙っていたのは悪かったよ。……でも、やっと辿り着いた」


「辿り着いた……?」


「過去と未来の、分岐点だよ」


「分岐点……?」


「それを選べる人達を、ここに連れて来れた」


「……!」


「――……来るよ」


 クロエの意味不明な言葉を聞き、シルエスカは怪訝な表情を浮かべる。

 しかし目の端で捉えた状況の変化に気付いたシルエスカは視線を前に戻し、クロエも正面を見ながら呟く。


 魔導国の浮遊都市、その周辺を浮遊していた敵飛空艇の十数機以上が動き出した、この箱舟ノアに向かう動きを見せた。

 同時に周囲を囲む動きを見せていた飛空艇達も、包囲し終わったと同時に迫り来る。


 シルエスカはそれに対応するように、艦橋員達に命令を飛ばす。


箱舟ノアを上昇させ、前進速度を最大に! 敵魔導国の外壁を超え、更に上空から都市に突入する!」


「了解!」


「防壁も最大出力! それと、障壁の周波数帯を常に変えろ! 敵は周波数を同調させ、攻撃を貫通させてくる!」


「ハッ!!」


「各銃座、各砲塔に接近する敵飛空艇を迎撃させろ! また、こちらでも敵が発生させている障壁の周波数帯を把握し、魔導砲撃手に撃ち落とさせるのだ!!」


「や、やってみます!」


 シルエスカはそう指揮しながら艦橋員達に命じ、箱舟ノアを浮遊都市に向けて前進させる。


 今まで透明化していた箱舟ノアの船体を覆う結界が縮まり、外壁を覆う鱗の障壁として張り付いた。

 そして各銃座や砲塔の先端部分の射出口の通り道を確保し、敵の迎撃を行えるようになる。

 箱舟ノアは操縦者の舵で前に進みながら上昇していたが、それを追うように後方と左右から迫る敵飛空艇も加速しながら上昇を見せた。


「後方と左右の敵飛空艇、追って来ます!」


「後方、敵飛空艇から複数の高魔力反応!」


「!!」


 魔導索敵を行う艦橋員が状況を知らせ、シルエスカと複数の艦橋員が後方に意識を向ける。


 後方から追う複数の敵飛空艇が、中心部から以前に見せた主砲を出現させ、高い魔力を宿し始めた。

 その一撃の火力を知る艦橋員は、鳥肌を立たせながら焦る様子を見せる。


 一撃で海上艦隊を壊滅させ、更に一都市さえ壊滅する事も可能な魔導砲撃が、箱舟ノアに狙いを定めた。


「回避行動ッ!!」


「ッ!!」


 操縦手は舵を切りながら箱舟ノアの船体を大きく右側へ移動させる。

 それに合わせるように敵飛空艇も正面を動かしながら、ついに巨大な魔導砲撃が放たれた。


 二キロ以上は離れている箱舟ノアの左側を掠めるように砲撃は通過し、更に追うように他の砲撃も見舞われる。

 その凄まじい威力は船体を揺らし、中に居る乗務員達に微細な振動を与えた。


 そして五発目の魔導砲撃を回避に成功すると、箱舟ノアは進路を大きく横にズラされながらも生還する。


「――……か、回避に成功!」


「よし! そのまま上昇を再開! ……敵主砲の射程距離は!?」


「お、およそ……二キロ程! しかし、距離毎に威力と幅が大幅に減衰しました!」


「やはり原理は、他の魔導兵器と同じだ。距離が離れている程、あの魔導兵器の威力が低減する。……しかし減衰して尚、この威力とは……」


 シルエスカは敵主砲の威力とその変動を聞き、渋い表情を見せる。


 魔導兵器は従来の魔法同様、離れた位置から撃つ程にその威力は大幅に低下するのが常識だった。

 それこそ並の魔法師であれば、数十メートル先の標的に攻撃性の魔法を命中させたとしても、その威力は初動時の数十分の一にもなると言われている。


 故に魔法師は数メートル以内の中距離戦で活躍は出来ても、長距離に布陣させた活躍を行える者はいない。

 アリアやガンダルフを含む類稀なる腕の魔法師を除けば、魔法の力とは力の制限が非常に大きいモノだった。


 魔導兵器はその欠点を多大な魔力を使う事で補い、射程距離を確保する事に特化している。

 しかしそれもキロ単位であれば大幅に低減し、従来の威力を大きく下回る効力しか与えられない。


 その魔導兵器の威力をこうも向上させている魔導国に、同盟国との技術差を見せつけられたシルエスカは苦渋を思う。

 しかしその時間すら惜しませるように、魔導国は更に攻撃を加えて来た。


「左右の敵飛空艇から、高魔力反応!」


「またか!」


「……えっ!?」


「どうした!?」


「しょ、正面! 向かって来る敵飛空艇から、大規模な魔導反応を確認!」


「正面からも砲撃か……!」


「違います! これは……まさか……!?」


「なんだ!?」


「――……正面空域に、敵の魔導人形ゴーレムが展開しています!」


「なんだと……!?」


 魔導反応を確認していた艦橋員の言葉を聞き、シルエスカを含めた一同が驚愕を浮かべる。 

 そして正面の敵影を遠方から写す映像モニターから見えた光景を見た者達は、僅かな時間だけ言葉を失った。


 それは正面から緩やかに近付く敵飛空艇の上下左右から、魔導人形ゴーレムが射出される光景。

 しかしそれだけではなく、射出された魔導人形ゴーレムが背中から鉄の翼を広げて青白い炎を噴射させながら空を飛んでいる光景が、何よりも驚かされた要因だった。

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