帰還と集合


 『黒』の七大聖人セブンスワンクロエがエリクに試練を与えてから、三ヶ月間が経った。

 その間に現実世界の状況は停滞しながらも、静かに事態が運ばれている。


 その環境変化の一つに、クロエが作り出した地下の仮想空間内部の草原で、二つの人影がそれぞれの武器を手に競うように奮っていた。


「――……裏の型、『紫電シデン』ッ!!」


「――……『穿つ紅蓮の槍ガルムベルグ』ッ!!」


 それぞれが素早く移動しながら衝突し、赤い剣から放たれるオーラと赤い槍が炎が混じり火花を散らす。

 

 赤い剣を握るのは深い赤髪を揺らすケイルであり、赤い槍を握るのは長く明るい赤髪を纏めた元『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカ。

 互いに同じ血を引く聖人同士が刃を合わせ、瞬時に互いの武器を弾きながら刃を交えるように武器を奮いながら素早い身のこなしを見せる。


 それを遠巻きから観戦しているのは、黒地のコートと帽子を被りながら微笑みを浮かべるクロエだった。


「うんうん。二人も、かなり腕を上げたね」


「――……はぁ、はぁ……」


「マギルスも、凄く強くなったね」


 クロエはそう微笑みながら、左の方を見て微笑みながら喋り掛ける。

 そこには仰向けになりながら芝生に埋もれたマギルスが、汗を流しながら息の乱れを整えようとしていた。


「ぼ……僕、強くなったかなぁ……?」


「少し前に比べれば、ずっとね」


「はぁ……。クロエには、勝てないから、分かんないや……」


「ここで君の相手をまともに出来るのは、私かあの二人だけだからね。自分の成長が感じられないのは、つらい?」


「……ううん。でも、出来る事が増えるって、楽しい!」


「うん、そうだね」


 クロエとマギルスは、互いに微笑みながらそう話す。


 この三ヶ月間、クロエは仮想空間の中でこの三人を徹底的に鍛え上げていた。

 それと同時に、高高度付近まで浮上していると思われるホルツヴァーグ魔導国の首都への侵攻準備も整えている。


 エリクが居なくなった一ヶ月の間で、建造していた三隻の飛空艇『箱舟ノア』が完成した。

 その微調整を僅か一ヶ月の間で済ませながら地下基地に詰めた乗組員に飛空艇の操縦方法を教育し、飛空艇の運用が可能な状態までさせる。

 そして三ヶ月の間にアスラント同盟国の各地から五百名の義勇兵士を議長ダニアスに募らせ、着実に侵攻作戦の準備が整われていた。


 しかし、その中でクロエに不満を抱く者がいる。

 それがシルエスカと対峙し剣を振る、ケイルだった。


「ッ!!」


「――……取ったぜ」


 二人は剣と槍を交えながら素早く競い、交互に気力オーラを駆使した身体技能で技を繰り出し続ける。


 シルエスカはそれに混じり火炎を使った魔法を使った攻防技術を見せたが、既に数十・数百以上の戦いで互いの戦い方を知り尽くていた。

 更に僅かな差を競う程の腕となったケイルにシルエスカに追い詰められ、その喉元に刃を薙ぎ止められる。


 一ミリでも動かせば喉を切り裂かれる殺気と気迫を見せるケイルに、シルエスカは瞳を閉じながら呟き聞かせた。


「……参った。我の負けだ」


「よしッ!!」


 負けを認めたシルエスカから早々に剣を引いて鞘に戻したケイルは、すぐに後ろを振り向いてクロエの方へ歩み寄る。

 シルエスカはその後ろを付き添い、クロエが拍手をしながらケイルを迎えた。


「シルエスカさんに勝てましたね」


「ああ。約束通り、エリクを解放しろ!」


「それはなかなか、人聞きが悪い言い方ですね?」


「お前が試練とやらにエリクを放り込んでから、もう三ヶ月も経ってんだぞ! 死んじまってたらどうするんだ!?」


「大丈夫ですよ。あの空間では肉体は仮死状態にはなりますが、そのまま肉体や魂が消えてしまう事はありません。……まぁ、場合によりますが」


「場合だと!?」


「エリクさん次第です。あの人がそれで死んでしまうようなら、そこまでということでしょう」


「ッ!!」


 クロエが微笑みながら告げる言葉に、ケイルが激昂した瞳と表情で更に詰め寄りながら左腰に下げた赤い剣を再び抜こうとした。

 それに動じずに向かい合うクロエと、その強さを既に身を持って知るケイルは、流す汗に冷や汗も含めながら対峙する覚悟をする。


「……おや?」


「!」


 しかし次の瞬間、クロエが余裕の表情から僅かに目を見開き、ケイルから視線を外して横を振り向きながら呟く。

 それに気付き同じ方向へ視線だけを向けたケイルや他の二人も、その方角にあるモノを視認した。


「……あれは……?」 


「どうやら、戻って来たみたいです」


 ケイルだけは疑問を口にし、それに答えるようにクロエが微笑む。

 シルエスカとマギルスは以前にそれを見た事があり、クロエの言葉で何が起こったのかを察した。


 全員が見ている先に、黒い穴のような空間がある。

 まるで闇を霧にしたように霞むその穴を見て、ケイルは怪訝な表情を浮かべた。


「……!?」


 その最中、穴から突如として右手と腕が這い出てくる。

 続けて左足と右足が歩むように進み出て、草原の芝生を踏んだ。


 そして身体と顔が潜るように俯きながら通り抜け、最後に左腕が通り抜ける。

 その様相と姿を見た時、ケイルは抜きかけた剣を収めて出て来た人物に駆け寄った。


「エリク!!」


「――……ケイルか?」


「お前、無事かよ……!?」


 エリクはいつもように無表情に近い厳つい顔を見せながら、近付いて来るケイルを見る。

 その後ろに見える三人の姿も確認すると、完全に黒い穴から出たエリクは現世へと戻って来た。


 それと同時に黒い穴は消失するように四散し、草原の風景へと戻る。

 駆け寄ったケイルはエリクの前に立ち、体の状態を確認するように両手で身体に触れた。


「怪我とかは……無いな! でも、体が……。脱水症状か!? 栄養失調か!?」


「……いや。腹は、いていない。喉も、乾いていない」


「でもお前、前よりずっと痩せてるぞ……!?」


「……ああ、そうか。それも、大丈夫だ」


「大丈夫なわけ――……!?」


 ケイルはエリクの身体を確認し、以前の状態と比較し酷く心配した表情を見せる。

 そして自分でも身体の各所を視認したエリクは、自分に何が起こったかを把握していたかのように伝えた。


「身体が、人間に戻ったらしい」


「……人間に、戻った?」


「俺も、よくわからないが……」


「分かんないって……、なんだよ!?」


「俺にはちょっと、説明が難しい……」 


 ケイルが焦り心配する様子で迫り、エリクが言い淀む。

 その助け舟を出すように、歩きながら近付いて来たクロエがエリクの身体を見ながら話し掛けた。


「――……どうやら、鬼神との和解に成功したみたいだね。エリクさん」


「!」 


「以前よりエリクさんの身体が縮んだ理由は、エリクさんの中にいた鬼神のせいさ」


「エリクの中にいる、鬼神の……?」


鬼神かれの力は大き過ぎるから、肉体に大きく影響を与えていたんだろうね」


「影響……?」


「人より成長が早かったり、大きな体と力に恵まれていたのは鬼神のせい……いや、おかげと言うべきかな?」


 クロエはそう説明しながら、二人の近くで微笑み立つ。

 それを遠巻きに見ていたシルエスカやマギルスも歩み寄る中で、ケイルが疑問を口にした。


「……その話が本当だとして、なんでエリクの身体がこんなに……?」


「痩せたというより、『人間』としてのエリクさん自身の大きさに戻ったんだよ」


「!」


「恐らくエリクさんの中にいる鬼神が、その力に耐えれるように身体の作りを変えてた。それを戻してあげたんじゃないかな?」


「そう、それだ」


「そういう事みたいだよ」


「……なんか、ますますワケが分かんねぇよ……」


 クロエの説明に、エリクは同意して頷く。

 しかしケイルは苦悶の表情を浮かべて理解しようと思考を捻らせている中で、エリクは触れていたケイルの左手に、自分の左手を重ねた。


「!?」


「心配を、してくれていたか?」


「……あっ、違う! これは、その……ッ」


「すまない。……そして、ありがとう」


「ッ!!」


 微笑みを浮かべて重ねた左手を僅かに握るエリクに、ケイルは表情を強張らせながら顔を背けて手を離す。

 そして数歩だけ下がり、エリクから距離を開けてた。


 そうした間にマギルスが近付き、エリクの姿を間近に見て首を傾げながら言う。


「うわぁ。エリクおじさん、縮んじゃった?」 


「ああ」


「一回り、いや二回りくらい縮んだ? 僕と初めて会った時より、少し小さいね」


「そうか?」


 マギルスは思い出すように呟き、以前のエリクと姿を見比べる。


 今のエリクは見た目から見るに、身長は百九十センチにも満たない。

 恐らく体重自体も軽減し、軽く見積もってもしても百キロ前後にまで落ちている。

 以前に着ていた服はかなりの余裕を持つようになり、腕や足の袖口が手を覆ってしまっていた。


 しかし一つ、不可解な様子にマギルスが気付いて伝える。


「……あれ?」


「?」


「エリクおじさん、ちょっと若くなってない?」


「え?」


「髭があるから、まだおじさんっぽいけど」


 マギルスがそう尋ねると、その場の全員がエリクの顔を覗き込む。

 ここまでの旅で無精髭を伸ばし髪の毛も切り揃えていないエリクは、傍目から見れば三十代に見えた。

 しかし顔をよく見て覗き込むと、顔に彫られたような目元や眉間の皺が薄らいでいる。


 それに一目で気付いたマギルスの観察眼も見事だったが、それに追従したクロエの解説も加えられた。


「エリクさんも、『聖人』になれたみたいだね」


「!?」


「人間が『聖人』に進化すると高まった生命力オーラが影響して、少し見た目が若返るんだ」


「若返る……!?」


「シルエスカやケイルさんみたいに元々から若いと変化が見え難いけど、エリクさんくらいの年齢で聖人になると顕著だね」


「聖人の進化に、そんな変化が……」


「ふーん、そうなのかぁ」


 『聖人』となったエリクがやや若返った事に、ケイルやシルエスカは大きく驚きを見せる。

 しかしその変化に気付いたマギルスは、それを聞いてもどうでもいいという表情で欠伸をした。


 そしてクロエが改めてエリクに向かい合い、微笑みながら伝えた。


「鬼神と和解しただけじゃなく、『聖人』にまで至れた。……どうやら、私がエリクさんに課した試練は、合格だね」


「そうか」


なかはどうだった? 貴重な経験と体験が、出来たかな?」


「ああ。……お前には感謝する、クロエ」


「そっか、それは本当に良かった。――……これで、魔導国に侵攻する為の準備が全て整った」


「!!」


「行こうか。空に浮かぶ、ホルツヴァーグ魔導国へ」


 クロエは全員を見回した後、その言葉を微笑みながら口に出す。

 魂の世界から帰還したエリクと、クロエに三ヶ月の鍛錬を受け続けたケイルとマギルスは、改めて世界を混沌に貶めた魔導国に対する侵攻作戦に加わる。


 それは同時に、記憶を失ったアリアを取り戻す為の機会でもあった。

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