次の戦いへ


 ベルグリンド王国が起こした戦争は、ガルミッシュ帝国の圧倒的な勝利に終わる。


 帝国軍を率いていたローゼン公爵は壊走する王国軍を王国領土まで追撃しようとはせず、捕虜にした人員の中で王国貴族とその子弟を除き、重要な役職を担う高官以外の兵士や民兵は全て解放した。

 王国軍の捕虜は合計で二百人余りとなり、それをローゼン公爵は戦果と共に持ち帰る。


 一方、王国軍は散り散りになりながらも二人の王子は戻ったが、圧倒的なまでの敗戦を喫した王子達は多くの派閥貴族を共に失い、更に戦力も失った。

 どちらの派閥も戦争継続が不可能となってしまい、第一王子と第二王子は共に王都へは戻らず、派閥貴族の領地へ引き籠ってしまう。

 

 その敗戦の知らせは各領地の民にも伝わり、敗戦と一万以上を犠牲にした第一王子と第二王子に対する大きな不安感と不満感が国民の中で一気に広がった。

 また王国貴族達の方でも内部分裂が起こり、殺されたり捕虜となってしまった王国貴族家の後継者争いを始め、帝国との徹底抗戦を唱える過激派や、戦争を止めるべきだと唱える穏健派が水面下で争い始める。


 第一王子と第二王子を主軸にしたベルグリンド王国の政治的事情は瓦解し始め、その時期からベルグリンド王から養子にされた第三王子ウォーリス=フォン=ベルグリンドの名が囁かれ始めていた。


 そうした王国の情勢が大きく変化している中で、エリクとワーグナーが率いる黒獣傭兵団は王都へと帰還する。

 しかし敗戦の為か、予定よりも大幅に少ない報酬金額を受け取り顔を顰めて戻ったワーグナーに、留守組だった団員から手紙が届いてた。


「――……ワーグナーさん、これが届いてます!」


「ん? ああ、ありがとよ」


 手紙を受け取ったワーグナーは便箋に書かれた名を読み、不機嫌だった表情がやや明るくなる。

 そして他の団員達に装備の整備や今回の遠征で使用した兵站の補充を済ませるように命じた後、その手紙を持って自室に戻っていった。


 エリクはそんなワーグナーの様子を見ながら、手紙の主を察する。

 そして武具の整備を行う為に、かつてガルドから紹介された武具店へ足を運んだ。


 手紙の送り主は、十七年前まで食堂で働いていたマチルダ。

 しかしマチルダは今現在、王都の食堂で仕事をしていない。


 ガルドが死んだ後、副団長となり傭兵団の再起させる為に忙しく動き回るワーグナーは、食堂に行けない時期が多くなった。

 そしてその時期に丁度、マチルダは食堂の仕入れ先である農家の息子に結婚を申し込まれたらしい。


 今までその相手と距離を測りながらも交流していたマチルダだったが、ワーグナーの事を気に掛けていた事もあり、その申し込みの返答に詰まる。

 そしてある日、マチルダは自ら黒獣傭兵団の詰め所へ足を運び、ワーグナーとの面会を求めた。


 丁度その時、留守番をしていたエリクはマチルダと話をしている。


『――……食堂の……。どうしたんだ?』


『ワーグナーに話があるの』


『もうすぐ戻ると思う』


『じゃあ、待っててもいい?』


『ああ』


 ワーグナーを尋ねたマチルダを、エリクは詰め所の中で待たせる。

 そして戻ったワーグナーにマチルダの事を伝えると、二人は詰め所の外の路地で話を交えた。


『――……それで、どうしたんだ? あんたが傭兵団ここに来るなんて』


『……結婚を、申し込まれたわ』


『!』


『いつも食堂に、鳥や野菜を仕入れてくれてる農家の息子さん。私の事を前から好きで、結婚して一緒に実家の村まで来てくれって……』


『……そっか』


『ワーグナー、私――……』


『良かったじゃねぇか』


『!!』


『まともな仕事をしてる、まともな男なんだろ? あんたにお似合いの相手じゃねぇか』


 そう微笑みながら言うワーグナーに、マチルダは驚きながらも顔を伏せる。

 そして唇を噛み締めながら、マチルダは声を振り絞るように聞いた。


『……貴方は、それでいいの?』


『……』


『私は、兵士も傭兵も今でも嫌い。……でも、貴方の事は……』


『俺とあんたは、そんなんじゃないだろ?』


『でも、私は――……』


『俺は、傭兵として生きて、傭兵として死ぬ』


『!』


『おやっさんがくれた俺の唯一の居場所が、この傭兵団なんだ。……俺もおやっさんみたいに、傭兵として生きて、傭兵としていつか死ぬ』


『……』


『俺は人殺しで碌でない、あんたが嫌ってる傭兵なんだよ』


『……そう……』


 ワーグナーは淡々とした様子でそう話し、マチルダは寂し気な表情を浮かべながら顔を伏せる。

 マチルダはその場から離れるようにゆっくり歩き始め、ワーグナーはそれを追おうとはしなかった。


 結局二人は、その日を境に会わなくなる。

 そしてエリクとワーグナーが再び食堂を訪れた時には、マチルダはその農家の息子へ嫁ぎ、食堂の店員を辞めていた。


 そうして数年が経ち、黒獣傭兵団が復興して再び名を広げ始めた頃。

 傭兵団の詰め所に、ワーグナーに宛てた一つの手紙が届く。

 それは嫁ぎ離れたマチルダからの手紙であり、そこには自身の近況などが書かれていた。


 マチルダは農家に嫁ぎ結婚した後、すぐに子供を授かったらしい。

 そして今現在は二人目の子供を身籠っている事が記され、ワーグナーはそれを読んで微笑みながらも寂しそうな表情を浮かべていた。

 そして何を思ってか、ワーグナーも紙と筆を持ち、マチルダに近況を綴った手紙を送る。

 

 そうして二人は離れ離れになりながらも手紙の交換を行い、近況を知らせ合っていた。


「――……でさ。マチルダの奴、もう三人目も生んだらしいぜ」


「そうか」


「女ってのは凄けぇよなぁ。たった十年で子供を三人も作っちまうんだから」


「そうか」


「……お前、聞いてねぇな?」


「そうか」


 ワーグナーはそうした話していたが、エリクはそれを聞き流しながらいつものように重い大剣を振りながら鍛錬を行う。

 エリクは傭兵団の事務的な事を全てワーグナーに任せてしまい、自身は自己鍛錬を精力的に励んでいた。


 今では体格は二メートル近くとなり、黒く巨大な特大剣バスターソードを振り回しながら軽快に動くエリクに見慣れたワーグナーは、溜息を吐きながら話題を変える。


「はぁ。……それで、また依頼だぜ」


「そうか」


「どうやら、帝国の方で動き出してるらしい。この間の意趣返しか、今度は帝国が王国こっちに攻めて来るみたいだぜ」


「そうか」


「ただ今度の相手は、前のローゼン公爵ってのじゃないみたいだ。他の帝国貴族共が、こっちの混乱に乗って攻め込むみたいだな」


「そうか」


「……お前、マジで聞いてないな?」


 そう訝し気に聞くワーグナーに対して、エリクは大剣を振る手を止める。

 そして地面に突き立てるように大剣を置くと、エリクは汗を流しながらワーグナーを見て聞いた。


「俺達は、何をやる?」


「その帝国軍の侵攻を、邪魔しろってさ」 


「邪魔か?」


「今の王国軍は、まともに迎撃できるだけの準備を出来ない。出来てもまともな数にならない。このままじゃ、帝国に王国は大量の領土を獲られちまう」


「……そ、そうか」


「分かってねぇな? つまりだ。俺達は帝国軍の邪魔をして、撤退させろって事だ」


「やり方は?」


「俺達と各傭兵団が連携して、侵攻する帝国軍に夜襲を仕掛ける」

 

「夜襲か」


「特に俺達は、侵攻してくる帝国軍の総大将を仕留めろとさ」


「そうか。その総大将あいては?」


「帝国じゃ、随分と有名な騎士団長らしい。『鉄槌』のボルボロスっていう、お前に負けず劣らずの大男だとよ」


「そうか」


「勝てそうか?」


「やってみなければ、分からない」


「そりゃそうだ」


 そう笑いながら伝えるワーグナーと、依頼を聞いたエリクは互いに頷く。

 そしてエリクは鍛錬を続け、ワーグナーは次の為に準備を始める。


 混迷するベルグリンド王国内の中で、黒獣傭兵団はその牙を静かに研ぎ続けていた。

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