ローゼン公爵
後継者争いに興じた二人の王子が率いるベルグリンド王国と、新興ローゼン公爵が率いるガルミッシュ帝国軍は、数日後に対峙する。
情報通り、帝国軍は約三万の戦力を国境沿いに展開して密集陣形を整然と作り上げていた。
それに対して寄せ集めながらもベルグリンド王国は四万の戦力を二分し、それぞれの王子が二万の戦力を率いて左右に別れ、帝国軍を挟撃する布陣を整えようとする。
黒獣傭兵団は左の第一王子が率いる戦力に混じっていたが、その配置は全体の中では後方気味であり、ワーグナーは不可解な表情を浮かべながらマチスと話していた。
「――……いつもは俺等みたいな傭兵は使い潰すはずなんだが、なんで兵士が前で、俺等が後ろなんだ?」
「王子や他の貴族達が率いてる直営部隊も、前にいるみたいっすね」
「貴族様が前だと? 柄にもない」
「……俺の予想っすけど。今回は数では上ですし、敵も密集して襲い易いんで、勝てる戦いに陣頭指揮をしている姿を見せて、功績を立てたいって事じゃないっすか?」
「そんなモンの為に、前に出るかね?」
「一応、向こうには第二王子もいますから。建前だけじゃなくて、実際に戦場で前に立って指揮してる姿を見せてないと、功績じゃないと向こうに批判されちまうんじゃないっすか?」
「なるほど、そういうことか。……にしても、進みが遅いな」
「前を歩いてるのが、武装の重い兵士ばっかですからねぇ」
王子同士の反目と後継者争いが戦場でも形となり、互いの軍を先頭で王子自身が率いている。
その周囲を派閥の貴族達とその私兵で固められ、更にその周囲を重装歩兵が取り囲むように守っていた。
一見して先頭は厚い陣形にも思えたが、それに比例するように進軍速度が遅い。
本来は軽い木製や皮革装備の傭兵達が先頭を歩き進む為、後ろの行軍速度が遅めでも気にした事は無い。
しかし今回は逆であり、重い装備を着た兵士達が先頭を歩く王子や貴族達の周りに集まり進んでいる為、全体の行軍速度が遅くなってしまっている。
それは第二王子派閥の軍も同じであり、どちらも左右に別れながら進行速度の遅い挟撃の布陣を行おうとしていた。
そうして遅い進軍を行う王国軍に対して、今年で三十八歳になるクラウス=イスカル=フォン=ローゼン公爵は、王国軍の動きに呆れながら深い溜息を吐き出している。
「――……数で勝る軍を分け、しかもあの遅さ。王国の王子共は無能か」
「閣下、どのようになさいますか?」
「決まっている。――……全軍に伝えよ! 我等はこれより、左側を亀のように歩く軍を襲う!!」
「ハッ!!」
ローゼン公爵の号令を受け、帝国軍の各将軍達はそれに従う。
更にローゼン公爵自身も赤い鎧と槍を身に纏い、同じく赤い鎧を着込んだ立派な白馬に跨った。
そしてローゼン公爵自身は約千名の騎兵隊を率い、槍を掲げながら全軍を先導した。
「――……突撃せよ!!」
「オォオオッ!!」
魔道具を通じて各将軍達とそれが率いる戦力と突撃のタイミングが計られながら、ローゼン公爵は全軍を動かす。
帝国軍側は重装歩兵を後方に置き、身軽な軽装鎧の兵士と騎兵を主軸にしながら、密集陣形から突撃陣形へ切り替えた。
そして進みが遅い第二王子が率いる二万の戦力に対して、三万の帝国軍が疾風の如く迫る。
その帝国軍の動きに王国軍は気付きながらも、帝国軍よりも素早い行動など出来なかった。
密集し突撃して来た三万の帝国軍と、王国軍の戦闘と衝突した瞬間に横へ広がり、数の有利を活かした半包囲態勢をとる。
正面を抑えられた王国軍は行軍体制のまま長蛇の列を突かれ、足の遅い重装歩兵は防御陣形を築くよりも早く攻撃が行われた。
「――……今だ! 騎兵部隊、回り込みながら突撃せよ!!」
「ハッ!!」
ローゼン公爵は自身が率いる騎兵千名を使い、衝突した正面を迂回しながら王国軍の側面へ迂回して突撃する。
そして軽装の後方と重装の前方が配置されている位置を的確に見極め、分断するように騎兵を割り込ませて第二王子の軍を更に分断させた。
そして後方にいる戦力が徴用された民兵や傭兵だと見極め、騎兵達を動かし後方戦力を蹴散らしに掛かる。
突如として停止し帝国軍に襲われた第二王子派閥の軍は完全に混乱状態に陥り、後方の民兵や傭兵達は指揮する王子や貴族がいる前方と分断され、困惑し動揺しながら逃げ出す姿が見え始めた。
二万だった第二王子の軍は、帝国軍との衝突から三十分にも満たない時間で壊走する。
前後左右を抑え込まれ、更に後方を騎兵隊によって分断され封じられた第二王子と貴族達は、保身を図り多くの兵士や私兵を犠牲にしながら散り散りに帝国軍の包囲を抜け、無様な姿を晒しながら逃げ出す破目となった。
死傷者は五千人を超え、捕虜は千名近くに及ぶ。
その中には逃げ遅れた第二王子派閥の有力貴族も、何人か確認されていた。
「――……敵の片方は蹴散らした! 全軍、次の戦いに備えよ!!」
「ハッ!!」
ローゼン公爵が魔道具越しに命令を伝え、壊走する第二王子の軍を追撃せずに態勢を整え直す。
そして捕虜にした王国兵士や貴族を後方部隊に任せ、ローゼン公爵は次に戦う第一王子の軍へ鋭い青い瞳を光らせた。
帝国軍は第二王子派閥の軍と戦い、負傷者を二百名ほど出していたが、戦死者は二十名もいない。
更に包囲し捉えた王国軍の捕虜を千名ほど捕らえ確保する人員と共に、補給や武器の補填の為に一定数の人員を後方へ下げた。
それでも帝国軍は二万五千以上の戦力が健在であり、対する第一王子の軍は二万。
しかも瞬く間に蹴散らされた第二王子の軍を見て、第一王子とその取り巻きである貴族達、更に兵士達も委縮し怯えた様子を見せていた。
第二王子の二の舞になるまいと、流石に第一王子の軍は兵の配置を整えその場で布陣を行う。
それを騎乗しながら見ていたローゼン公爵は、口元に僅かな笑みを見せながら鼻息を吐いた。
「――……ふっ、足の遅い亀が殻に籠ったか。始めからそうしていればよかったものを」
「閣下、次はどのように?」
「うむ。……例の部隊を使うか」
「よろしいので?」
「ああ。……魔法師部隊を全面に出せ! 殻に籠る臆病な亀を、炙り出す!!」
「ハッ!!」
そう魔道具越しに命じたローゼン公爵は、ある部隊を動かす。
それは鎧姿の兵士達ではなく、身軽なローブや布服を纏った者達で、他の兵士達に比べても肉体的な鍛錬が施されているようには見えない。
しかしそれぞれに古代文字が彫られた意匠や、魔石が取り付けられた杖を持つ。
それを見据えるローゼン公爵は、準備が整い疲弊した部下達に一時間程の休息を交代に行わせた後、改めて全軍に号令を伝えた。
「――……全軍、我が背に続け!!」
「ハッ!!」
そうして白馬と共に進むローゼン公爵が全軍の前を歩き、その背中を見ながら帝国軍も動き出す。
先ほどのような速攻ではなく、余裕があり緩やかながらも力強さが籠る帝国軍の進攻を捉えた第一王子派閥の軍の誰もが、恐怖に近い怯えを感情に含ませていた。
しかしその中で、恐怖や怯えを持たない者達もいる。
冷静な目で戦況を見極め、更に自身がどう行動すべきかを理解している者達。
それはエリクと、ワーグナーが率いる黒獣傭兵団だった。
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