希望の境目


 憎悪を宿す山猫の包囲網を、生き残った九名の黒獣傭兵団は突破する為に進み続ける。

 本来の戻り道ではない獣道を通り抜け、団長ガルドを先頭に息を切らした全員が必死の形相で走っていた。


 しかし包囲している山猫達は前後左右から迫り、喰らい突くように飛び掛かる。

 それを左右で守るエリクとマチスが迎撃し、後方は無事な団員が凌ぎながら負傷した者達を庇いつつ走る。


 そんな団員達を率いるガルドは、弩弓ボウガンの矢を放つワーグナーの援護を受けながら回り込み立ち塞がろうとする山猫を剣と円盾で弾き殴り、籠手と胸元に控えていた短剣を投げ投げて撃退していく。


 数えただけでも、そうして退けた山猫の数は三十匹以上。

 そのどれもが下級魔獣レッサーの個体であり、倒せずとも撃退に留めて脱出を優先する一行は、大まかに把握している山の地形を迂回しながら舗装している山道へと向かった。


 山猫の包囲を抜ける為に走り続け、五分程が経過する。

 その中でガルドは変化に気付き、後ろから付いてくる団員達に伝えた。


「――……山猫共の包囲を、抜けたぞ!!」


「!?」


「ほ、ほんとっすか!?」


「前に山猫共がいない! このまま意地でも走れ!!」


「はい!!」


「ワーグナー、お前は後ろの援護に回れ! マチス、お前は先導してあの道まで誘導しろ!!」


「りょ、了解!」


「はいっす!」


「俺はマチスの位置まで下がる! エリク、お前はそのまま右側を守れ!」


「分かった!」


 そう命じるガルドは、マチスと入れ替わるように列の左側へ下がりながら移動し、追って来る山猫を迎撃する為に構え走る。

 ワーグナーも同じように左側から後ろへ移動し、腰に携える残り少ない弩弓ボウガンの矢を見ながら山猫達に注意を向けた。


 身軽なマチスは先頭を走り、後続よりもやや早めに前を走る。

 そして斥候としての観察眼と駆使して地形と風景の変化を見ながら、頭にある地形の知識から順路を見つけて山猫達から逃げる道を選び進む。

 眼球を周囲に巡らせながら動かしたマチスは、的確に道を選び、空に浮かぶ太陽から位置方向を確認し、自分達が進むべき道を見つけ出した。


「こっち!」


「よし! お前等、マチスに付いて行け!!」


 マチスは進路の軌道を僅かに変え、左へ逸れながら走り始める。

 それをガルドは確認し、団員全員を鼓舞しながらマチスの後を追わせるように背中を押した。

 包囲網を抜けてから数分後、進むにつれて深い木々や茂みが徐々に晴れるように開き始める。

 そして人の手が入ったと思われる木々の痕跡や地肌が見え始め、団員達は自分達が戻るべき道を正しく進んでいるのだと理解した。


 その安心感を助長させるように、追跡していた山猫達は一定の距離で途端に立ち止まる。

 それを確認して怪訝な驚きを秘めるワーグナーとエリクは、ガルドの方へ同時に目を向けた。


「山猫が止まった……。おやっさん!」


「気を抜くな! そのまま走れ!」


 ガルドはそう命じて走る速度を緩めないように、団員達を叱咤する。

 それを受けて疲弊しながらも必死に走る団員達に、ワーグナーもエリクも後を追うように走った。


 その時、山猫達を追い抜き急速に迫る影が黒獣傭兵団の周囲に現れる。

 その速度は下級魔獣の山猫達の比ではなく、茂みや木々など関係無く飛ぶように回り込んで迫った。


 それに気付いたのはエリクとガルドであり、同時に二人が叫び伝える。


「来やがった!!」


「強い方の、魔獣だ!」


「!!」


 二人の言葉で、開けた希望を宿す団員達の目に再び怯えが含まれる。

 そして凄まじい速さで追って来た一匹が、茂みから飛び出し姿を晒した。

 

 四メートル強の体格を持つ『中級魔獣』、斑山猫オセロット

 巨体にも拘わらずその素早さは圧倒的であり、その一匹がエリクに襲い掛かった。

 

「ぐっ!!」


「ギィアアアアッ!!」


 エリクは飛び掛かって来た斑山猫の爪を剣で受け、その斬撃で鉄製の刃が欠ける。

 更に攻撃を受けてしまった事で足が止まり、後ずさるようにエリクは立ち止まった。


「止まるな!!」


「!」


 停止したエリクを叱咤するガルドの怒声で、エリクは目の前に対峙する斑山猫を振り切るように走り出す。

 それを斑山猫は再び追い始め、エリクを背後から襲う為に飛び掛かった。


 それをワーグナーの弩弓ボウガンが狙い、走りながら矢が放たれる。

 自分を狙う矢に気付いた山猫は飛び掛かった瞬間に身を翻し、空中で回りながら矢を避けた。


「なっ!?」


 空中で矢を避けられたワーグナーは驚愕し、それでも急いで弩弓ボウガンの矢を装填し直す。

 しかし別方向からも新たな斑山猫が飛び出し、矢を装填しているワーグナーの左側へ回り込んで襲い掛かった。


「ガルゥウウッ!!」


「!?」


 ワーグナーは矢の装填が間に合わず、咄嗟に弩弓を備えた左腕で斑山猫を殴り付ける。

 しかし斑山猫はそれを読み切り、大口を開けて弩弓を備えた左腕に喰らい突くと、凄まじい咬筋力で瞬く間に弩弓を噛み壊した。


「!!」 


「グゥルゥウッ!!」


 そのまま喰らい突いた斑山猫は、更に左腕に備わる木製の籠手を噛み壊す為に顎の力を高める。

 そして数秒にも満たずにワーグナーの籠手にひび割れを与え、更に噛んでいる腕さえ噛み砕くように顎の力を強めた。


「ぐ、あぁあああッ!!」


 籠手が破壊され、更に腕ごと喰い破らんとする斑山猫の噛み付きに、ワーグナーは苦痛の声を上げる。

 それに気付き助けに入ったのは、最後の投げナイフを腕に喰らい突く斑山猫に放ったガルドだった。


「この、糞猫共が!!」


「ギ、ニャアォオオッ!!」


 ガルドの狙いは正確で、投げナイフは斑山猫の首元に的中する。

 その痛みで噛む口を離した斑山猫に合わせて、ワーグナーは急いで腕を引きながら飛び退いた。

 しかし左上での弩弓と籠手は破壊され、更に牙が貫通し血を流し、同時に腕の骨が折れた事をワーグナーは痛みで察する。


 痛みで顔を歪めるワーグナーを見たガルドは、左腕に異常が起きている事を察して舌打ちし、ワーグナーに命じた。


「ワーグナー! お前も逃げろ!!」


「で、でも!!」


「負傷した足手まといは、邪魔だって言ってんだよ!!」


「……はいッ!!」


 ガルドがそう命じると、ワーグナーは痛みと悔しさを宿す表情で返事を行い、痛む左腕を右手で掴み持ちながら他の団員達と共に逃げる。

 そして首に刺さった投げナイフを身体を揺さ振り取り払った斑山猫は、逃げるワーグナーを追うように駆け出した。


 それを阻むように、ガルドがワーグナーの後ろへ回り込む。

 そして飛び掛かり牙と爪で襲う斑山猫に対して、左手の円盾で斑山猫の頭を殴りながら叩き落した。


「ギ、ンニャッ!!」


「うらぉああああっ!!」


 叩き落した斑山猫の頭頂部に、ガルドは鉄製の剣先を叩き突く。

 ガルドの体重と勢いで刺さる剣先は斑山猫の頭蓋骨と脳を貫き、絶命させるに至った。


 しかしガルドが剣を引き抜こうとした時、剣が折れて斑山猫に突き刺さったままとなる。

 幾多の山猫達を切り払い、耐久度が劣化していた事で折れてしまった剣に舌打ちを鳴らしたガルドは、剣の柄を投げ捨てて腰に携える小剣を右手に持った。


「……チッ」


 再び舌打ちを鳴らしたガルドは、周囲を見る。

 視界を左右に動かし、新たな斑山猫達が追っている事をガルドは察した。


「……!!」


 そして再び走り始めようとした時、ガルドは何かを察して足を止めて横へ転がるように飛び避ける。

 その瞬間、ガルドの真横から見えない刃が凄まじい速度と威力で放たれ、地面と木々に凄まじい爪痕を残した。


「!?」


「な、なんだ!?」


「あれは……」


 後ろから風を切り裂いたような異音を聞いた団員達が、思わず振り向く。

 そして土煙と茂みの葉が千切れ舞う中で、巨大な爪が切り裂いたような傷跡が自分達の後ろに発生している事に気付いた。


 そしてその手前には、倒れたガルドがすぐに起き上がる姿が見える。

 ガルドの無事に安堵する団員達だったが、ガルドが見えない爪痕を飛ばした方向を見て、団員達もそちらに意識と視線を向けた。


「……!!」


「あ、あれは……!?」


中級魔獣アレより、デカイ……!!」


 団員達やガルドが見たのは、斑山猫よりも更に大きな個体。

 五メートル強の体格と、更に濃く深い黒の縞模様が浮かび上がる巨大な山猫。

 その傍には二匹の斑山猫を伴い、鋭く睨む瞳を向けていた。


 それが斑山猫よりも強く、更なる厄介な相手である事は団員達も理解する。

 そしてガルドの指示が飛ぶより先に、逃げるべきだと察した団員達は走る速度を速め、その場から逃げようとした。


 それを確認した巨大な山猫は、自身の周囲に魔力で作り出した爪を構える。

 そして狙いを定めるように、視線を鋭くさせた。


 少し前に全滅させた傭兵団同様、見えない刃が団員達を狙う。

 そしてそれが放たれようとした瞬間、豪速球で投げられた拳大の石が巨大な山猫を襲った。


 それを迎撃するように、巨大な山猫は見えない刃で石を迎撃する。

 打ち落とされて砕かれた石は巨大な山猫の前で散らばり、石を投げた相手に対して山猫達の視線が向いた。


 ガルドも石が投げられた方角を見て、それが誰なのかを確認する。


「……エリク!!」


「……」


 そこにはガルド同様、飛び退いて立ち止まったエリクが砕かれた地面から石を拾い、巨大な山猫に対して狙いを定めている様子が見えた。

 更に二つの石がエリクから放たれ、それを小規模な見えない刃が迎撃して石の破片を散らす。


「……当たらない」


「馬鹿、お前――……ッ!!」


 エリクがその場に残り、まるでガルドや団員を守る為に石を投げて注意を逸らしている様子に、ガルドは叱責を加えようと怒鳴ろうとする。

 しかし二人の周囲には、四匹の斑山猫と更に大きな縞模様の虎が囲み、ガルドは怒鳴り声は止まらざるを得なかった。


 ガルドとエリク。

 二人は中級魔獣と上級魔獣の包囲の中に、取り残されてしまった。

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