安易な突破
『魔物』や『魔獣』には、人間が定めた中で等級が付けられる。
小型で脅威度が低い魔物であれば、『
中型で人などに被害を及ぼす魔物であれば、『
大型でより大きな被害を及ぼす可能性があれば、『
こうした基準を元に魔物の脅威を人間は呼称し、山猫が魔物化した場合には『中位』の脅威度に該当される。
そして『魔物』が更に進化し巧みに体内の魔力を扱う場合には、『魔獣』と呼び変えられる。
『中位』や『上位』と同等の大きさと特徴の魔獣は、『
その『下級魔獣』が更に進化して特殊な能力を見せ始めると、『
そして『中級魔獣』が更に進化し体格的にも能力的にも成熟すると、『
『下級魔獣』程度であれば、まだ武器を持つ人間が数人いれば対処する事が出来る。
しかし『中級魔獣』から『上級魔獣』の個体は、武装した人間程度では対処が難しい。
特に『中級魔獣』以上に指定される魔獣には、体内の魔力を用いて特殊な技や魔術を扱う個体がいる。
それに対処できる人間は少なく、一匹に対して完全武装した兵団が数十人から数百人で協力し対処する事で、ようやく倒す事が可能であると云われていた。
そして今、ガルドとエリクを含んだ一行の目の前に、『魔獣』と呼称できる山猫達がいる。
『下級魔獣』まで進化している山猫が、ニ十匹以上。
そして特殊な斑模様が毛皮に浮かび、更に体格の大きな『中級魔獣』の斑山猫が五匹。
本来であれば百名単位の兵団規模で対処すべき魔獣達が、二十人足らずの傭兵達の目の前に姿を現した。
「――……中級魔獣の
「そんな……!!」
「お、俺達で倒すなんて、無理だ……!!」
斑山猫の特徴を見て察する傭兵の中には、絶望を色濃くした様子で後ずさる者達がいる。
中級魔獣の脅威を実際に知っているのか、そうした者達は武器を持ったまま身体を震わせ、逃走すべき道筋を横目で確認していた。
ワーグナーやエリクは、何度か中級魔獣が率いる魔物の群れを討伐した経験がある。
その時にはガルドとエリクが協力しながら他の団員も援護に加わる事で、群れの魔物と一匹の中級魔獣を討伐する事に成功していた。
目の前に現れたのは、複数の下級魔獣を従える中級魔獣。
しかもそれが五匹という状態は、黒獣傭兵団の設立から初めての規模だった。
「お、おやっさん……」
「どうする?」
ワーグナーは左腕を上げて弩弓を構え、エリクは剣を構えて団長であるガルドに尋ねる。
その隣には
数の上で劣勢であり、まともに戦えそうな人員は更に極少数。
更に包囲された状態という危機的な中で、ガルドは冷静に剣と盾を構えながら伝えた。
「――……奴等が固まってる場所を突破して、逃げるぞ」
「!」
「固まってる場所を……?」
「馬鹿な……!! 手薄な方だろ!?」
ガルドが鋭い視線を向けながら、山猫達の数が最も多い方角を見ながら伝える。
その言葉にエリクもワーグナーも驚き、向こうの団長も山猫が少ない別の方角に指を向けた。
それを一蹴するように、ガルドは言葉を吐き捨てる。
「……
「なんだと……!?」
「助かりたきゃ、俺の言う通りにしろ。出なきゃ、ここで死ぬぞ」
「ちゅ、中級魔獣がいる所に突っ込む方が、死ぬだろうが!!」
「チッ、いちいち説明しなきゃ分からんのか……」
向こうの団長が声を荒げて反論し、ガルドの意見に反発する。
それに舌打ちを鳴らしながら一瞥したガルドは、包囲している山猫が低く身構えた姿を見た瞬間、自身が率いる団員達に対して怒鳴るように伝えた。
「おい! 俺が突っ込む方へ、全力で走れ!!」
「!?」
「行くぞ!!」
そう言いながら左手の盾を正面に構えたガルドは、十匹以上の山猫が固まっている方へ走り出す。
敢えて山猫が多い場所へ駆け出すガルドに驚愕する他の団員だったが、ワーグナーやエリクも同行するように走り出し、更にマチスも走り出した事で、ガルドに追従するように走り出した。
そうした黒獣傭兵団の動きを理解できない向こうの団長は、表情を強張らせながら自身の指揮する団員達に伝える。
「――……俺達は、向こうだ!!」
「え!?」
「で、でも……?」
「向こうの方が手薄だろうが! とにかく、あっちとは逆の方へ逃げるんだよ!!」
そう言いながら向こうの団長は山猫が二匹しかいない方角へ走り出し、困惑しながらも団長の指示に従う団員はそちらの方角へ逃げるように走る。
団長自らが剣を振って山猫を散らしながら逃走路を確保し、
一方、ガルドを含んだワーグナーとエリクは密集している山猫達に武器を向けて襲い、散らしながら山猫の包囲を突破しようとする。
しかしそれをさせまいと、十数匹の山猫達が黒獣傭兵団に襲い掛かり、その侵攻を阻んだ。
「へっ、やっぱりこっちだぜ……!!」
向こうの団長はそう呟き、山猫に迎撃される黒獣傭兵団を見て走り出す。
それと同じように、ガルドも向こうの傭兵団が逃げてはいけない方へ逃げた様子を確認し、剣を振り山猫を襲いながら小さな舌打ちを鳴らした。
「チッ、馬鹿が……!!」
「おやっさん、向こうにいったい!?」
「罠だ!」
「罠!?」
「待ち伏せしてる奴等が、手薄な包囲なんてするもんかよ!!」
「……まさか!!」
そう言いながらガルドは山猫達と対峙し、後ろで
向こうの傭兵団が容易く突破した手薄な方角を一瞥したワーグナーは、ガルドの言葉で向こうに何が起こるのかを理解した。
一方、手薄な方角へ逃げた傭兵団は、迂回しながら山を下る為の獣道を探し、深く高い茂みを回避しながら急ぎ走る。
重い荷物は捨てて身軽な状態となり、怪我人でも付いて来れる程度の速度で走っていた。
そして後ろを確認する団員の一人が、団長に伝える。
「――……団長! 山猫、追ってきません!」
「当たり前だろうな! 向こうに集中してるんだ!」
「そ、そうか!」
「誰が好き好んで、中級魔獣がいる方に突っ込むってんだよ!!」
そう怒鳴りながら焦り笑って走る団長は、自身が正解の道を選べた事を確信する。
中級魔獣である山猫を含んだ十数匹を相手に、この戦力で生き残れるはずがない。
それが知識としてある団長故に、中級魔獣との交戦を避けて手薄な方へ逃げ出すという決断に思考が導かれたのは、至極当然の結果だった。
しかし至極当然の行動こそが、最も読まれ易い。
自分達を追う山猫達が知恵の無い獣だと勝手に思い込んでいた彼等は、何故そちらだけ手薄だったのかを考えていなかった。
「――……えっ」
この時、先頭を走る団員が何かの物音に気付く。
それらに視線を向けた瞬間、その団員は木々の隙間を縫いながら放たれた何かを見た。
それは、見えない刃。
木々の隙間を通過し、更に茂みを切り裂いた見えない刃が、その団員の身体を切り裂いた。
それは木製の防具を易々と切り裂き、上半身と下半身を斜め様に切断する。
切断された団員は倒れ、夥しい血を流しながら驚愕の表情で地面に伏していた。
その後ろに居た団員達は、突如として倒れた団員に驚く。
そして体が切断され、血と内臓を吐き出すように倒れたその団員を見ると、怯えを含んだ驚愕の表情へ変貌した。
「――……う、うわああああああ!?」
「だ、団長!!」
「!?」
先頭を走る団員達の絶叫を聞き、団長はそれを確認する為に走り寄る。
しかし次の瞬間には、新たな見えない刃が茂みを切り裂き、他の団員達にも襲い掛かった。
「あああっ!?」
「て、手がぁああああああああ!?」
「な、なんだよ……。なんだよこれ!?」
「き、切られて――……ぐえぇ!?」
瞬く間に五名の団員が見えない刃に襲われ、身体や手足を切られていく。
その前後で襲い掛かる見えない刃の傷跡が地面や周囲の様子で確認できた団長は、驚愕しながらも思い出すように察した。
「こ、これは……魔獣の使う――……」
何かを言おうとした瞬間、団長にも見えない刃が襲い掛かる。
それにより首と肉体が分断され、団長の首と体は転がるように地面へ横倒しとなった。
首が飛んだ団長の死体を見た団員達は、絶望と怯えの最高潮を迎え、その場から四散するように逃げ出す。
しかし見えない刃はそれを逃がさず、全員が切り裂かれて地面へ伏した。
辛うじて絶命を免れ、手足を切断された痛みでのたうち回りながら叫ぶ団員達は、自分達を襲った相手を目撃する。
それは五メートルを超え、黄色の毛並みに縞々の黒模様を体中に浮かび上がらせた、山猫の大型魔獣だった。
「あ、ぁぁああ……っ」
「あぁ……あれは……」
それを一目でも瞬間、山猫の周囲に鋭利な魔力で編まれた刃が出現する。
それが無造作に放たれ、生きていた団員達も切り裂き、完全に絶命させた。
ほんの三十秒にも満たない時間で、十名の傭兵団が全滅する。
この魔獣こそが、『
幾多の
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