偽りの物語
アリアが書いたという本を、エリクは読み進めていく。
その中に『エリクを英雄にする』というアリアが向けていた思惑が書かれ、エリク自身は驚きを含みながら読み進めた。
「――……エリクは物事に対する知識が乏しかった。限られた環境の中で育ち、戦う実力と技術に関しては傭兵として一級品と称せられる程に卓越していた。少女はそれを知り、エリクに文字を教え、数字の計算を教え、物事の知識を教えた。彼が英雄として人々の前に立ち、誇れる日が来る為に……」
そう書かれた部分を読んでいくエリクは、アリアが自分に知識を教えた本当の理由を理解する。
旅を始めた頃、アリアはエリクに旅に必要だからとそれ等の知識を教えた。
結果として、その知識は確かにエリクが旅をする上で役立つ。
だからこそエリクはアリアから物事を教えられるのを拒まなかったし、自身から問い掛ける事もあった。
それが自分を英雄にする為だと書かれている事に、エリクは深く考えそうになる。
しかしまだ続くページ数を指で確認し、それを読み進めてから考える事をエリクは優先した。
本の話は読み進めて行き、樹海の部族と出会った時の事も書かれていた。
そして次の大陸へ渡る為に港に赴き、船に乗った出来事も。
しかしそうした部分で、事実と異なるか語られていない部分も多い。
本には港で出会った商人と出会い、その懇意で商人の船に乗せられて次の大陸に渡ると書いてある。
しかし実際には、傭兵ギルドに入りギルドの依頼を受けた運び屋の船に乗り、マシラ共和国の大陸に渡ったのだ。
敢えて省略しているのか、本に書かれていく旅は順調に進んでいく。
そして話はマシラ共和国の出来事となり、エリクはそこに書かれた部分を読み始めた。
「……少女は冤罪を着せられ、捕らえられた。それを知ったエリクは、少女を救い出す為に王宮へ乗り込む。そして新たな仲間となった女剣士ケイルと少年騎士マギルスと協力し、病に伏せる国王を癒し、その対価として少女を救った……?」
やはり事実とは異なる出来事が書かれている事に、エリクは首を傾げて訝し気な表情を浮かべる。
エリクはマシラ共和国での出来事を、ある程度はアリアから聞いていた。
マシラ共和国で起きた騒動の発端は、王子が誘拐された事を起因にした事件が根幹である。
その王子をアリアが助けて誘拐犯と誤解されてしまった事が、事件に巻き込まれた原因だった。
そしてアリアを救い出す為に、エリクは単身で王宮に乗り込み、ゴズヴァールに返り討ちに遭って捕らわれてしまう。
捕らわれたエリクを救い出す為に、アリアとケイルが協力して王に直訴し、捕らえられた自分達を釈放するという流れだった。
その際、マギルスも助太刀したとエリクは聞いている。
しかし本に書かれているのは、少女が罪を着せられて捕らわれ、それをエリクと仲間になったケイルとマギルスが救い出すという話。
事実と異なり、またこの本を書いた本人であるアリア自身の描写が非常に薄い事に、エリクは違和感を感じ始めていた。
「……アリアは、何故こんな書き方を……?」
事実を書かず、自分自身が強く物事に干渉した事を省いているアリアの書き方に、エリクは疑問を浮かべる。
同時に奇妙な引っ掛かりを覚えたエリクだったが、更に先を読み進めた。
話はルクソード皇国での出来事に移り、その話もアリアが捕らわれる事を基点になっている。
「……悪しき傭兵達が隠し持つ厄災が皇国を襲い、皇都を火の海へと陥れる。その窮地にエリクと仲間達は駆けつけ、皇国の窮地を救う為に戦った。激闘は夜を超えて朝を迎えるまで続き、辛くもエリク達は勝利を掴む。その時に奇跡は彼等を祝福し、皇国の民は天使の救済によって生き返った。エリクと仲間達は、皇国を救った英雄として讃えられた。しかし彼等は少女の為に旅を続ける事を決め、皇国を出て次の大陸へ旅立った……」
一部は中略されてはいるが、ルクソード皇国での出来事は間違った事は書かれていない。
しかしやはりと言うべきか、エリクと仲間の二人の活躍ばかりが書かれた本には、アリア自身の事が詳しく書かれていなかった。
あの事件の時も、アリアは傭兵ギルドに捕らえられ、皇国の基地施設に捕らえられる。
そこで昔馴染みの青年研究者と再会し、その野望を阻止する為に奮闘し続けた。
あの戦いで青年研究者の暴走を止め、犠牲となった皇国の民を救ったのはアリアである事は、エリクも承知している。
そうした活躍を省き、敢えてエリク達が国を救った事を印象付ける書き方に、エリクは訝し気な表情を深めるしかなかった。
そしてあと二枚しかページが残っていない事に気付いたエリクは、事実とは異なる本の内容に困惑しながら先を読む。
「!」
そこに書かれた部分を見て、エリクは更に困惑する。
その内容は真実ですらなく、事実とも異なる内容だったからだ。
「……少女は安住の地を定め、そこに住む事を選んだ。しかしエリクと仲間達は、新たな旅に出る。自分の助けを必要とする人々の為に……」
そう書かれた後に最後のページをエリクは捲り、一度だけ見た内容を読み返す。
それが最後のページであり、エリクには疑問が多く浮かぶモノとなった。
「――……旅する英雄達が戻ると信じ、少女は待ち続ける。……これで、終わりなのか……?」
その本の内容にエリクは疑問を浮かべ、本を閉じる。
釈然とした表情を浮かべるエリクは、本をベットに置いて表情を強張らせながら下を向いた。
「……アリア。君は何故、自分の事を書いていないんだ……?」
そう呟いたエリクは、顔を上げて辺りを見回す。
そうして見つけたのが、ケイルとマギルスにも渡されていた各々の本だった。
エリクは立ち上がってその二つの本も回収し、その中を読み進める。
その二冊にはエリクも知らないアリアと二人の出来事や話が、確かに書かれていた。
しかし、読み進めていく内にエリクは察する。
その二冊の本にも、本来のアリアが活躍した出来事が何一つとして書かれていなかった。
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