嘘つき
クロエが死んだ事で『
しかし結界に覆われる荷馬車と一行は、死者の怨念に捕らわれ崩壊する世界の奈落へと引き込まれた。
結界に張り付く怨念達は荷馬車の中にいるアリア達を見ながら、声とは思えぬ重低音を鳴り響かせる。
まるで生者を恨み、自分達と同じく死へと向かわせるような意思を見せる怨念達に、ケイルが大声で怒鳴った。
「コイツ等、アタシ等を殺すつもりじゃねぇか!?」
「ッ!!」
「ねぇねぇ! コレの首、取ってもいい!?」
「無駄よ! コイツ等に実体なんて無いわ!!」
「じゃあ、どうすんのさ!?」
「このまま、何処まで引きずり込まれるんだよ……!?」
大鎌を構えて怨念に攻撃しようとしたマギルスだったが、アリアの言葉で止められる。
しかし荷馬車は引き込まれ続け、更に多くの怨念達が結界に張り付いた。
それを見るアリアは焦りを含んだ表情で、荷馬車を覆い自分達を守る結界を見る。
怨念に触れられる数が増える毎に、結界が軋みにも似た音を鳴らし、亀裂が発生したのだ。
アリア以外の全員もそれに気付き、焦りを含んだ驚愕がケイルの口から漏れ出る。
「!!」
「オイッ、結界が……!?」
「……結界が、破られるわ」
「!?」
「死者の怨念が、多すぎる……。何万、いや何十万という死者が、私達に群がろうとしている……」
「……結界が破られたら、どうなる?」
「この崩壊に、巻き込まれてしまう。いや、その前に死者の怨念が溜まる奈落に引き込まれて、結界を破られたら肉体を失い、あの怨念に私達の魂ごと取り込まれる……」
「クソッ、どうにか出来ないのかよ!?」
「……ッ」
絶望的な状況に陥った事をアリアは冷静に分析し、その結末を教えられた一行の中でケイルが悪態を吐く。
そこでエリクに肩を掴まれたケイルは動揺を幾らか鎮め、苦心の表情に見せながらも覚悟を決めた。
クロエの犠牲で『
しかし、理解を超えた事象は全員の理解より早く進み、打開策など思いつけるはずもなかった。
結界も辛うじて持ち堪えていたが、纏わり付く死者の怨念が増える毎に亀裂が増えながら大きくなる。
更に下には多くの怨念が待ち構え、時間が経つ程に結界が破壊される時間は短くなる事を誰もが予想できた。
エリクとマギルスは互いに武器を構え、結界を破られた瞬間に
動揺していたケイルも覚悟を決め、長剣の柄に手を伸ばして構えた。
最後まで足掻き、この世界から脱出する。
その意思を強く見せる三人を見たアリアは、強張らせた表情を引かせ、同じく覚悟の瞳を開く。
しかしその表情は、エリク達とは異なる覚悟だった。
「――……最後に一つだけ、ここを切り抜けられる手段は、あるわ」
「なに!?」
「!!」
「……アリア?」
アリアの言葉に反応する三人だったが、マギルスとケイルは希望にも似た視線で、エリクが向ける視線は疑惑の意味を含む。
そしてアリアから成される最後の手段は、エリクの予感を的中させるモノだった。
「……私が、結界の外に出る」
「!?」
「今なら、クロエの魔力が溢れ出ている。それを利用して魔法を使い、この死者達の魂を全て浄化して、魂の世界へ送り飛ばすわ」
「……出来るのか? あんな大勢を?」
「やってみなければ、分からないけど……。でも、もうやるしかない」
「……君はどうなる?」
「大丈夫よ、エリク。私を信じ――……」
「――……信じられない」
「!!」
「君はそうやって、何度も俺に嘘を吐いた。……もう、君の嘘には騙されない」
「……ッ」
アリアの微笑もうとした表情と瞳を見ながら、エリクはそれを嘘だと断言する。
何度もアリアはエリクにそう告げ、実際には大丈夫だった事など一度も無い。
マシラの時も、ルクソード皇国でも、そして今も、アリアは自身で行動しようとした時、必ず無事ではない事が起こる。
それを知っているエリクは、ここで提案するアリアの打開策が、無事に済ませるモノではないと考え至った。
図星を突かれたアリアは微笑もうとした表情を強張らせ、唇を噛み締めながら顔を俯かせる。
そして絞り出すような声で、アリアはエリクの説得をし始めた。
「……こうするしか、ないのよ」
「駄目だ」
「このままじゃ、全員が死んじゃうのよ!? ……いいえ、死ぬだけならまだいいわ。あの
「……」
「そうなったら、
「俺は、君を守ると約束した」
「!」
「君を守れなければ、俺がここまで来た意味も、今までの旅も、全てが無駄になる。……だから俺は、君を守る」
「……」
「俺に、君を守らせてくれ。……頼む」
エリクはそう話し、アリアが自身を犠牲にする手段を行わないように説得する。
それを聞いていたアリアは顔を俯かせて手を強く握り締めた。
数秒後、結界に新たな亀裂が発生し、ひび割れる音が鳴る。
それからアリアは身体を起こし、顔を上げた。
アリアの表情から焦燥感は消え失せ、口元を微笑ませながら自信に満ちたいつもの表情へ戻っている。
それを見たエリクに、アリアは軽く溜息を吐きながら呆れた様子で話し掛けた。
「……分かったわよ。そんなに言うなら、ちゃんと守ってよね」
「アリア……」
「どうにか結界を維持して、この死者達を振り払いましょう。マギルス、アンタの馬で馬車ごと宙を駆けられる?」
「多分、行けるかなぁ?」
「なら、すぐにお願い。とにかく上へ駆け上がって、この世界が崩壊しきるまで耐えるのよ。そうすれば、私達は元の世界に戻れる」
「うん、分かった!」
アリアが冷静さを取り戻し、マギルスに指示を送る。
その言葉と対応を見ていたエリクやケイルにも、アリアは顔を向けて指示をした。
「私は結界を補強するから、エリクとケイルは亀裂から入り込もうとする死者達を上手く切り払って。あの死者達の仮初の肉体は、恐らくクロエの魔力を取り込んで姿を成している。魔力の身体なら、魔力で打ち払えるわ」
「……そうか。分かった」
「ケイル。貴方はエリクと協力して、奴等の魔力をオーラで切り払って。貴方なら出来るはずよ」
「……ったく。分かったよ」
アリアの指示にエリクとケイルも従い、それぞれが荷馬車の前後へ移動して武器を構える。
そして荷物から新たな魔石を取り出して結界を補強しようとするアリアを見ながら、エリクは安堵の息を漏らした。
「……いつもの君に、戻ってくれたな」
「いつものって、何よそれ?」
「君は何かを起こして巻き込まれても、いつも何処か冷静だった。それが、やっと戻った」
「失礼ね。私は好き好んで、巻き込まれてるわけじゃないわ」
「そうだな」
いつもの様子に戻ったアリアに、エリクは安堵しながら剣を構える。
結界の亀裂を大きくする為に迫る怨念達を見ながら、武器に魔力を溜めて待ち構えた。
その時、エリクの背中にアリアが手を触れる。
それに気付いたエリクは顔を横へ向け、背中に居るアリアを見ようとした。
「アリア? どうし――……ッ!?」
「……ごめんね」
アリアが触れる背中部分から、凄まじい衝撃がエリクの体内に駆け巡る。
それは以前にエリク相手に模擬戦で使用した、アリアが使う雷撃の魔法だった。
しかもその時を上回る高圧電流をエリクの背骨を通して流された事で、エリクは身体全体を強張らせて倒れる。
それに音に気付いたケイルが振り返り、アリアの目の前で倒れたエリクを見て驚きと怒声を向けた。
「エリク!? ……テメェ、何やって――……」
「ケイル」
「……!?」
「エリクを、お願いね」
怒声を向けようとしたケイルだったが、振り返ったアリアの表情で思わず固まる。
それは今までのアリアからは見た事の無い、優しさと悲しさを含んだ表情だった。
そしてマギルスの方へ視線を向けたアリアは、覚悟を決めた顔と言葉を見せた。
「マギルス! 出来るだけ下と上に近付かないように、ちゃんと逃げなさいよ!」
「うん、分かった!」
アリアが向けた声は、マギルスは応える。
そして青馬に跨り手綱を握ったマギルスは、青馬の足元に
そして青馬に引かれる荷馬車が障壁で成した道で車輪を回し、怨霊達が巣くう奈落から脱出しようと試みる。
それを確認したアリアは後部へ移動し、怨霊達に背中を晒しながら馬車の中を見ると、呟くように詠唱を開始した。
「――……『
「えっ、アリアお姉さん!?」
「テメェ、まさか……!?」
アリアの背中から展開された六枚の翼が、荷馬車の後部へ大きく広がる。
それに気付いたマギルスとケイルが表情を強張らせ、アリアを見ながら察した。
その察しに答えるように、アリアは少し呆れた笑みで話す。
それは様々な感情が織り交じりながらも、アリアなりの覚悟を秘めた表情だった。
「……私が、結界に張り付く怨念を浄化する。その隙に、出来るだけ離れなさい」
「お前……!?」
「このままじゃ、全員が助からない。……そんなの、私が嫌なのよ」
「アリアお姉さん!!」
「マギルス! 二人を助けて、そして生まれ変わったクロエを助けてみせなさい!!」
「……!!」
そう託したアリアは、掴んでいる手を放して後部から飛び立とうとする。
そしてアリアの翼が羽ばたいた時、電撃で伏していたはずのエリクが顔を動かし、表情を強張らせながら声を上げた。
「アリ……ア……!!」
「……駄目よ、エリク。私みたいな
「……ッ!!」
「じゃあね」
倒れ伏すエリクに向けて、アリアは微笑みながら手を離す。
そして後部から出たアリアの身体は六枚の翼に包まると同時に、結界をすり抜け外へと出た。
更に二枚の翼を羽ばたかせて滞空するアリアは、荷馬車に群がる死者達に手を翳す。
そして詠唱を開始し、クロエが溢れさせる魔力を用いて魔法を発動させた。
「――……『
『オ、ォォオオオォオ――……!!』
浄化を始めたアリアに、死者達が意思を持つように注目する。
そして上下左右、前後も含めて襲い掛かる死者の怨念に、アリアは浄化と翼を基点にした魔法で対応した。
何度も浄化の魔法を施し、更に纏わり襲う死者達を翼で薙ぎ払う。
アリアを襲う怨念の数は更に増えるが、荷馬車に纏わり付く死者達の数が圧倒的に少なくなった時に、青馬に引かれた荷馬車が動き始めた。
その荷馬車の後部から、痺れが抜けない身体を無理に動かしながら這うエリクは、大声を上げた。
「――……グ……ッ、アリアァアッ!!」
「……今までありがとう、エリク。……さようなら」
エリクが荷馬車と共に遠ざかる光景を見送りながら、アリアは死者の怨念と戦い続ける。
ケイルは荷馬車から這ってでも出ていこうとするエリクを引き留め、マギルスは青馬を駆けさせて死者達を避けながら移動した。
それからの事を、エリクはよく覚えていない。
気付いた時には、暑い日差しと熱い砂に身体が埋もれている事を自覚し、周囲には同じようにマギルスとケイル、そして荷馬車も砂に埋もれ出るように姿を見せていた。
そして少し離れた場所には荒野地帯があり、エリクは元の世界に戻れた事を自覚する。
しかしアリアの姿だけは、何処にも無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます