血に塗れた手を


 アリアとケイルの戦いが終わった一時間後、それぞれが別に動き出す。


 勝利者のアリアは廃村の中にある家を隈なく捜索し、魔石の付いた触媒を探すようマギルスとクロエに頼んだ。

 二人はそれに承諾し、再び廃村の中を探索する。


 一方、負けたケイルはアリア達が拠点にしている建物から離れ、別の建物内で腰を落とし俯いてから顔を上げていない。

 その傍にはエリクが付き、二人は特に会話も交えずに沈黙の時間を過ごしていた。


 そんな時、ふと俯いたままのケイルが呟くように声を出した。


「……知ってたのか?」


「何がだ?」


「……脱出する方法、アリアから……」


「ああ。お前達が遺跡に出発する前に、俺から聞いた。アリアが何も考えていないはずが無いと、そう思った」


「……お前を犠牲にしないと出られないってのは、本当か?」


「そうらしい。……だが、その方法や手段は話してくれなかった。俺に教えたら、俺がそうするだろうからと」


「……そうか。……だからアイツは、何も話さなかったのか」


「ああ」


 アリアが今まで沈黙し俯いていた理由を、エリクから確認する。

 今まで諦めて思考を放棄しているとばかりアリアを見ていたケイルは、小さく溜息を吐き出した。


「……すまん」


「?」


「ワケの分からない状況に焦って、完全に取り乱していた……」


「そうだな。いつものお前らしくなかった」


「……」


「ケイル、聞いていいか?」


「……?」


「お前がアリアを嫌うのは、俺のせいか?」


「!!」


 確信を突いた質問をするエリクに、ケイルは身体と表情を強張らせる。

 そしてエリクは、その質問をした理由を話した。


「少し前に、アリアから聞いた。……人から八つの罪が生まれ、それが人と人を争う原因になると」


「……それが、なんだよ?」


「もっと前に、アリアから聞いた。……お前が俺の事を、好きだろうと」


「な……っ!?」


「それで、ケイルが俺に付いてきているんじゃないかと。そう言っていた」


「違……っ、それは組織の依頼で……!!」


「本当に、それだけなのか?」


「……ッ」


 思わず立ち上がり否定するケイルだったが、まっすぐ見つめるエリクの視線に思わず目を逸らす。

 言葉を詰まらせたケイルに対して、エリクは話を続けた。


「俺は、そういう事がよく分からない。今まで、傭兵として戦う事にしか興味が無かったから」


「……」


「だが、アリアとの旅が終わったら。傭兵としての俺の仕事は、それで終わる」


「!」


「俺は、アリアのように人を助けられない。……だから、俺が出来るやり方で助ける方法を探す。……少なくとも、俺が殺した者達より多くの者を、助ける方法を」


「……!!」


「もし、お前が暇だったら。その時には、一緒に付いてきて欲しい。……その時に、俺はそういう事も知ろうと思う」


「……」


「その為にも、一緒にこの世界から出たい。……協力してくれ、ケイル」


 脱出する為に協力を求めるエリクは、右手を差し伸べる。

 ケイルはその言葉と差し伸べられる手と向き合い、表情を渋くさせながら右手を握り締めた。


「……アタシは、褒められるような生き方を、何一つしてない」


「……」


「盗んで、奪って、そうして生きてきた……。まともに戦えるようになっても、襲って来た人間を殺した……」


「……」


「アタシの手は、血に汚れた手だ。……そんなアタシが、お前と一緒になんて……」


「……俺も、数えきれないほど殺した」


「!」


「剣を持ち、傭兵になり、兵士を殺した。……あの兵士達にも、家族がいたはずだ。……俺の手は多くの人間を殺し、そして悲しませた」


「……!!」

 

「俺もお前のように、命を奪い、血塗れの手で生きてきた。そうする以外の生き方を、知らなかった。……だが、アリアがこの血塗れの手でも守れるものがあるのだと、教えてくれた」


「……」


「それを教えてくれたアリアを、俺は守る。……それが終わったら、別のモノを守れるようになりたい」


「……ッ」


「俺もお前も、この手で守り、助けられるモノがあるはずだ。……この旅が終わったら、それを一緒に探そう」


 自身の右手を見ていたエリクは、再びケイルに右手を差し伸べる。

 そして口元を微笑ませながら誘うエリクの表情に、ケイルは強張る表情で涙を流した。


 ケイルがエリクに思いを告げなかった理由。

 それは自身の生き方が、綺麗と呼べる程に清廉では無かったから。

 更にアリアという存在が、ケイルには眩しく過ぎる程に見えていた。


 そのアリアと自分ケイルを比較した時、その隣に立つエリクも同じく眩しい存在に見えてしまう。

 そして血に汚れた自分ではなく、エリクの隣はアリアこそが相応しいとさえ考えていた。


 しかし、それすら幻想だとケイルは思い知らされる。

 エリクは自分自身の行いがどういうモノなのかを認識し、それでも自身が進むべき道を探していた。

 そして同じ手をしているエリクが、ケイルに手を差し伸べて共に来るように告げる。


 互いに血塗れの手を握り、ケイルは涙を流しながら無言で頷いた。

 それを受け入れたエリクは、微笑みながら話した。


「……アリアの手伝いをしよう。きっとアリアなら、脱出する方法を考えてくれる」


「……ああ」


 ケイルは一呼吸して普段の落ち着きを取り戻し、エリクと共に建物から出る。

 そしてアリアが探す魔石が付いた触媒を探す為に、廃村の中を探索し始めた。

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