夜の砂漠で


 時刻は夕刻を過ぎ始め、廃村の中と周辺の探索を終えた各々はアリアとクロエが待つ建物の中に集まる。

 まず探索の成果を教えたのは、エリクとケイルからだった。


「――……それで、死体が持っていた手帳がこれだ。アリア、君に渡しておく」


「……なんで私に?」


「手帳の途中に、俺やケイルが分からない文字で書かれた部分があった。書いた旅人の母国語だと思う。何が書いてあるか、確認してほしい。脱出の手掛かりになるかもしれない」


「……」


クロエそっちでもいいが……」


「……分かった。やっておくわよ」


「そうか」


 手帳の解読を了承したアリアに、エリクは口元を僅かに微笑ませる。

 まだ表情に陰りは見えながらも協力を拒むような様子は見せていないアリアに、僅かな安堵をエリクは宿らせていた。


 そして次に、廃村周辺の探索をしていたマギルスが結果を報告する。


「ここの周りを見たけど、砂以外は何も無いね。岩とかはあるけど、魔物も魔獣もいないや」


「……そうか」


「明日は、もっと遠くへ探しに行くんだよね?」


「ああ」


「なら、僕だけでもいいと思うよ? 空から遠くまでいけるし、本当に砂ばっかりで何にも無いもん」


 そう話し聞かせるマギルスの提案に、エリクは悩みながら一考する。

 その横から話に加わったのは、アリアと顔を合わせようとしないケイルだった。


「マギルス、明日はアタシも乗せてくれ」


「ケイルお姉さんも来るの?」


「ああ、行きたい場所がある」


「行きたい場所?」


「死んでた旅人の手帳に書かれてた、遺跡ってのが気になる。砂漠地帯の中央付近にあるらしいんだが、入り口は砂の中に埋もれて見つけ難いらしい。……アタシ等が荷馬車で通った時、もしかしたらその遺跡の近くを通ったのかもしれない。それがきっかけで、この世界に迷い込んだのかも」


「……確かに、そうだな」


 ケイルが遺跡の話をすると、エリクはその意見に同意する。

 迷い込んだ旅人の男は、遺跡に入った後で『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』に取り込まれた事に気付いたと書いていた。


 その旅人と自分達の共通点があるとすれば、砂漠に入り中央付近に近付いた事しか挙げられない。

 遺跡が今回の別世界に入り込んでしまった原因なのではと考えに至ったケイルは、その遺跡を調べるべきだと考えていた。


 そんなケイルに、エリクは頷きながらも聞き返した。


「だが、ケイル。遺跡の探索は出来るのか?」


「……専門家ってワケじゃないが、罠や索敵は十分に出来る」


「マギルスは?」


「遺跡、初めて見るかも!」


「……旅人は手帳で書かれている限り、遺跡の調査を生業にしていたようだ。そんな専門家が調べて何も分からなかったと書いてある遺跡を、専門家ではない者が調べて何か分かるだろうか?」


「それは……」


 遺跡に関する専門家ではないケイルとマギルスが行く事に、エリクはそうした不安を抱く。

 言葉を詰まらせたケイルを見たエリクの視線は、手帳を捲り中身を確認していたアリアへと移った。


「……アリア」


「遺跡の探索なら、私は行かないわ」


「!」


「仮に遺跡が別世界ここに招き寄せる装置的な役割を担っていたとしても、今の私達にどうこう出来るわけじゃない」


「何故、そう思うんだ?」


「……私が知る限り、遺跡は魔力に反応し動作する魔道具が設置されている場合がある。でも、例え遺跡の魔道具が転移した原因の一つだとしても、次元の壁を跳躍できるほどの魔力がこの世界には無い。魔力の無いこの世界だと、私では魔道具を操作できないわ」


「だが……」


 以前、遺跡の探索を行っていたアリアに再び頼ろうとしたエリクだったが、それをアリアに拒否されてしまう。

 それでも専門家であるアリアに遺跡に赴く事を望んだエリクは、何とか了承して貰おうと食い下がろうとした。


 そんなやり取りをし始めるエリクとアリアに、苛立ったケイルが怒鳴るように述べた。


「――……いい、エリク。こんなやる気の無い御荷物を連れて行ったって、どうしようもねぇよ」


「ケイル……」


「遺跡の探索は、アタシとマギルスでやる。それでいいな?」


 苛立ちながらそう言い放つケイルに、エリクは渋い表情を浮かべる。

 そうした険悪な雰囲気を漂わせる中で、アリアの横に居たクロエが手を上げた。


「――……じゃあ、私が代わりに行きましょうか?」


「!」


「私は遺跡にも詳しいですし、魔道具にも詳しいです。こう見えても、何万年以上の人生経験をしていますからね」


「……なら、頼めるか?」


「はい、頼まれます」


「君も一緒に行くの? わーい!」


 クロエの提案にエリクは安堵を漏らし、マギルスは友達の同行に喜ぶ。

 こうして三名が遺跡の探索に向かう事が決まり、その日はそれぞれが休息に入った。


 廃村の建物や残された壊れた家具を利用し、昼とは比べ物にならない冷え込みになる砂漠で暖を取る。

 廃村自体に木材は多く、火を焚く材料には不自由はしなかった。


 ただケイルはアリアと同じ建物にいる事を嫌い、別の場所で寝る事を伝えてしまう。

 二人の確執が色濃く見え始める事を危惧するエリクは、今度はアリアと話すべきだと考えた。


 そしてマギルスとクロエが寝静まる傍で、魔石の光源を利用し手帳の中身を確認しているアリアにエリクは話し掛ける。


「アリア」


「……なに?」


「話がある。……外で話そう」


「……ええ、分かったわ」


 エリクの呼び出しにアリアは応え、外套を羽織った状態で外に出る。

 廃村から少し離れた砂丘まで歩くと、二人は夜空を見ながら話し始めた。


「……アリア。君は本当に、この『螺旋の迷宮せかい』から抜け出す事を諦めたのか?」


「……」


「俺は、そうは思えない。……君は、今もここから抜け出す為の手段を考え続けているんじゃないか?」


「……何を根拠に?」


「俺が知っている君なら、必ず考えている。そう思っているだけだ」


「……」


 旅の中で接してきたアリアを知るエリクは、思い続けていた事を話し聞かせる。


 アリアが何かしらの動きを見せる時、口数が少なくなり考え込むような様子が何度もあった。

 その後、アリアは様々な行動を考え実行している事を、一緒にいたエリクは共に経験して知っている。

 そんなアリアが口を閉ざし行動しない理由を考えた時、エリクは今までの状況と今の状況が重なる気がしていた。


「アリア、教えてくれ」


「……」


「もし何かをしようと考えているなら、俺にも頼ってくれ。そういう約束をしたはずだ」


「……ッ」


「アリア」


「……駄目」


「!」


「今回は、貴方に頼れない」


「……この世界から、脱出できる方法があるのか?」


「……」


 アリアが顔を背けながら震える声で述べると、エリクは言葉の意味を理解する。


 この別世界から脱出する方法を、既にアリアは考え至っていた。

 それを前提としてエリクは確信にも似た思いを抱いて尋ねると、アリアはそれに沈黙で返す。


 その態度に更に確信を深めたエリクは、アリアの前に立って話し掛けた。


「アリア」


「……」


「脱出できる方法があるなら、教えてくれ」


「……嫌よ」


「アリア」


「貴方には、教えないわ」


「俺に頼ると、君は約束を――……」


「この方法は、絶対に貴方を頼れないのよ!!」


「!」


 アリアの怒鳴り声と切迫した表情にエリクは驚き、思わず後ずさる。

 そして怒鳴り声を上げたアリアは体を震わせ、一息だけ吐き出した後に顔を俯かせて言葉を呟かせた。


「……エリク。お願いだから、私にその方法を聞かないで」


「何故、聞いてはいけないんだ?」


「……」


「それだけでも、教えてくれ」


「……その方法を教えたら、貴方はそれを実行しようとするから。……例え、自分がどうなろうと……」


「!」


「私は、こんな方法しか思いつけなかった……。ごめんなさい……」


「……それをすると、俺は死ぬのか?」


「……」


「……そうか」


 アリアが口を閉ざし脱出の方法を模索するのに非協力的な理由を、エリクは初めて納得する。


 この世界を抜け出す方法を、アリアは既に考えついていた。

 しかしその方法は、犠牲を伴う方法だったと察する。

 その犠牲者が自分エリクになる事も、エリク自身が考え至った。


 しばらく二人は沈黙し、アリアは顔を背けたままエリクを見ない。

 そんなアリアに、エリクは微笑みながら伝えた。


「……アリア」


「駄目よ」


「……」


「どうせ、いざとなったらそうしてくれって、そう言うつもりでしょ?」


「……ああ」


「嫌よ。絶対に、そんな事はさせないわ。だから教えない」


「……だが、それしか方法が無いのなら……」


「だから、それ以外の方法を必死に考えてるんでしょ!!」


「……そうか。考えてくれているのか」


「……ッ」


 今でもエリクを犠牲にしない為の方法を、アリアは考え続けている。

 それを知れたエリクは口元を微笑ませ、アリアに近付いた。

 そして自身の大きな両腕を広げ、アリアを優しく抱き包んだ。


「!」


「アリア、ありがとう」


「……やめてよ……ッ」 


「君との旅は、楽しかった」


「やめて……ッ」


「……最後まで守れなくて、すまない」


「いや……ッ」


 自身が犠牲となる最後を受け入れたエリクは、アリアに感謝と謝罪を伝える。

 それに抗うように、アリアは青い瞳から涙を流しながらエリクの服を掴んだ。


「……必ず、考えるから……。それ以外の方法を、必ず考えるから……!!」


「……」


「貴方を、犠牲になんてさせないから……!!」


「……そうか。……それでも、もし駄目なら。君に頼む」


「……ぅ、うぅ……ッ」


 エリクに、そして自分に言い聞かせるように述べるアリアの言葉に、エリクはそう返す。

 星空と月が見える砂漠の上でアリアの真意を聞けたエリクは、確かな充足感と覚悟を抱く事が出来たのだった。

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