迷い人


 砂漠の横断は三日目以降、曇り空と各方面から吹き荒れる風によって砂嵐となり、一行の視界を塞ぐ。

 アリアはマギルスに指示しながら西の方角から外れないように青馬と荷馬車を進ませ、全員にゴーグルとマスクを着用して砂の侵入を防ぐよう指示した。


 基本的に食事は荷馬車の中で行い、食べ物は栄養分を補いながらも硬く不味い固形型の携帯食料のみ。

 それ以外の食料は砂漠の温度や砂で駄目になってしまうと判断していたアリアは、荒野地帯で調理して食べる食材は全て使い切る。

 そんな食事事情にマギルスなどは文句を言うが、アリアに煽られその後は不貞腐れながら食べるようになった。


 水も二つの大きめな貯水用容器の中にある分だけで、それぞれに二十リットルの水が収められ、合計で四十リットルの水を今回の旅に持ってきている。

 それに魔法式を刻んだ魔石で冷気を発しながら収納箱ケースに収め、一日に全員が数度の水分補給で耐え凌いでいた。


 こうして砂嵐が吹き荒れる砂漠の横断は、十数日目に差し掛かる。

 周囲の監視はエリクとマギルスの魔力感知が頼りとなり、それにクロエも加わった。


 少しでも状況の変化に気付ける者に、今は頼るしかない。

 そう考えているアリアの思考には、日光さえ塞ぐ砂嵐が十数日以上も続く事や、一匹も魔物や魔獣を発見できていないという状況に、僅かな疑念を宿らせていた。


「――……エリク、マギルス。魔物か魔獣の魔力は、相変わらず?」


「感じないよ?」


「感じない」


「……」


「どうしたんだ?」


 アリアが無言となり考える様子を目にしたエリクは、振り返りながら訊ねる。

 そして喉まで出掛かっていた疑問を、アリアは述べ始めた。


「……なんで、こんなに魔物や魔獣がいないの?」


「?」


「この砂漠は過酷な環境よ。だからこそ、魔力を持たない人間でも平気で食べる偏食家タイプが多く生息している。なのに、エリクやマギルスみたいに魔力が豊富な餌に食い付かない。罠を張ってる種類が多いと言っても、流石にそれ以外の種類が襲って来てもおかしくは無いはずよ。……なのに、二人が魔力を感知できないどころか、襲って来る気配すら無いなんて……」


「……つまり、不自然な状況か?」


「ええ。……それに、この砂嵐。数日ならまだ分かるけれど、既に十日以上も暴風染みた風速で吹き続けてる。こんな異常気象、例えこの環境でもありえない。……クロエ、どうなの?」


「……この砂嵐に、魔力の志向性は含まれていません。魔法や魔術の類で生み出されている砂嵐では無いでしょう。けれどアリアさんの言う通り、この状況は不自然ですね」


 アリアとクロエが意見を一致させ、この状況が不自然なものだと考えを纏める。

 それを聞いていた三人は、それぞれが意識の中にある警戒度を引き上げた。


 しかし数日が経過しても、状況は変わらない。


 そして砂漠の旅は予定日の半数を超え、積載されている物資も半分が尽きる。

 砂嵐で視界が塞がれながらも、変化しない状況と順調に進む進行は警戒度を引き上げていた一同を若干ながらも拍子抜けさせた。 


 そうした状況で荷馬車の外に出て周囲を確認していたケイルが、砂嵐以外の周囲の状態を教えた。


「――……魔物や魔獣が棲んだり移動したような跡も、やっぱり無いな」


「そう……」


「確かに、この状況はお前等の言う通り不自然だ。だが組織が何かやるにしても、これじゃあ組織の追っ手自体がアタシ等を追うのも不可能じゃないか?」


「……」


「こうなると、むしろ砂漠を越えて西側に到着した後が、アタシは怪しいと思う。急ぎ進むアタシ等が消耗しながら砂漠を越えた油断を狙って、襲って来るかもしれないぞ。もしくは、フォウル国の在る大陸に行く船の上で、また襲って来るとかな」


「……確かに、それも可能性として高いわね。……でも……」


「なんだよ。何か気になるのか?」


「……気持ち悪さを感じるの」


「気持ち悪さ?」


 渋い表情をしながら呟き漏らすアリアの言葉に、クロエを除いた全員が首を傾げる。

 それを代表して聞くケイルの言葉に、アリアは直感を思考で整え、自身の中に感じる気持ち悪さを説明した。


「……魔物や魔獣がいない砂漠に、常に吹き荒れる砂嵐。そして追っ手も妨害が出来ない今の状況。……全てが、私達の都合の良い形として噛み合い過ぎている」


「都合が良い……?」


「ケイルの言う通り、油断を誘う為に私達を泳がせて、砂漠を越えてから襲うのかもしれない。私もそれは考えていた。……でも、何かが違う気がする」


「何かって、何だよ?」


「分からない。……クロエ、教えて。貴方は本当に、何も感じないの?」


 思考で自身の直感を導き切れないアリアは、直感の師であるクロエに尋ねる。

 そして一同の視線が集まる中で、クロエは静かに首を横に振った。


「……私は、何も感じません」


「そう……」


「けれど、助言として一つ。……私の直感は、あくまで繋がりを『視る』もの。相手が見えない限り、私はその繋がりを何も辿れません」


「……つまり、相手が何かを仕掛けて来るとしても、相手の事を知らないと予言や直感は出来ない?」


「はい。今の私が視れるのは、貴方達の未来ことだけ。それ以上のモノは、私には見えない。敵が何を考え、何を狙っているのかも視えないし、分かりません」


「……だから貴方は、これまで組織の手から逃れられなかった?」


「そうですね。私がそれ等を容易に視える力があれば、上手く組織から身を隠す事も出来たでしょうね」


 クロエの万能に思える未来視の欠点を知り、マギルスを除いた一同が表情を渋くさせる。

 高い直感と未来視を持ってしても、敵が見えなければこれから起こる未来が視えない。

 そしてどんな敵が、どんな形で襲って来るかも分からない。


 あるいはその特性を知る者が組織におり、『黒』の七大聖人セブンスワンの能力を活かす前に捕らえ殺す対策に長じているのだとしたら、この状況こそまさにクロエの直感を封じる為の作戦なのではと、アリア達には思えた。

 そんな一同の中に宿る不安を投げ捨てるように、マギルスが話に加わった。


「ねーねー。ここで止まっててもしょうがないんじゃない?」


「!」


「誰かが狙ってるとか、罠があるとか。そんなの進んでいけば分かるでしょ?」


「……アンタねぇ、そういう話をしてるんじゃなくて……」


「どっちにしても、立ち止まっても意味は無いんでしょ? だったら先に進んで、この砂漠を越えちゃおうよ。僕、もうこの砂漠にいるの飽きちゃった」


「……」


 マギルスが話は能天気ながらも、一同の状況に的を射たものだと思わせる。


 定期船で襲撃され、傭兵達に襲われそうになって以後、一同は襲撃される事を考え警戒しながら準備を行い、そして旅をしていた。

 それは当たり前の事ではあるが、それは一つに恐れを抱いているからでもある。


 再び定期船のような状況で襲撃されれば、無関係の者達を巻き込んでしまう。

 それを恐れ外側に西側へ向かうのではなく、砂漠地帯を横断する事を選ぶと、今度は傭兵達が襲撃して旅の準備を妨害してきた。

 しかし狙って来た傭兵達は思った以上に弱いと、逆にアリアとケイルは組織が本命の実力者を仕向けるのではと考える。


 そうしていつ襲われるのかと怯えにも似た警戒を抱く一行は、こうして足を止めて敵の思惑を考えようとする場まで設けてしまった。

 それを一刀両断するマギルスの言葉は、恐れと共に立ち止まっていた一同を再び動かす。

 一つ溜息を吐き出したアリアは、一同に顔を向けながら話した。


「……そうね。確かに、今はマギルスの言う通りだわ。どっちにしろ組織が襲って来るなら、さっさと進んで砂漠を越えましょう。そこで迎え撃てばいいだけの話よ」


「そうだな」


「まぁ、そうだわな……」


「マギルス、馬を動かして」


「はーい!」


 見えない危惧を話し終えた一同は、こうして砂嵐が吹き荒れる砂漠で再び動き出す。


 そんな一同と、そして進む事を提案したマギルスにクロエは優しく微笑みながら、移動中の暇潰しに自分が知るゲームを教えた。

 警戒は止めてはいないが、変わり映えしない景色と状況に飽いた一同はそれに付き合い、緊迫とした雰囲気は僅かに和らいだ。


 その後、十日間に渡り砂漠の旅は続く。

 そして砂漠の旅が一月を超えた時点で、不自然な状況が違和感の正体に、やっと気付く事となった。


「――……どういう事だよ……」


「……」


「おい、アリア! どういう事なんだよ!? なんでアタシ等は、まだ砂漠にいるんだよ!?」


 この日、三十日近く続いていた砂嵐が止まる。

 それに気付いた一同は砂漠を抜けたのだと思い、荷馬車の外に出た。


 しかし辺り一面には、変わり映えしない広大な砂漠が今も広がっている。

 それを見て疑念を更に深めた一同を代表し、ケイルが怒鳴るように聞いていた。


 そんなケイルの怒鳴り声を無視するように、アリアは目を見開き辺りを見回す。

 そして表情を強張らせながら何かに気付き、零すように呟いた。


「……そういう、ことだったのね」


「!?」


「私としたことが、これに考え至らないなんて……」


「なんだよ、どういう事だよ……!?」


 アリアが何かを察した事を知り、ケイルは詰め寄る。

 しかしアリアは絶望に似た思いを僅かに宿らせ、虚ろな視線を下に落とした。


「――……『螺旋の迷宮スパイラルラビリンス』……。ここは魔大陸と同じ、魔境と化していたのよ……」 


 アリアは砂に膝を着き、震えながら砂を掴み握る。

 そしてクロエを除いた全員が、その言葉の意味を理解する事が出来なかった。

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