海魔強襲


 定期船の航行が四日目となり、次の大陸に到着するまで残り三日となる。

 その日は朝から薄く霧が張られ、船内の窓から外を見ていたケイルが怪訝な表情を浮かべ、同室のクロエとアリアに話し掛けていた。


「――……もうすぐ、例の海域を横切るらしい。かなり離れてるのに、この霧だ。……二人とも、どう思う?」


「うぅ……。気持ち悪……」


「アリアは、やっぱダメか。クロエそっちは?」


「……この霧は、自然に発生しているものではないですね」


本当マジか?」


「術者の志向性が霧に含まれています。意図的に魔力で生み出されている霧なのは、間違いありません」


「……厄介事なのは確実ってことか」


 船酔いに苦しむアリアを他所に、クロエとケイルが話を進める。

 海に立ち込める霧が自然現象ではなく人為的な現象ものだと理解し察したクロエの言葉で、ケイルはアリアの予測していた事態を懸念せざるを得ない。


 そうした女性陣の部屋を他所に、男性陣の部屋ではマギルスが眠り、瞑想するように床へ座り目を閉じているエリクが居た。

 そんな二人が、同時に目を開けた。


「――……!」


「!」


 跳び起きた二人は、互いに窓の外へ目を向ける。

 そして目を合わせるように、二人は頷いて見せた。


「……マギルス」


「おじさんも感じた?」


「ああ。これは……」


「前に戦った合成魔獣キマイラと、似た感じだね。……こっちに向かって来てる、しかも大勢」


「アリアの所へ行くぞ」


「うん」


 エリクとマギルスが魔力感知で何かに気付き、急いで部屋を出て隣の部屋へ赴く。

 そして同じ時間に話し合っていたケイル達と合流し、外から感じる不穏な魔力の気配を教えた。


 それを聞いたケイルは渋い表情を浮かべながら、アリアの方を一度だけ見て決意を固める。


「……仕方ない。アタシは魔獣が襲撃して来るかもしれないと、船員達に知らさせて来る。アリアとクロエはこの部屋で待機。マギルスとエリクは甲板に出て状況把握と、もし魔獣が来た場合には迎撃だ」


「ぅぅ……」


「分かりました」


「ああ」


「はーい!」


 統率できないアリアの代わりに、ケイルがそれぞれに指示を送る。

 それに応じた各自は動き出し、やるべき事を行い始めた。


 ケイルは船員に傭兵の認識票を見せ、定期船の船長に海魔の襲撃が起こる可能性がある事を教える。

 現役の一等級傭兵シングルがそう伝えて来た事が分かると、船長を通じて定期船内に乗客達の船内の奥へ退避しておくように報せが響く。

 そして船体の横に備わった窓枠から大砲の砲身が出て、それぞれに船員が付いて発射態勢が整えられた。


 更に定期船の内外で迎撃の準備が整えられ、定期船に常駐している傭兵や警備兵達も甲板に出て来る。

 既に甲板に出て薄く霧の張る外の様子を窺うエリクとマギルスが、それぞれに魔力を感じる方角へ目を向けた。


「……来る」


「……来た!」


 二人がそう呟いた時、定期船の周囲を覆う霧が更に深くなる。

 そして次の瞬間、凄まじい衝撃と揺れが定期船を襲った。


「ウワッ!?」 


「な、なんだこれは……!?」


 甲板に出ていた他の傭兵や警備兵達が、驚きを浮かべながら揺れに耐えるように甲板を這う。

 エリクとマギルスは肩膝を落とした状態で、同じ方向へ目を向けた。


「これは……!!」


「うわ、これって……!?」


 二人が見たのは、甲板の縁に食い付くように絡んで来た巨大な黒い触手。

 それが複数、船体を掴むように覆う光景をエリク達は見た。

 同じく見ていた甲板の傭兵達が、怯えにも似た驚愕を浮かべて叫ぶ。


「ク、クラーケンだ!!」


「こんな巨大なのが、この海域に……!?」 


 襲って来た魔獣の正体が傭兵達の口から語られる。


 通称、暴食烏賊クラーケン

 中級魔獣ミドルから上級魔獣ハイレベルに指定されている海魔であり、小さな個体でも二十メートル以上、巨大な個体であれば全長百メートル以上にも渡る巨大な海生軟体生物の進化体。

 魚は勿論、本来は天敵である巨大な鯨さえ捕食すると言われているクラーケンは、海の暴食王とさえ呼ばれていた。


 そして全長二百メートル以上の巨大な定期船を掴み止めている事を考えると、襲って来ているのはそれと同等かそれ以上の大きさを有する個体。

 それは傭兵達や警備兵達に絶望の表情を浮かべるに十分だった。


 そんな者達を他所に、笑顔を浮かべ大鎌を振り、厳かな表情を浮かべ大剣を振りながら触手を切り裂いた者がいる。

 絶望の表情から一気に呆気を含んだ顔を見せた者達は、思わず上擦った声を上げた。


「え……!?」


「エリクおじさん、どっちがいっぱい斬れるか競争しようよ!」


「この船には、沢山の者達が乗っている。遊びは無しだ」


「えー!」


「またアリアに叱られるぞ?」


「むー。しょうがないなぁ」


 揺れ動く船体を意に介す事無く大男エリク少年マギルスが武器を振るい、縁に食い付く触手を切り落とす。

 その光景を見た他の者達は、呆然とした意識を晴らして指揮を統一し、二人を援護するように動きを見せた。


「迎撃用の銛矢を海中に放て! クラーケンを押し退けろ!!」


「船外の傷は、内部なかから補修をさせるんだよ!!」


「だ、ダメだ! 真下にクラーケンがいて、この射角では大砲も撃てない!」


「う、うわぁッ!!」


 時に触手は凄まじい勢いで海面を飛び出すと、その触手を甲板に叩き付けるように襲わせる。

 それに下敷きになりそうな者達が悲鳴を上げると、エリクとマギルスが赤と青の魔力斬撃ブレードを飛ばして触手を切り落とした。


 それに周囲は驚きを見せながらも、エリクとマギルスは互いに警備兵達に告げた。


「あ、アンタ達……いったい……」


「この魔獣は、俺達で倒す」


「おじさん達は、邪魔しないでね!」


「え、あ……」


 そう告げる二人はその場から離れ、他に食い付いた触手を切り落とす。

 更に全ての触手を切り裂いた後、マギルスは海へ向けて飛び降りた。


「こ、子供の方が落ちたぞ!?」


 それに気付き慌てる警備兵達や傭兵達は、落ちた場所へ向けて顔を出して視線を向ける。 

 そこで見たのは、傭兵達の想像を超えた光景だった。


「……と、飛んでる!?」


「いや、走ってる……!?」


 傭兵達が驚愕する理由は、海に落ちたと思われた少年マギルスが海面よりやや上部分を飛ぶように走る姿。

 ランヴァルディア戦で見せた物理障壁シールドを足場とした移動方法を駆使し、マギルスは海中の敵に対して魔力斬撃ブレードで攻撃を加えていた。


 そんなマギルス自身、船の真下に位置取り襲う海魔に気付く。

 更に笑みを浮かべたながら、まるで話し掛けるように大鎌を振り上げていた。


「ほら、さっさと出て来なよ!」


 そう挑発しながら大鎌を振り、太い魔力斬撃ブレードを海面に放つ。

 それを回避した海魔は船の真下から横へ移動し、マギルスの真下から海面へ向けて飛び出して来た。


 海魔の姿は、普通のクラーケンでは無い。

 黒い色合いの中に鱗のような肌を持つ、クラーケンを基本ベースとした合成魔獣キマイラだった。


 残る二本の触手が海面から飛び出し襲い掛かるが、マギルスは意図も容易く触手を斬り飛ばす。

 そして最後に歪な口と牙を見せて襲って来ると、大鎌を振り被ったマギルスが下へ向けて振り下ろした。


「じゃあね。ばいばい」


 一閃する青い魔力斬撃ブレードがクラーケンの顔面と海面を切り裂き、凄まじい水飛沫を舞わせる。

 そしてクラーケンの死体は、海の底へと沈んだ。


 それを見届けたマギルスは物理障壁を足場にして飛び上がり、船の甲板へと戻る。

 そして待っていたエリクに笑い掛けた。


「下のは、大したこと無かったね!」


「そうか」


 そう話す二人を見ている周囲は、呆気にも似た驚愕を抱く。

 人間離れした戦い方をする男と少年を見ながら、一人の傭兵が呟いた。


「……あれは、魔人だ」


「魔人……!?」


「フォウル国の魔人が、こんな所に……!?」


 二人の正体が魔人だと気付いた周囲は、その強さに納得しながらも疑問を抱く。

 大抵の魔人はフォウル国に存在しながらも、表に出て来る事は少ない。

 それが目の前に居るという事態に、複数の者達は疑問を抱いたようだった。


 しかし落ち着いたように見えた事態は、再び荒れ狂う。

 エリクとマギルスが更なる気配に気付き、船の周囲に意識を向けた。


「――……また来るよ!」


「今度は、多いな」


 そう告げたと同時に、霧の中から新たな襲撃者が姿を現す。

 まるで戦場で夥しい矢が襲来するような光景は、それを見た者達に血の気を引かせるものだった。


 姿を見せたのは、魔物化している突魚ダツの群集。

 全長一メートル前後の身体を硬質化させた鱗と嘴を持つ数百匹以上の突魚ダツが、海面から飛び出し甲板の高度を超えながら弾丸として船に襲い掛かった。

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