思考と直感


 定期船が到着するまで港都市に滞在する事になった一行は、それぞれ休息を兼ねた日々を過ごす。


 ケイルとエリクは基本的に組んだ状態で買い出しを行い、マギルスはクロエに付いて色々な事を教わり遊ぶ。

 そして一行を統率するアリア自身は宿の部屋に篭り、クロエが課した訓練を行いながら暇があれば魔石作りをしていた。


「――……くっ……」


「四枚ですね」


 アリアはクロエと対面しながらトランプを捲り、苦い表情を浮かべる。


 十枚中四枚の絵柄しか的中できていないアリアは、クロエにトランプを返却して再び伏せさせる。

 そんなアリアを見ながら、クロエは微笑みながら聞いた。


「アリアさん」


「なに?」


「貴方は文句を言わずに、この訓練を続けるんですね」


「……どういうこと?」


「私は何度か、この訓練を人に課した事があります。しかしほとんどの人達が訓練に意義を見出せず、文句を言いながら途中で止めていきました。長く続けても、半年程で止めた人もいます」


「……」


「アリアさんは、この訓練に何か意義を感じましたか?」


「……認識能力。貴方が言っている能力それは、恐らく人間でも魔力マナを感じ取る事を言っているのよね?」


「そうです」


「貴方は『人との繋がり』が視えると言った。そしてカードの中身を見ずに、全て的中させている。更には未来予知に近い事も何度か言っているわね」


「はい」


「それはつまり、魔力マナを通じて普通の人間では感じず見えない何かを視ているから。そういうことでしょ?」


「その通りです」


「なら、この訓練の意味も分かるわ。……貴方は私に、魔力マナの見極め方を教えているのよね?」


「流石ですね。この訓練の本来の意味を理解したのは、貴方で三人目です」


 そう少女らしい微笑みを浮かべて話すクロエに、アリアは鋭い視線を向けながらも口元を微笑ませる。

 アリアが訓練の意味を理解した事を知ったクロエは、話を続けた。


「世界に満ちる魔力マナは、あらゆる物質に含まれます。この部屋にある物は勿論、土や水、そして大気にも含まれています。しかし、そうした魔力マナは常人には知覚できない。何故だと思いますか?」


「人間は、魔獣や魔族のように魔力マナを感じ取る器官を備えてないからよ」


「違います」


「!?」


「人間にも魔力マナを感じ取る事は可能です。しかし人間という種族は目先の利便性に拘り、知恵や知識を蓄える事を優先する進化への道を選んだ種族。自然の摂理から外れた為に、魔力マナを感じ取る本能を忘れているだけです」


「……動物はそれを忘れなかった。だから魔力マナに適して進化し、魔物や魔獣に進化した。魔族もそうだと?」


「その通りです。故に人間の進化は止まり、他の生物や種族と大きな種族差が生まれてしまった。人間の大半が『聖人』に至れない理由は、それが原因です」


「……なら『聖人』と呼ばれる者達は、それを思い出した人間ということ?」


「はい。……アリアさん、フラムブルグの神官達との戦いで、相手が魔法を成した魔力を操作していましたね?」


「!」


「アレは言わば『聖人』としての初歩的段階。貴方は既に、魔力マナを知覚し操作するという術を得ている」


「それは、魔法師なら誰でも……」


「魔法師は魔法陣内に書き込む構築式を通して魂の門を経由し、魔法という形で魔力マナを操作します。この方法は、この星に根付き生物的環境を整えた創造神オリジンと私が、魔力を扱えない人間達に授けた知識です」


「貴方が、人間に魔法を授けた……!?」


「既に何百万年前の話です。今の人間達が使う魔法の大半は、体内に魔力を巡らせ魂に経由するという非効率なやり方を行っていますが」


「……ガンダルフが七大聖人セブンスワンになってから、魔法に対する知識が歪めらて広められたのよ」


「しかし、その方法は『聖人』を増やす為に理に適ったやり方でもあります」


「!」


「魔力を意識して大気と共に体内へ取り込み、魔法を成して行使する。それは魔力マナに適性の少ない人間の体に大きな損耗を強いるやり方ですが、そのやり方であれば否応無しに『魔力マナ』という存在を認識し知覚できます。『青』はそうする事が人間を進化へ導く結論へ至り、実行したんだと思います」


「……!?」


「例えそうする事で進化に至れずとも、その方法で魔法を扱う人間が第二世代や第三世代と続きながら魔力マナに影響されれば、新たな人間世代を進化へ促せる。……『赤』のシルエスカさん。あの人がその顕著な例でしょう」


「……シルエスカが生まれた頃から聖人に至れていたのは、それが理由?」


「はい。彼女こそまさに、人間の新たな世代。生まれながらに『聖人』として生まれた希少な例ですね」


「……」


「もし『青』がその結論に至り、こうした魔法のやり方を世界に広めたのだとしたら。人間という種に対して、多大な貢献をしていると云うべきですね。現に、五百年前より遥かに『聖人』の数が増えています。貴方やケイルさんのように、七大聖人セブンスワン以外の聖人がこれほど世に現れているのが、その証拠です」


「……」


 クロエの話を聞きながら、アリアは師匠であるガンダルフを思う。

 ガンダルフは古来の効率的な魔法のやり方を棄て、敢えて現代のように人体に消耗の激しい魔法を広めた。

 その弟子だったテクラノスやアリアは、その方法を非効率な方法だと今まで判断する。


 しかし、意図的に『聖人』を増やす為にその方法を広めたのだとしたら。

 そう考えた時、アリアの脳裏には出会った聖人達を思い出しながら複雑な表情を浮かべるしかない。


 ガンダルフは各国に魔法を学べる学園を設け、そうした魔法を広め続けた。

 云わば人間大陸の国と人間そのものが、ガンダルフの研究場と研究材料とも言っても過言では無いだろう。

 そうした組み込まれた社会システムの中で生まれ、目論見通りに聖人へ至ったアリアとしては、そうした顔をしてしまうのも仕方のない事だった。


 そんな表情を見せるアリアを見ながら、クロエは話を戻した。


「少し、話題が脱線しましたね。……話を戻しますが、アリアさんは既に『聖人』です。それだけでも資質は十分に有りますし、本来ならケイルさん程度には高い認識能力を持っているはずです。ですが、結果は御覧の通りです」


「……」


「アリアさんは、何が原因で自分自身の直感が妨げられていると思いますか?」


「……思考力」


「正解。アリアさんは非常に頭が良いですし、機転も利きます。ただし、その知恵と思考力の高さが仇となり、貴方の直感を阻害している。いえ、直感を否定していると言ってもいい」


「……ッ」


「貴方はカードを捲る時、直感とは別に思考を基準にしてカードを選んでいる。その思考力は、貴方が生まれ育ち培ったからこその成果。今それを否定して直感だけで捲れというのは、酷な話だと私も思います」


「……じゃあ、どうすればいいのよ。アンタみたいにカードを見ずに百発百中で当てるなんて芸当、無理よ」


「いいえ。今のアリアさんでも、出来ますよ」


「!」


 変わらぬ微笑みで答え返すクロエに、弱音を吐いていたアリアは顔を上げて驚きを浮かべる。

 そしてクロエはトランプの山札から一枚引き、それをアリアの前に裏返しのまま置いた。


「アリアさん、私は始めに言いましたね? この世界の全てに、魔力マナが含まれていると」


「……」


「そしてアリアさんは、世界に満ちる魔力マナを自分自身で操るすべを得ている。……ここまで言えば、分かりますよね?」


「……トランプに含まれている魔力マナを、感じ取れってこと?」


「はい。……魔法とは、魔力マナに志向性を持たせて物質へ変換し形を成す姿。その魔法で成した魔力マナを操作できるアリアさんなら、こうして『カード』という形を成した物に含まれる魔力の志向性を認識し、何が描かれた物なのかを理解できるはず。まるで構築式を読み取るように」


「!」


「思考を捨てられないのなら、貴方は『理解』しなくてはならない。目の前にある存在をただの『物』ではなく、そうなるまでの『式』と捉えなければいけない。……さぁ、やってみてください」


 そう促すクロエの言葉に、アリアは困惑しながらも目の前に伏せられたトランプを見る。


 相手が織り成す魔法の構築式を瞬時に理解し、更にその魔力マナを操る術を持つアリア。

 今まで思考を頼りに直感を押さえ込んでいたアリアが、この時になって初めて『思考』と『直感』を合わせるという結論へ導かれた。


 アリアは目の前で形を成す『トランプ』という存在を知覚する。

 その上でどのように目の前のそれが形を成し、どのような式を用いて『トランプ』という結果に導かれたかを理解した


 その思考の中で、アリアの視界に僅かな光が浮かび上がる。

 そして自身の右手を伸ばし、トランプに指を触れさせた。


「――……スペードの一」


 そう呟いた後、アリアはトランプを捲る。


 捲られたトランプの柄と数字は、スペードの一。

 アリアはこの時に初めて、偶然ではなく必然としてトランプの絵柄を言い当てた。

 そして当てた本人が呆然とする中で、クロエが小さな拍手を送る。


「おめでとうございます。資質試験は、合格です」


「え……? でも、一枚しか当ててないけど……」


「この山札の中から一枚だけ取り出したカードを、自分で言い当てたんです。五十三枚の一枚から言い当てる確率と、十枚の中から指示通りの絵柄のカードを捲り当てる確率。どちらが条件として厳しいか、分かりますよね?」


「……ええ。でも、なんか拍子抜けというか……」


「『思考』と『直感』。その二つが重なる事で、より具体性の高い答えが導ける。私のように『直感』だけでは未来を知る事は出来ても、そこをどのように歩くべきかは分かりません。でもアリアさんのように『思考』と合わせれば、自分で未来を描きながら道を歩む事ができます」


「言っている事は分かるけど……」


「実感は持てませんよね。でも貴方は今、私の前でそうできる事を証明してくれた。だからこそ、合格です」


「じゃあ、『空間魔法』と『時空間魔法』を……?」


「教えます。ただし、私が見ている訓練以外での使用は控えて下さい。私が許可するまでは、戦いでも使ってはいけません。一人で訓練を行う際には、先程のようにこのカードを使ったものだけを行うように。……その約束を、守れますか?」


「……分かったわ。それだけ危険ってことよね?」


「はい。……それでは明日から、『空間魔法』から教えます。今日から暇があれば、山札から引いたカードを当てる訓練をして下さい」


 クロエがそう述べる中で、アリアは新たな魔法を教えられていく。

 この日を境に、アリアがクロエに借りたトランプを山札から捲る訓練もし始めた。

 そして呟きながら絵柄を言い当てるという芸当を、エリクやケイルにも目撃される。


 アリアは新たな師を得る事で、新たな力と魔法を得る事に成功していた。

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