理想の王 (閑話その二十八)


 ガルミッシュ帝国とベルグリンド王国の和平調印が行われてから、更に一ヶ月以上の時が流れる。

 両国は和平に対する協定を取り決め、敵対していた二国間で交流と貿易が行われる事となった。


 それに伴い、双方の国境沿いに交流を行える都市を建設する。

 そこには帝国と王国の民が住み、文化交流の為に学園の設立や技術交流などを行う実験的な場所にする事が取り決められた。


 その都市建設資金として、今回の協定で賠償金として支払われる王国側の資金が多く使われ、資材と建築作業の人員はガルミッシュ帝国側で提供する事が決まる。

 それに伴う支援もベルグリンド王国側は約束し、双方の国に大使館を設けるなど、和平に必要な要素を盛り込んだ計画となった。


 そして調印と協定が正式に結ばれた後、一部の使者を残してウォーリス王は帰国する。

 その後、新たな人物がベルグリンド王国から来訪する事を告げた。


 その人物の名は、リエスティア=フォン=ベルグリンド。

 ウォーリス王の妹であり、王国からユグナリス皇子と婚姻を勧められている女性。


 しかし、その素性などの情報は帝国側は得ていない。

 というのも、ウォーリスという人物の情報自体が帝国には不明慮にしか届いておらず、ベルグリンド王国で第三王子だったという以外の情報を帝国は得られていない。

 その人物に妹が居たという情報も、和平の親書にて初めて明かされた情報になる。


 そうした理由で帝国側は、ウォーリス王と妹リエスティアに関する情報を王国側へ求めた。

 そこで得られた情報も、かなり限られた情報だけとなる。

 それに関してゴルディオスとセルジアスは、素性に関する報告書を手にして王室内で密談を行っていた。


「――……ウォーリス=フォン=ベルグリンド。十二年前、十五歳の時に養子として前王に引き取られ、第三王子に据え置かれた。その際に妹リエスティアも引き取られ、末席の姫君として扱われている。しかし王位継承権を持たず、ウォーリス王自身に保護され王国で生活していたか……」


「ウォーリス王にしろリエスティア姫にしろ、『引き取られた』と言うより『引き取らせた』と言うのが正しいでしょうね。彼が来てから枯渇していた王国の国庫が潤沢になったと聞きます。彼から齎される利益が王国を支えていたのは、間違いないかと」


「十五歳で、そのような商才に恵まれ成功していたと……?」 


「私の場合、出来の良い妹アルトリアを知っていますから。王国にも似た人材が居ても、不思議とは思いません」


「確かに、そうだな。……それから五年前、第一王子と第二王子が各派閥同士の内紛を起こし失脚。その際に多くの王国貴族達が粛清され、必然的に王国への貢献度を高めていた第三王子ウォーリスが第一継承権を得るか。……これについては、どう思うね?」


「第一・第二王子の失脚がウォーリス王による策略だったかと問われれば、間違い無くそうでしょう。元々、上の王子達は国庫や各派閥貴族達から貪る怠惰な生活を送っていたと聞きます。和平を望み国庫を補填していたウォーリス王からして見れば、王国側で真っ先に排除したい存在だったはずです」 


「なるほど。……そして一年前に前王が老衰。元王子達は僻地の開拓事業に追いやられ、ウォーリスが国王へと成るか……。僅か十二年で、一国の王へと成り上がるか。周囲は反発しなかったのだろうか?」


「王国側の官僚達とも話を交えましたが、彼等全員がウォーリス王に高い忠誠を示していました」


「ほぉ。僅か一年の即位で、それほどの信頼を臣下から得られていると?」


「五年前に継承権を得たウォーリス王子は、表立って国の改革活動を行い始めたそうです。国王になってからは国の改革を大きく進め、王族以外の貴族制を廃止し、貧困に悩む平民の待遇改善と生活改善を施行し、新たな事業や土地開発に力を入れています。旧王国体制を滅し、大きく国を潤している」


「五年前……。王国が各地から物流を多くさせた時期か?」


「はい。大量に仕入れていた輸入品も、国民の為にほとんどが使われていたそうです」


「……なるほど、あの王国騎士達や官僚達の態度も頷ける。ウォーリス王が首を差し出すと告げた時、かなりの動揺だったからな」


「彼等のほとんどが平民から当用した人材と聞きます。王国の民達から見れば、彼は救世主に等しい存在でしょう。失えば、王国は再び暗雲の時代に逆戻りです」


「民の信頼厚き国王か。ベルグリンド王国の民は、まさに理想の王を得たというわけだな」


「そうですね」


 ウォーリス王がベルグリンド国内で行った事を確認していく二人は、彼の人柄に関しての情報を固めていく。

 そして得られた情報を見た限り、ウォーリス王は王国にとって良い改革を行い続ける名君と呼ぶべき存在にも等しいと分かった。


 それを確認した上で、ゴルディオスはセルジアスに問いを投げ掛ける。


「ローゼン公爵。ウォーリス王をどう見る?」


「……表面だけを捉えれば、民に良き政策を行う人望の厚い名君でしょう。しかし、些か不明な点が多い人物です。昨年に起きた黒獣傭兵団の団長エリクの虐殺事件も、ウォーリス王が即位したばかりの時に起きている。向こうが何を考えているのか、まだ油断は出来ないかと」


「余もそう思う。今後は、王国とはどう対応すべきと考える?」


「和平に関する事には否定せず、こちらから積極的に推し進めて構わないでしょう。しかし交流や軍事に関する重要な部分は、帝国で手綱を握るべきと考えます。彼に主導を許した場合、何か事が起きるか分からない。下手をすれば王国の全国民が敵に回り、帝国を飲み込む可能性も否めません」


「ふむ……」


「我々はあくまでベルグリンド王国を同盟国として扱い、交流と信頼を深めるという形で政策を行う事が理想です。しかし王国との立場は一線を敷き、国として全てを併呑はせずに、互いに国の在り方を強調していくべきかと思われます」


「……そうだな。まだ信頼を置くには、王国もウォーリス王も危うい存在。和平を定めても、帝国は帝国として在り方を変えぬ」


「ハッ」


 ゴルディオスは帝国皇帝として、ベルグリンド王国に対しては密接にではなく、一線を画して接する事を決める。

 それを促すセルジアスは了承し、宰相として政策方向を固めて各方面へ指示を送った。


 そして件の姫君、ウォーリス王の妹リエスティアが帝都へ訪れる。

 それに連動して、とある人物も帝都へ戻されていた。


「――……帝都、懐かしく思えるな……」


 帝都へ戻ったのは、ローゼン領で謹慎を命じられていた帝国皇子ユグナリス。

 王国のリエスティア姫との婚姻を結ぶ事となったユグナリスは、新たな婚約者と会う為に訪れていた。

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