滅亡の道 (閑話その二十一)


 戦死したとされるクラウスの死が本当か虚偽かを考えていたシルエスカと、それを聞いていたダニアスは話を続ける。

 そして話題の内容は、クラウスの娘であるアリアへと移った。


「アルトリアは間違いなく、父親の気質を継いだな。あれほどの雄弁を大勢の前で語り、強者達を従え旅をしているのだから」


「確かに、そうですね」


「アルトリアが皇王になる事を受けなかったのは、正直に言えば予想外だった。……あの場で他同様に、呆気に取られてしまった」


「私もです。ですが、あの熱弁は中々に興味深かった。何より、度胸が据わっている」


「ダニアス、お前は拍手に混ざっていたろう?」


「ええ。彼女とその仲間達には、賞賛を送るべきだと思いましたので」


「……確かに、あの娘との旅の方がこの国で暮らすよりも楽しそうだ」


「旅と言えば、貴方と私がログウェル殿と連れられ修行をした日々を思い出しますね。……つらい旅と修行でしたが、今では懐かしく感じます。もう二度と御免ですが」


「そうだな。子供のお前ではつらい旅だったろう」


「貴方も子供でしたよ?」


「我は既に成人年齢は超えていた。お前は十二のか細い小僧だったろう?」


「そうでしたね。……貴方と初めてお会いして自分より年上だと聞かされた時には、本当に驚きました。むしろ、父上や先皇が私を試す為に嘘を吐いているのだと疑った」


「そうだろうな。お前が始めに我に向けた視線は、疑いの目だった事を覚えているよ」


「……自分も聖人になってよく分かる。確かにあの修行の旅で、私は聖人へ至り普通の人間を凌駕する肉体の強さを手に入れた。けれど、この五十年の時間に取り残されたような寂しさも実感しました」


「……」


「シルエスカ、貴方はそれを生まれた時から感じていた。……『聖人』は確かに、人間が進化した姿かもしれない。けれど、人とは違う時の中で生き続けられるという代償ルールも、強いられるのでしょうね」


 不機嫌になっていたシルエスカはダニアスの話に興じ、旅をした昔話をする。

 その中でダニアスは『聖人』へ至ることへの『代償』があると告げた。


 聖人の時は長く、千年近い時間を生きる。

 普通の人間は百年前後しか生きられず、聖人の十分の一にも寿命は満たない。

 その違いは聖人となったダニアスに時の流れを自覚させ、老いた父親や国の人々の事を思い出させる。

 

 そんなダニアスの寂しそうな表情を見るシルエスカは、軽く溜息を吐き出し呟くように聞かせた。


「……我とお前は幸福な方だろう」


「?」


「共に時間の流れを共有できる者がいるのだ。一人では気が狂ってしまう。こうして互いに聖人となれたのは、幸運とは呼べないか?」


「……確かに、そうですね」


「『聖人』とは聞こえがいいが、言い換えれば人間の能力を超えた『化物』だ。……この世界に『聖人』は数える程しかいない。そんな聖人バケモノの血脈を国の王に据えるルクソード皇国という国は、初めから歪なのかもしれぬ」


「……」


「歪な国がより歪となり、こうした混乱を招く事は予想できるものだったろう。……いい加減に、ルクソードの血からこの国を解放すべきではないか?」


「解放、ですか?」


「歴史には多くの国々があった。その支配体制も様々で、血縁に頼ることのない支配体制も存在していたと聞く。ルクソードの血を必要としない国の体制もあるだろう」


「……共和制の事ですか?」


「ああ。貴族という家柄や王の血筋に頼らず、宗教国のように信仰の対象を必要としない。今の皇国に必要な条件に合うではないか」


「それは、貴族制を廃して共和制へ切り替えろという事ですか? そんな事を各貴族達が了承するはずが……」


「要は、貴族の地位に置かれた者達が損をしなければいい。貴族の地位そのものを取り払うが、自分の領地の自治権や財産となる物を残す事を許せば、奴等から反発を受ける事は少ないだろう」


「それでは、王政を主軸にした中央集権が崩れる」


「崩せばいい。望まぬ王が国に立てばどうなるか、ナルヴァニアの件で身を持って味わっただろう」


「それでも、貴族達の中には血筋や位を重要視する者もいます。例え築いたモノを残すと告げても、受け継いだ貴族という血の流れで継いだ称号を取り上げる事は名誉を損なうと、そう考える者も多いのでは?」


「確かに、そういう輩はいるだろうがな。この国の貴族とは、そもそも血脈ではなく実力がある者達から選ばれたのだ。貴族位を取り上げた程度で名誉と共に全てを失うと考えるような者は、自分が貴族の家で生まれた事しか誇れない無能者だと宣伝するようなものだろう」


「無茶苦茶を言う……」


「ダニアス。お前は他の貴族と共に公爵位を失ったとする。それでどんな悪い変化が起こる?」


「……私だけが公爵位を取り上げられるのならともかく、全員が貴族で無くなるのなら影響は無いでしょう。皇国内の商業と商会は制御する事が出来ていますし、職人や作業員達の待遇が変わらないのであれば、各生産業にも影響は無い。軍も同様、功績から来る実力の彼等の地位なので、影響は少ないでしょう」


「それで騒ぎ出す者達は、貴族の位という虚構の特権にすがる愚か者だ。そういう奴等が国を腐食したのだと、アルトリアも言っていたではないか」


「そうですが……。少なくとも、確実に反発は出ます。下手をすれば、二十年前のように各領地が発起し、内戦が始まってしまう」


「その時は、賛成する者達の先陣として我を出せばいい」


「!」


「『赤薔薇の騎士ローゼンリッター』と『赤』の七大聖人セブンスワンシルエスカは、王制と貴族制の廃止に賛成する。それを拒否し兵を挙げる者がいれば、その鎮圧を我が直々に行おう事を約束する」


 そう告げるシルエスカの微笑みを見て、ダニアスはその言葉が本気であると察した。

 しばらく俯き考えるダニアスは、溜息と共に声を発した。


「……七大聖人セブンスワンである貴方は、二十年前の後継者争いに参陣しなかった。そんな貴方が、制度改革の為ならば戦うと?」


「そうだ」


「何故ですか?」


「……この国は、ルクソードの血に縛られすぎている。そう思ったからだ」


「!」


「初代『赤』の七大聖人セブンスワンルクソード。彼はルクソード皇国が建国する前日に七大聖人セブンスワンを退き、この大陸を去った」


「……」


「その後、ルクソードという聖人の力を失った皇国は新たな『赤』とルクソードの血を求めた。そして二代目の『赤』ソニアが二百年以上前に選ばれた。……しかし百年前に『赤』のソニアも七大聖人セブンスワンの立場を放棄し、皇国から去った。……我も今、このような国に居たくはないと思い始めている」


「!?」


「三百年という時の中で腐った皇国には、大きな改革が必要だ。血や家に縛られない、国や民草を支え豊かにする為の環境が必要なのだ。……先代の『赤』ソニアはこの国を捨てた。ならば私も国を捨てるか、変わる国の手助けをしたいと思っている」


「……それを私にやれと、そう言うんですね?」


「ダニアス、お前は父親から国を託された。ならば次の世代の為に何をすべきか、今度はお前が決めて、行う番だ」


「……」


「その助力を『われ』も惜しまない。……まつりも終わった。明後日にもなれば、残っている各貴族達も各々の領地へ戻るだろう。再び召集するにも時間が掛かる」


「……」


「明日の午後は、お前が取り纏める貴族会議があったな。……それで賛同者を集い、中立者を納得させ、反対者を選別しておけ」


 そう告げるシルエスカは、椅子から立ち上がり部屋を出て行く。

 扉の閉まる音と共に溜息を吐き出したダニアスは、それから数分ほど悩んだ末に椅子から腰を上げ、明日の会議の為に草案を書き出した。


 そして翌日。

 皇城の大会議場で皇都に滞在する各皇国貴族達が集合し、皇国貴族会議が行われる。


 その会議は皇国内で毎年二回ほど行われ、各領地の開発計画や税収などの収支報告が行われるなど、領地を持つ貴族達が発信を行い、議論を交わせる場として設けられた。

 今回は前年の事件で各地に及んだ被害報告や税収報告、そして今年度に行う領地改革案などを各貴族達から述べられていく。


 そして会議が進む中で新たな皇王候補者の議題が取り上げられ、各貴族達が各々の意見を提案していった。

 その意見の中には、シルエスカやその子供を新たな皇王にという案の他に、ガルミッシュ帝国のユグナリス皇子に皇国側から婚約者を嫁がせ、その子供を引き取り次の皇王にするなどの提案まで行う者もいる。

 

 その中で議長である新ハルバニカ公爵ダニアスは、とある提案を述べた。


 まず、ルクソードの血筋からの皇王選定を取り止め、別の代表者を選定すること。

 しかし代表者を皇王と皇家という立場に置くのではなく、この場にいる者達を代表者として取り纏める長であるという事が強調された。


 不可解な表情を表す貴族達が多い中で、更にダニアスは説明する。

 その前提として、まずルクソード皇族を主軸にした王制と貴族制を廃止し、国の法に纏わる制定や重大な事柄を取り決める際には、各地の代表者達を集い議会を開き取り決めていくという内容だった。


 それを聞いた途端に各貴族達は目を見開き、立ち上がり顔を歪める者もいる。

 ダニアスはそうした者達を抑え、貴族の地位を廃止した際に各家の財産など没収せず、そのまま自治領としての立場と地位へ置かれることを述べた。

 そして各自が持つ商会も、法を反しない限り商いを停止する必要が無いという事が改めて伝えられる。


 実質的に取り上げられるのは、貴族の位のみ。

 その提案を聞いた者達は、それぞれが様々な表情と様子を露にする。

 

 貴族の位を取り上げられるだけで、実質的な地位は変わらぬと理解した者達はその提案に賛成を示した。

 賛成者には自身の才幹と実力に自信を持つ者が多く、更に王を中心とした政治体制から議会制での政治が行われるのならば、いずれは政治的決定権が集約する議長に自分が就く事も可能だと考え至る。


 その中で慎重に思案して悩む中立者達は、自領に提案を持ち帰り一考したいと申し出た。


 逆に猛反発したのは、シルエスカの言う貴族の特権地位を利用してきた者達。

 先祖が築いた家の地位に居座り、それで利益を得ていた者達が反発を示した。

 そして貴族の位こそ自身の名誉と考える者も反対の意見を述べ、その案に反対する。


 貴族会議で出されたダニアスの提案は、賛成が三割、中立が四割、反対が三割という割合になった。

 そして各自が一考する為に会議は解散し、ダニアスの提案は各々が持ち帰る事となる。


 『黒』の七大聖人セブンスワンクロエの予言通り、ルクソード皇国は緩やかに滅亡の道を歩み始めた。

 そして、新たな国の道へと繋がる一筋の可能性となる。

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