結社編 三章:神の兵士
血の怨嗟
五百年前、この世界に生ける者達に対して天変地異が起きた。
その呼び方は五百年の
今から語られるのは、その天変地異で起きた一つの真実。
それは人間と魔族の生命を脅かす存在が世界へと降り立ち、人間と魔族の国々に襲い掛かった出来事。
その
『
この世界を築いた創造神が争いばかり起こす人間と魔族に失望し、罰を与える為に造り出された神の兵士。
それは強靭たる魔人や魔族、そして当時の七大聖人達すら凌駕する恐るべき存在だった。
当時の人間国家は複数の神兵に襲われ、幾つもの国々が民と共に滅ぼされ、幾つかの国は耐え凌ぐ。
それは魔大陸に棲む魔族達も同じであり、名だたる魔大陸の王者達はそれを退けるのが精一杯だった。
そして赤き瞳を持つ少女の手によって創造神の心が鎮められたことで、神兵の侵攻と天変地異は終わり、人間と魔族は絶滅の危機を免れる。
それから五百年の時が流れ、その等の真実は極一部の人間達と長命の魔人と魔族のみしか覚えられていない。
しかし今、五百年前に侵攻した神の兵士が復活した。
ランヴァルディアという依り代の下で、呪われた願いを叶える為に。
*
激しい戦いの末、
「――……やはり君でも、私を止められないか……」
アリアが墜ちた場所へとランヴァルディアは降下し、生い茂る森の木々を緩衝材にして倒れるアリアを見ながら呟く。
聖人として戦うアリアの力量を完全に凌駕し、神兵の力を慣らすランヴァルディアは寂しそうに微笑んでいた。
ランヴァルディアは木に引っ掛かるアリアを抱え、そのまま地面へ降ろして木の幹に背中を預けさせる。
それが終わると、背後を振り返りながら喋り始めた。
「……さて。次は貴方の番だ、シルエスカ」
「――……其方、本当にランヴァルディアなのか?」
ランヴァルディアの背後に立っていたのは、赤い軽装鎧を着込み赤い短槍と長槍を掴んだ『赤』のシルエスカ。
アリアが墜ちる光景を目にしていたシルエスカは、二人が落ちた場所へと駆けつけていた。
そして様相を変えながらも見覚えのあるランヴァルディアの顔と姿に驚き、シルエスカは槍を握る手に力を込める。
それと同時に、シルエスカの全身から炎のように赤く発光したオーラが放たれ始めた。
「その姿……。まさか、五百年前に世界を襲ったという……?」
「流石は
「……其方の胸の赤い核。それは神兵の
「そう、とある伝手で入手した物だよ」
「……それを取り込めばどうなるか、知らないワケではなさそうだな」
「ええ。例え私自身の魂が朽ち果て化物に身を墜とすとしても、果たすべき夢があるのでね。――……ルクソード皇族の血を絶やし、皇国を滅ぼし、ネリスの仇を取るというね」
「……」
「その目的の最大の障害は、私が知り得る限りでは二人しか浮かばない。一人はガルミッシュ帝国公爵家の娘である、アルトリア=ユースシス=ローゼン。見ての通り、貴方と同じ聖人に達していたようだ」
「……」
「そしてもう一人が貴方だ。『赤』の
「……私は
「それで許されると思っているのか?」
ランヴァルディアの声が途端に低くなり、そこに含まれる怒気と共にオーラの威圧と重圧が周囲に響く。
その威圧と重圧で赤く長い髪を靡かせながら、シルエスカは一つの汗を流した。
「お前達ルクソードの血が何をしたか。例え名を捨てようと、絶対にルクソードの血脈を私は許さない」
「……其方も、ルクソードの血が流れているだろうに」
「その血がネリスを殺したと言っている。……私は自分自身の中に流れる血すら、憎んでいるんだよ」
「……」
「貴方も気付いていたのだろう? 私の恋人であるネリスの死が、あの
「……証拠が無かった。其方には気の毒だとも思っていた。だから其方の望み通り、皇城から離れたこの僻地にて政治からも隔離し、研究に従事できるよう私自身が取り計らった」
「……」
「それがこのような事態を招くとはな。……残念だ、ランヴァルディア」
「私も残念ですよ、シルエスカ。貴方がルクソードの血さえ継いでいなければ、貴方の事を本当の意味で尊敬も出来ただろうに……」
そう話すランヴァルディアは、体から放つオーラを高めて大気を揺らす。
シルエスカはそれに応じるように槍を構え、攻撃態勢へと入った。
そして二人はその場から離れるように動き、アリアが気絶している場からやや離れた場所で戦闘を開始する。
アリア戦の時とは違い、ランヴァルディアはシルエスカに合わせて地上での戦いを行った。
「ッ」
「!」
オーラを纏い変幻自在の槍術を繰り出すシルエスカは、一瞬たりともランヴァルディアを間合いに近付かせない。
入った瞬間にはその部位を槍刃で薙ぎ落とし、ついにランヴァルディアの左手を切り飛ばした。
瞬く間に手を切り飛ばされるランヴァルディアに、シルエスカは左手に持つ短槍の矛を向けながら言い放つ。
「こうして其方の手足を削ぎ落とせば、例え神兵だろうと文字通り手も足も出せないだろう」
「……ふふ」
「……何がおかしい?」
「手も足も出せるのさ」
「!」
ランヴァルディアは切り落とされた左手にオーラを集中させると、左手の骨と神経が再生され血管や筋肉を始めとした細胞が光を帯びながら瞬時に復活する。
それを見たシルエスカは短槍を下げ、改めて構えた。
「……ならば、其方が死ぬまでやるだけだ」
その言葉を有言実行する為に、シルエスカは瞬時に駆け出し更に右腕を根元から切り飛ばす。
しかしランヴァルディアは痛みすら感じる様子を見せず、新たな右腕を即座に再生させた。
そして再生させたばかりの右腕でオーラを収束し、シルエスカにオーラの収束砲を放つ。
それを紙一重で回避するシルエスカは、それに合わせて短槍をランヴァルディアの腹部に投げ刺した。
「!?」
「凄まじい内包オーラだが、其方自体は戦闘の素人だ」
「グ、ァ……!?」
そして突き刺した短槍が赤い炎を生み出し、ランヴァルディアの身体が燃え盛る。
初めて苦痛の声を漏らしたランヴァルディアに、シルエスカは止めを刺す為に長槍を構えて突き込み駆けた。
燃える短槍を引き抜いたランヴァルディアはそれに気付き、逆にシルエスカへと投げ放った。
しかし、シルエスカはそれを余裕を持って左手で掴み取る。
炎を纏う短槍を持ちながら火傷どころか痛みさえ見えないシルエスカに、ランヴァルディアは驚きを漏らした。
「!?」
「さらばだ、ランヴァルディア」
掴み取った左手の短槍と右手に長槍を持ったまま瞬く間すら与えずにシルエスカはランヴァルディアの懐に入り、左手の短槍のみで両手両足を即座に斬り飛ばす。
そして長槍をランヴァルディアの胸部へ刺し込み、神兵の
「……ガハッ!!」
「これで、其方の凶行も終わりだ」
「――……と、思うだろう?」
「!?」
神兵の心臓を破壊したにも関わらず、ランヴァルディアは余裕の笑みと言葉を見せる。
それに対して悪寒を感じたシルエスカは即座に槍を引き抜き、飛び退いて距離を保った。
そして手足を再生させ起き上がるランヴァルディアは、破壊された赤く光る
「アルトリアも
「……!!」
破壊した心臓が手足を再生させる時のように修復される光景を見て、シルエスカは驚きの目を初めて見せる。
それをわざとらしく見せたランヴァルディアは、今度は自分自身で
「な……!?」
「こうすると、どうなると思う?」
「……!?」
「そう。摘出した神兵の
「……不死身だとでも言いたいのか?」
「五百年前、天変地異の際に神が送り出した神兵達は人間の国々を襲った。当時の七大聖人達でさえ神兵には勝てなかった理由が、こういう事さ」
「……ッ」
「あるいは、今世代の聖人ならばこの不死身の身体を滅ぼす策を編み出してくれると信じていた。……だがその内の一人は、それを成せずに敗北してしまった」
「……」
「シルエスカ。貴方の技量には私は届き得ないだろう。……しかし聖人と言えど、オーラの絶対量には限界があるんじゃないかな?」
「それは其方もだろう?」
「いいや、無いよ?」
「!」
「神兵の力に限界は無い。……仮にあるとしても、それはこの世界を滅ぼし尽くすまで無くならない量だろうね」
「……ふざけた事を……」
両手の槍を構え直すシルエスカは、ランヴァルディアへの攻撃を再開しようとする。
それを止めたのは、ランヴァルディアの口から出た言葉だった。
「シルエスカ。貴方は『マナの実』という物を知っているか?」
「……マナの実だと?」
「神兵の
「……」
「私は実験で魔獣や合成魔獣と戦い、そして聖人であるアルトリアや貴方と戦って確信した。……まさに神兵とは、マナの実そのものが兵器化した姿だということをね」
「……ッ」
語り聞かせる事が妄言だと突き返さんばかりの勢いでシルエスカが飛び出し、戦闘を再開する。
それをランヴァルディアは微笑みながら両手を広げて迎え入れた。
「……さて。アルトリアはすぐに墜ちてしまったが、貴方はどこまで戦えるかな? 『赤』の
こうして『神兵』ランヴァルディアとの戦いは、気絶するアリアから『赤』シルエスカへ変わる。
技量も高くオーラの制御を完璧に施したシルエスカの攻防はランヴァルディアを圧倒し続けていた。
しかし、ランヴァルディアは疲れどころか痛みすら感じずに口元に微笑みを残して対応する。
『神兵』として無尽蔵の力に得てしまったランヴァルディアは、絶対の優位を確保していた。
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