リーダーの素質


 皇国軍の入隊試験に合格したエリクは、入隊規約に関する説明を他の合格者と共に聞いていた。


 合格者は市民街に設けられている兵士官舎への入居が許されるが、市民街に家を持つ者がいる場合は自宅からの通勤も許可される。

 各自は官舎か自宅から兵士養成所へ通い、数ヶ月間の兵士訓練が施され、その後に皇国兵士として派遣される場所が決められる。

 その際、成績優秀者で希望がある場合、皇国騎士団の訓練参加後に騎士団へ加入される場合もあるが、一定以上の教養が求められる為に腕っ節だけでは騎士団への入隊は厳しいらしい。


 兵士としての給金は月々で金貨五枚。

 武具は皇国軍から支給されるが、許可があれば私物の武具を使う事も許される。

 支給される武具に関しての整備は国費で行えるが、私物の武具は破損ないし整備する場合には自身の金銭で行う事となる。


 それ以外にも難しい規約や行動規律などの説明がされたが、エリクは途中で理解を放棄し簡略に自己完結する。

 要は何か問題を起こさなければ数ヵ月後には兵士の訓練課程を終え、正式な皇国兵士として働けるということらしい。


 一時間ほど説明を受けた後、合格者達は兵士養成所から出てそれぞれに帰宅する。

 日が暮れ夜が訪れた市民街を歩く際、物陰で待機していた老執事がエリクに話し掛けて来た。


「お疲れ様です。エリク様」


「ああ」


「それでは、貴方の御自宅へ案内させて頂きます」


「自宅?」


「市民街に一軒、貴方用の御自宅を用意しました。大旦那様の屋敷を頻繁に出入りすれば、貴方と大旦那様の関係性を明かすようなもの。しばらくはそちらで暮らして頂きます」


「宿屋では駄目なのか?」


「市民街に宿はございませんので」


「そうか、分かった」


 老執事の説明に納得して付いて行くエリクは、市民街を歩く。

 流民街に比べれば市民の住宅地が遥かに多く、市や商店は流民街に繋がる壁門の近くに集中しているらしい。

 夜の暗さと比例した家は光が灯り、家族らしき声が聞こえる家を横目にしながら自宅となる場所へ辿り着いた。


「今日から、こちらがエリク様の自宅でございます」


「……意外と大きいな」


「二階建てで地下室もございます。必要と思える物は全て用意し運び込んでおりますので、御自由にお使いください」


「分かった」


 エリクは用意された自宅を見て、老執事は家の扉を開ける。

 家の中に入り扉を閉めると、老執事が近くにある魔道具を使って家全体に灯りを灯した。


「この壁に備え付けられたボタンを押すと、家の中に光が灯されます。各部屋に用意されていますので、灯りが必要な夜などにお使いください」


「分かった」


「冷蔵庫はあそこに。寝具なども二階に整えてあります。多めの資金が必要な場合は、私を通じて大旦那様が御用意致しますので、遠慮せず仰ってください」


「ああ」


 老執事は各部屋に案内して用意した物を教えていく。

 エリクは部屋の構造を確認して家全体の内装を把握した後、老執事が改めて忠告した。


「エリク様。今後、貴方は兵士として兵士養成所へここから通う事になるでしょう」


「ああ」


「その際に、尾行などにはくれぐれも御注意を。私は今回、貴方の案内人としてあの場所へ案内しましたが、怪しまれれば皇国軍は貴方と私の繋がりから大旦那様に辿り着く可能性も否めません」


「ああ。お前との連絡は、どうやって取る?」


「市民街と流民街に通じる壁門付近に、掲示板が置いてあります。その掲示板に事前にお伝えした暗号名を記載した紙を貼り付けてください。私以外の使者がすれ違い、貴方にお会いできる場所を御教えします」


「分かった」


「以前に大旦那様が申した通り、これが貴方に行える最低限の支援です。どうかアルトリア様の奪還作戦、上手く運ぶようにお願いします」


「分かっている。……あの老人に、感謝すると伝えておいてくれ」


「はい」


 そう伝えた老執事は家から出る。

 エリクは家に残され、とりあえず手持ちにある干し肉を齧りながら二階に上がり、寝具を使わず大剣を抱えながら床に座って就寝した。


 次の日。

 朝方に起きて家を出たエリクは、兵士養成所に赴いた。

 大部屋に合格した三十一名が集められ、第四兵士師団長のザルツヘルムが壇上の前で説明を開始する。


「それでは今日から、君達に皇国軍兵としての訓練を受けてもらう。既に君達も承知していると思うが、皇国軍兵にはそれなりに教養と規律が必要だ。訓練には身体を動かすモノだけではなく、国際法や皇国法に関わる座学も行う。座学が得意ではない者でも、最低限の知識は覚えてもらうぞ」


 それを聞いて合格者達の幾人かが渋い表情を見せたが、ザルツヘルムは淡々と説明を続けた。


「逆に能力訓練と実技試験をやや劣る成績で合格した者達もいるだろう。そういう者達にも、兵士として必要な最低限の体力と武器の扱い方は出来るようにしてもらうぞ」


 今度は座学の得意な者達が渋い表情を見せたが、次に説明される内容はそういう者達を鑑みた救済措置の話だった。


「さて。先ほどの説明で各々の反応を見る限り、座学面と体力面で得意な者は別れるだろう。各合格者の中には偏った才能を持つ者は多い。実はそういう者達の為に、訓練課程の偏りを二つに分けて行う」


「!」


「一つ目は、一般的な勉学や技学を中心とした座学訓練。これは後方支援兵の役割を中心とした訓練になる。主に備品管理や武具整備、管理能力が高いと自負する者達が向いている訓練だろう」


「……」


「二つ目は勿論、皇国軍兵士として技量向上を中心とした訓練。剣・槍・弓は勿論、対人・対攻城訓練や魔物・魔獣の討伐訓練が中心となる、前線向きの訓練だ。他にも魔法訓練などもあるが、これに関しては魔法を扱える者のみが行う訓練となるだろう」


「……」


「言うまでも無いだろうが、どちらの訓練を受けても不得意なモノでは最低限の成績は見せてもらう。そして自身の長所たる訓練を受ける場合、それなりに優秀な成績は見せてもらわねばならない。見せられない場合、試験に合格した者でも途中で辞めざるをえないだろう」


「……」


「今から少しの間、二つのどちらの訓練に参加したいか考える時間を与える。私が戻って来るまでに、各自で決めておいてくれ」


 ザルツヘルムが合格者達にそう伝えた後、大部屋から出て行く。

 合格者の中で顔見知りがいる者達は、互いに話しながらどちらの訓練を受けるか決め、一人の者も物静かに考える。

 エリクは身体を動かす訓練を受けるべきだと考えていた時に、とある人物が話し掛けて来た。


「よぉ。確か、エリオだったよな?」


「……お前は、昨日の?」


 話し掛けて来たのは、入隊試験で模擬試合を行った元傭兵のグラド。

 エリクの隣の席に座り直したグラドは話を続けた。


「お前は勿論、身体を動かす方の訓練を選ぶだろ?」


「ああ」


「俺もだ。座って勉強ばっかりするってのは、性に合わないからな」


「そうか」


「相変わらず愛想は良くないか。お前、何処に住んでんだ?」


「……西の方にある家を借りている」


「ほぉ、俺も西地区だ。いつから住み始めた?」


「少し前からだ」


「家族とかは?」


「いない」


「一人暮らしか。どっか別で住んでるとかか?」


「……どうして俺の事を聞きたがる?」


 質問攻めにしてくるグラドに、エリクは疑問を持つ。

 あるいは目の前のグラドがアリア達を攫った関係者で、自分を探りに来たのではという推理が過ぎったエリクは、グラドに対して僅かに警戒を向けた。

 そして疑惑を掛けられたグラド自身が、その疑問に答えた。


「お前を見てると、昔の仲間を思い出してな。だからちょいと、話してみたかった」


「仲間?」


「俺が傭兵やってた頃の仲間だ。お前みたいに、何を考えてるのか分からない面だったな」


「……そうか」


「お前みたいに大柄ってワケでもなかったが、いつも難しい顔をしててな。余裕が無いって感じの面だった」


「……」


「今のお前も余裕が無さそうな面してたぜ。だからかな、つい声を掛けちまった。迷惑だったらスマンな」


「……いや」


 グラドの指摘を受け、エリクは初めて自分自身がそんな表情をしていたのだと気付く。

 合格者の中でずば抜けた資質を見せたエリクだったが、その雰囲気は常に張り詰めて他者を寄せ付けようとしない。

 それが自然と周囲を遠ざけ、この中で近寄り難い存在へとなりつつあった。

 それに気付いたエリクは、自らグラドに話し掛けた。


「お前は、俺を気遣っているのか?」


「別にそんなんじゃねぇよ。さっきも言ったが、昔の仲間に雰囲気が似てたってだけだ」


「そうか」


 そんな会話をしている最中、ザルツヘルムが大部屋に戻って来る。

 再び壇上の前へ立つと、合格者達全員の答えを聞いた。


「君達、答えは決まったな?」


「……」


「それでは、勉学中心の訓練を行いたい者はこの部屋に残れ。それ以外の者は、部屋から出て訓練場に集合だ」 


 その言葉に反応し、半数以上の合格者達が大部屋から出て訓練場へ向かう。

 エリクとグラドもそれに混ざり、訓練場へ赴いた。

 そこで待っていた兵士が、その場の全員に伝えた。


「それでは、君達には基礎体力訓練から始めてもらう。水が必要な場合は、そこにある水道を使って飲んでくれ。それと、ここに居る者達は今日から仲間だ。今日は軽めの訓練だけを行うので、それぞれに軽く挨拶を済ませておいてほしい。今後、協力が必要な共同訓練も行うから、そのつもりで」


 そう告げる兵士の話で、周囲の合格者達が顔を見合わせる。

 ぎこちなくも軽い挨拶をしていくが、特に視線が集まるエリク自身は何もせず立っているだけだった。 

 そんな時、グラドが近付きエリクの肩を掴んだ。


「ほら。お前も皆に挨拶しとけ」


「!」


「これから俺達は、同じ釜の飯を食って戦う仲間だ。その中でも一番優秀だったお前が自己紹介くらいしなくてどうする?」


「……した方がいいのか?」


「当たり前だろ。ほれ」


 そうグラドに言われて背中を押されたエリクは前に出る。

 その場に集まった十数人の合格者達の視線を集めたのは、グラドの豪快な挨拶だった。


「よぉ! 俺はグラド、元一等級だった傭兵だ。んで、こっちも元傭兵のエリオだ。お前等、よろしくな!」


「お、おい」


「お前等も知ってるだろうが、エリオはかなり強いぞ。俺も負けはしたが、それなりに強いからな! 何かあった時は任せな!」


 エリクを巻き込んだ挨拶をしたグラドは、そのままエリクから離れて一人一人に挨拶をしていく。

 豪快ながらも気さくな態度で相手に接し、すぐ周囲に溶け込むグラドを見ていたエリクは、ある人物を思い出していた。


「……あの男、ワーグナーに似ているな」


 王国傭兵時代に黒獣傭兵団の団長という立場のエリクだが、同じ傭兵団のワーグナーが実質的なリーダー格を任されていた。

 そのワーグナーとグラドの姿が重なる。

 個性の強い周りの者達を上手く繋ぎ、時には明るく厳しく接して集団をまとめる役目を果たせる。

 グラド自身はまとめ役として機能し、ぎこちない周囲の和を次第に明るくさせて雰囲気を和らげ、バラバラだった集団を纏め上げていた。


 元一等級傭兵グラド。

 彼のその人柄で交流を繰り返しながら、同じ訓練を行う仲間達の信頼を得ていった。

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