稀なる遭遇
老人の依頼を受け、荷車を借りたエリクは予想以上の大荷物を載せられて運ばされる。
それを苦にする様子も見せずに文句も言わずに運ぶエリクに、老人は興味深そうに話し掛けた。
「お若いの、力持ちじゃのぉ」
「そうか?」
「儂の若い頃でも、そんな荷物は一人では引けなんだ」
「そうか」
「そういえば、名前を教えもらっていなかったの。名は何という?」
「俺は、エリクだ」
「……そうか。傭兵エリクか」
「?」
「あと一つ、買い物をする店があるから、頼むわい」
「分かった」
そんな軽い会話を幾度か交えながら、再び大荷物が次の店で載せられる。
店員が荷車に乗せていく木箱を見ながら、エリクは老人に聞いた。
「何をこんなに買っているんだ?」
「儂の家族が多くての。色々と物入りなんじゃよ」
「……家族は、一緒に買い物に来ないのか?」
「忙しいようでの。こうして暇な儂が買い付けておるんじゃよ」
「一人でこんな量を運ぶ気だったのか?」
「まさか。今日は傭兵ギルドに荷運びの依頼して帰ろうと思っておったんじゃが。しかしお前さんが声を掛けて来たんで、その手間が無くなって丁度良かったのぉ」
「そうか」
老人とそんな話をしながら最後の荷物が載せ終わると、エリクと老人は市民街へ通じる門を通る。
老人は門兵にペンダントを見せる。
更に荷車を引いて同行するエリクに門兵は視線を向けた。
「この者は?」
「儂が荷運びの為に雇った傭兵じゃよ。お若いの、傭兵認識票は?」
「ある。……これだ」
「確かに、確認させて頂きました。少しお待ち頂きます。通行許可証を発行しますので」
門兵の一人が詰め所へ移動し、数分後に戻って来る。
通行許可証となる薄い鉄板を渡されたエリクは、老人に連れられ簡単に市民街への門を潜った。
あまりにも容易な入場はエリクの思考に疑問を宿らせた。
「……あんなに、あっさり通れるものなのか?」
「どうしたかね?」
「
「いいや。傭兵でもよほど信任厚き者や武名を轟かせ信頼厚き者しか、許可は下りぬし門は通してくれぬよ」
「……どういうことだ? 俺はこの国に来て一ヶ月も過ぎていない。有名では無いはずだ」
「それならば、別の要因があるのじゃろうな」
「……?」
「さぁ、まだ儂の家は遠い。もう少しだけ頑張っておくれ」
そう言いながら歩く老人に、エリクは初めて疑惑を向ける。
自分が偶然の中で声を掛け、ついでに依頼を頼まれ市民街まで連れて来た目の前の老人。
あまりにも都合の良い進み方にエリクは初めて疑問を抱き、それでも老人の後を追い荷車を引いた。
三十分後。
市民街の通りを歩きながら澱み無く進行すると、更に不可解にさせる場所へ辿り着いたエリクは、そこまで連れて来た老人に尋ねた。
「……ここは?」
「儂の家は、この先にあるんじゃよ」
「この先だと……?」
エリクの目の前に立つのは、市民街へ通じていた門より更に巨大な門と壁。
その門と周辺の壁は装飾と意匠が凝られており、更に門兵の様相も一般的な兵士の様相から分厚い鎧甲冑に覆われた者達へ変化している。
そこに立て掛けられた看板を見て、エリクはその門が何処に通じるのかを知った。
「……貴族街……」
『貴族街』は皇都中央に位置する場所。
外壁付近は『流民街』が有り、その内壁に『市民街』が設けられ、更に内側に貴族の邸宅が複数と皇城が聳え立つ『貴族街』が存在する。
そこに家があると告げる老人に、エリクは改めて尋ねた。
「……お前は、何者だ?」
「ただの老いぼれじゃよ。お若いの」
「……」
「まさか依頼を果たさず老体と荷車を置いて、去ったりはせぬよな?」
「……何が狙いだ?」
「狙いなぞ無い。儂はお前さんに声を掛けられ、丁度良いから儂は依頼を頼んだ。それをお前さんは受けた。それだけじゃよ」
「……」
「ほれ、さっさと行こう。日が暮れてしまう」
そう言いながら老人は門兵が居る場所へ進み出す。
エリクは不気味さを感じながらも、アリアやケイルに関する情報を何一つとして得ていない今だからこそ、逆に老人に付いて行くことで状況の変化を求めた。
最大限の警戒へ切り替え、目の前の老人や周囲の動きを事細かく観察する。
少しでも不審な行動に出た瞬間、退避して離れる心構えだけはしていた。
そして老人が門兵に話をしてエリクに手招きをする。
荷車を引きながら老人の前まで辿り着くと、門兵に通行許可証を求められた。
「通行許可証と、傭兵認識票を」
「……これだ」
「確かに確認しました。通行許可証を取り替えますので、少々お待ち下さい」
「……?」
そう告げた門兵が下がり、数分後に詰め所から出てくる。
返却された認識票が金の薄板になっているのを見たエリクは、疑問を漏らした。
「金色?」
「貴族街への通行許可証はその形となります。また、この通行許可証はこの方が保証される限り、貴族街から市民街、そして流民街へ通じる門の通過でいつでも使用できます」
「……?」
説明を聞いたエリクは理解できない。
通行許可証の使い方を理解できなかったのではなく、何故その通行証が自分に渡されたのかを理解できない。
そんな様子を無視し、老人は門を潜り歩きながらエリクに声を向けた。
「こっちじゃ。付いて来なさい」
「……」
老人の誘導に、エリクは警戒を向けながらも付いて行く。
貴族の豪邸と思しき数々の屋敷が見える場所を通りながら辿り着いたのは、大きな門を構えて壁に囲まれた豪邸の前だった。
「ここが、儂の家じゃよ」
「……」
老人がそう告げた時、屋敷へ繋がる門が自動的に開かれる。
豪邸へ続く道には男女の使用人と数人の騎士が幾多も並び、その中にいた一人の老執事が前へ立ち、頭を下げて老人を出迎えた。
「おかえりなさいませ。大旦那様」
「おぉ、ただいま。今日は客人を連れて来た。構わぬかね?」
「はい。既にお客様の御部屋と、御食事の準備は整えています」
「助かるわい。ほれ、お若いの。この者達に荷を預けて構わんよ」
老人の言葉で幾人かの使用人が動いて荷車に近付く。
それに対してエリクは構えそうになったが、自分に意識を向けずに荷車を押し始める使用人達の様子を見ながら、再び老人に訊ねた。
「……お前は何者だ?」
「言ったろう。ただの老いぼれじゃよ」
「ただの老人が貴族街に屋敷を構え、手練を抱えて過ごしているのか?」
「ほぉ?」
「お前に依頼を頼まれた時、お前に向けられる視線を感じた。始めは、お前を狙っている者がいるのかと思った。……あの視線は、お前を守る者達が向けていた視線だ」
「それを知りながら、儂に雇われたということか。なるほど、なるほど」
柔らかく微笑む老人と険しい表情で睨むエリクは、対照的な顔を向け合う。
そして老人は初めて、自分の名前を名乗った。
「儂の名は、ゾルフシス=フォン=ハルバニカ。皇国では公爵の位を頂いておる、ただの老いぼれよ」
「……皇国の公爵だと……?」
「そんな儂も息子と娘がおった。それぞれに家族を持ったが、娘は嫁いだ先で二人の孫を生んだ」
「……」
「孫の名は、ゴルディオスとクラウス。長男ゴルディオスはガルミッシュ帝国で皇帝の位を継ぎ、次男クラウスは同じ帝国にてローゼン家の公爵位を継いだ。次男クラウスは、先日の内乱にて没したと知らされたが」
「……!?」
「偶然とは実に稀なこと。お前さんもそう思うじゃろう? 傭兵エリク」
目の前に居る老人の正体。
それはガルミッシュ帝国皇族に血の繋がりがある人物。
ルクソード皇国公爵、ゾルフシス=フォン=ハルバニカ。
皇国内で皇族に次ぐ権威と実績を持つ公爵家でありアリアの曽祖父となる老人が、エリクと思わぬ出会いを果たした。
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