最年少傭兵


 ケイルは夕食を作り、マギルスが食事が出来るまで馬の背で寝ている最中。

 川で水を汲みに来たエリクが、思い出したように隣に居るアリアに聞いた。


「アリア。セブンスワンとは、なんだ?」


「え? ああ、やっぱりエリクは知らないのね。というか、知らずに今までの話を聞いてたのね」


「ああ」


「【七大聖人セブンスワン】。人間大陸を代表する猛者達で、単独で王級魔獣キングを討ち取れる人間達のこと。全員で七人いて、それぞれが色の称号で呼ばれているの」


「色?」


「『赤』『青』『茶』『緑』『黄』『黒』『白』。その七色の聖紋を身体に持っているわ。普通の人間を遥かに凌駕した身体能力で、特異な力を持っているの」


「魔人のようなものか」


「短的に言えばね。違いがあるとすれば、彼等が純粋な人間であり、進化した人間だということ」


「進化した、人間?」


「歴史上、生物は様々な進化を遂げてきた。動物が魔物になって魔獣に進化したように。魔族が上位種へ進化して強大な強さを得るように、人間も進化したの。それが聖人と呼ばれる存在よ」


「聖人……」


「聖人の寿命は軽く五百歳を超える。歳も五年に一度しか歳をとらない。長命の七大聖人でも、四百年以上は生きてると言われているわ」


「四百年……」


「そして七大聖人セブンスワンは、人間大陸最強の抑止力とも呼ばれてる。各国家を脅かす存在が確認された場合、彼等は四大国家の要請で依頼をこなす。それ以外の時には、何処で何をしてるのか詳しくは知られてない。国家間の取り決めで税も免除されたり、各国で生殺しても罪に問われず、自由を約束されてる」


「……そ、そうか。凄いな」


「あっ、分かってないわね? とにかく、七大聖人セブンスワンはとんでもなく強い奴等なの。そしてこの大陸を支配してる四大国家の一つに、七大聖人が一人だけ居る」


「!」


「三代目の『赤』に選ばれた七大聖人セブンスワン。槍と火の魔法を得意としたルクソード皇国の騎士。名前はシルエスカ、私の親戚よ」


「君の親戚?」


「元々、ガルミッシュ帝国の家系はルクソード皇国の血筋で、帝国はルクソード皇国の一部が植民した国なのよ。実質的な傘下国ね。それ関係で、皇族は剣術より槍術に長けてるのよね」


「そうなのか」


「そして現帝国皇帝に嫁いだ皇后クレア様は、シルエスカの母親の末妹の娘。あの馬鹿皇子ユグナリスの大伯母でもあるわね」


「会った事はあるのか?」


「一度だけ。昔、ルクソード皇国に行った事があるの。今とは別ルートだったから、この辺りの地理は全然詳しく無いんだけどね」


「どんな奴なんだ?」


「さぁ?」


「会った事があるんじゃないのか?」


「その時には顔を遠くから見ただけで、話なんてしてないもの。どんな相手か知りようも無かったわ」


「……君はこの国で、顔を知られているんじゃないか?」


「どうかしら。本国むこうが私をどう認識してるか分からないけど、植民地を治めてる傘下国の公爵家なんて、本国の連中からしたら片田舎の貴族程度の認識で、姿どころか名前も分からないんじゃない?」


「そういうものか」


「そういうものよ。……脱線したから話を戻すけど、四大国家が七大聖人に認めるくらいだもの。シルエスカの強さは、ログウェルやゴズヴァールと遜色は無いでしょうね」


「……そうか」


 七大聖人の存在をアリアから教えられ、そして現在の大陸にそういう人物が居る事を知ったエリクは、握る拳に力を入れた。


 老騎士ログウェル。

 牛鬼ゴズヴァール。

 そして目の前のマギルスという強者と戦い、まだ世界に自分より強いだろう相手が居る事に、エリクに僅かな震えた。


 それが恐怖から来る震えだったのか、それとも別のモノだったのか。

 エリク自身も気付かず、そのままアリアに尋ねた。


「他の七大聖人というのは、どういう奴等なんだ?」


「詳しくは知らないわ。名前が知られてるのも、四人だけかしらね」


「そうなのか?」


「他の七大聖人は基本的に無所属で、四大国家にも所属してないみたいだから。知られてる七大聖人の所属と名前は……」


 アリアは地面に落ちる枝を使い、エリクに文字で七大聖人達の名を教えていく。


「ルクソード皇国、『赤』シルエスカ。ホルツヴァーグ魔導国、『青』ガンダルフ。フラムブルグ宗教国、『黄』ミネルヴァ。アズマの国、『茶』ナニガシ。この四名が名前や一定の情報が明かされてる七大聖人ね」


「……ガンダルフというのは、君に魔法を教えた師匠だったか?」


「ええ」


「君は、七大聖人と二人も関わりがあるんだな」


「関わりと呼べるものじゃないわ。せいぜい顔見知り程度で、親しいわけでもないもの」


「そうか」


「……長話し過ぎちゃったわね。ケイルが怒ってそうだから、早く水を運んじゃいましょう。私もお腹、空いてきちゃったし」


「ああ」


 七大聖人の話題は終わり、ケイルが待つ夜営地で一行は食事を終え、その日は休んだ。


 次の日。

 小さな村が見え始めると、一行は補給をしながら順路を進んでいく。

 泊まれる宿がある村であれば、アリアの強い要望で宿泊することもある。

 冬場に入り冷え込み始めた野宿に、アリアが音を上げたらしい。


 移動の際にエリクとマギルスが遊びと称した戦いを行う事があったが、実力差のある二人では勝敗は変動しない。

 しかし四度目となる遊びで、マギルスが呟く言葉をアリアは聞いた。


「……おじさん、どんどん強くなってるなぁ。次はどうやろう……」


 いつもの微笑みとは別に、僅かな焦りが含まれるマギルスの声にアリアは感心を示す。

 エリクの成長速度がマギルスの想定より速いのだと知れて、アリアは秘かに満足して将来を楽しみにした。


 そしてマシラを発ってから二ヶ月ほどの時間が経つ。

 立ち寄った大きな町にあった傭兵ギルドに立ち寄ると、三人が傭兵登録の更新を行う際に、マギルスが興味深そうに聞いた。


「ねぇねぇ、アリアお姉さん」


「なに?」


「僕も傭兵ギルドに入りたい」


「……」


「ダメ?」


「ダメじゃないけど……。年齢的にどうかと思うし、止めたら?」


「えー、やだー! 僕も傭兵になる!」


「関所の通行料は子供料金で通れるんだし。傭兵になっても面倒臭いだけよ?」


「みんなギルドに入ってるのに、僕だけ入ってないのは仲間外れみたいで、やだ!」


「……」


 面倒臭いという感情を隠さずに表情で見せるアリアと駄々を捏ねるマギルスの口論に、ケイルが口を挟んだ。


「別にいいだろ。傭兵になってればいざって時に便利だし」


「いざって時?」


「ギルドの傭兵として登録してる場合は、盗賊なんかに襲われて返り討ちにしても問題になるようなことは無い。傭兵ギルド側が処理してくれるからな。だけど、ただの旅行者が他国で盗賊とかを殺すと、色々調査とかをやられて面倒臭い手続きを二十も三十もやらされるんだ。今までは魔物や魔獣程度だったから問題は無かったけど、盗賊なんかが出て人前でマギルスが殺したら……」


「……面倒臭いわね」


「だろ? だったら傭兵ギルドに入れちまった方がいいだろ。強さはもう証明済みなんだし」


 ケイルの勧めで傭兵ギルドに加入させるべきだと一考するアリアは、マギルスに顔を向けて聞いた。


「マギルス。今は何歳よ?」


「えーっとね。……たぶん、十二歳!」


「……ケイル、良いの? 十二歳が入っても」


「確か、大丈夫だったと思うがな」


「……そう、分かったわ。じゃあ、試験を受けれるように手続きをしましょうか」


「やったー!」


 マギルスの気性と今後の問題点を潰す妥協案として、アリアはマギルスが傭兵になる事を認めて試験を受けさせる事になった。


 以前に試験の時と同じように、受付から登録試験を受ける為の申請書を受け取ると、マギルスはそこに自分の名前等の情報を書き込んでいく。

 そして登録受付に申請書を受け渡した時に、案の定こんな事を聞かれた。

 

「あの、そちらのお子様が試験を受けるんですか?」


「私の子じゃないです」


「あっ、いえ。そういう意味ではなく……」


「年齢的に問題がありますか?」


「傭兵登録自体に年齢制限はございませんが、試験内容は子供でも大人でも変わりませんので、子供では登録試験で重傷を負い、運が悪いと命が失われることも……」


「そういう意味での心配なら大丈夫です。むしろ思いっきりやってください」


「……わ、分かりました。それでは明日の昼前に、当ギルドにお越しください」


 半信半疑の受付に登録申請書を渡したアリア達は、次の日に傭兵ギルドへ赴きマギルスの試験を見送った。

 

 その日。

 ルクソード皇国の地方町で、最年少の傭兵が誕生する。

 その誕生の裏では、試験の相手をした傭兵ギルドマスターが瀕死になり、それを治す羽目になった保護者役のアリアが苦労していた。


「だから手加減しろっつったでしょ!?」


「したよ! でもあのおじさん、一回だけ殴らせてやるって言ったから殴っただけで、僕は悪くないもん!」


「それで肋骨六本と内臓を損傷させる重傷にしてるんじゃないわよ! 私が居なきゃ死んでたわよ!?」


「だからそれは、あのおじさんが凄く弱いせいだもん!」


「アンタは普通の人間に対して手加減するって事を覚えなさいよ! 本気で置いて行くわよ!?」


「ひどい! アリアお姉さんは横暴だ!」


「横暴で結構! それが大人ってものよ!」


 試験後に口論するアリアとマギルスを傍目に、ケイルとエリクが子供の喧嘩を呆れて見ていた。

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