南国編 閑話:舞台の裏側

公爵の決断 (閑話その十)


マシラの騒動にアリア達が関わる少し前。

アリアの祖国であるガルミッシュ帝国と、

エリクが雇われていたベルグリンド王国が戦争を開始した後。


帝国最大の軍事力を有するローゼン公爵と配下達が、

侵攻して来た王国軍を国境線まで追い返した。

王国軍の撤退を喜ぶ者もいたが、

それは末端の兵士達と故郷の村や町を取り戻した民のみ。


ローゼン公爵を始めとした強面の配下達、

そして共に来ていたアリアの兄セルジアスは、

あまりにも呆気無い王国軍の引き際に、怪訝な表情を見せる。


それを話し合う場として、

国境沿いの町で仮設営した領軍幹部は、

ローゼン公爵の一言で会議を開始した。



「さて。皆の意見を聞かせて貰おう。互いに忌憚の無い意見を述べてくれ」



その一言で静まっていた配下達は口を開き、

互いの持つ情報と意見が飛び交った。



「……王国軍が、あまりにも引き際が良すぎます。これまでの王国貴族には無い判断の速さです。それに、民兵の移動も澱みの無い良い動きをしていたように感じました」


「王国の将が変わったのだろうか?」


「だとすれば、例の第三王子が戦場に出て、指揮を執っているという事か?」


「ウォーリス王子なる者か。継承権を得たと言っても、第一・第二王子が潰し合い、漁夫の利を得ただけの者ではないのか?」


「いや、潰し合いをさせたのが第三王子だという噂もある。実際に王国で継承権を得ている以上、知略と謀略に長けた者だと判断した方がいい」


「となると、今回の侵攻は何を意図したものなのか……」


「第三王子の初陣を飾るにしては、あまりに呆気無さ過ぎる。武勲を上げるのならば、更に進軍するはずだが……」


「引き際の良さを見るに、ある程度まで侵攻して引き返す準備をしていたとしか考えられません」


「とにかく今は厳戒態勢を敷いて待機し、王国軍が国境から完全撤退した事を確認するまでは、待つしかあるまい」


「むしろ国境を越え、こちらから王国軍を討つというのは?」


「兵糧と補給線が持たん。それに、もうすぐ冬が訪れる。無駄に食料や人員を動かすわけにはいかんだろう。雪でも降られれば、こちらが寒さと飢えに耐え切れない。今回は押し返すに止め、様子を見るべきだ」


「しかし――……」



配下達が互いに意見を述べていく姿を、

ローゼン公爵は静かに聞き入り、

意見が平行線を辿っていくのが聞こえ始める。


そうなる事を防ぐ為に、

ローゼン公爵は一人を名指しして問いを出した。

それを聞いた配下達は沈黙し、その人物を見る。


それはローゼン公爵の後ろに控え、

官僚を服を身に付けた金髪碧眼の長髪美男子。

ローゼン公爵家次期当主。

長兄セルジアス=ライン=フォン=ローゼンだった。



「セルジアス。お前はどう思う?」


「……率直な意見を口にしても?」


「ああ」


「今回の王国軍の侵攻の意図は、我々を陥れる為の罠としか考えられません」


「!?」



ローゼン公爵に促されて話すセルジアスの言葉に、

配下達は驚きの表情を浮かべた。

その驚きを解消させる為に、

ローゼン公爵は更にセルジアスに言葉を促す。



「罠とは、具体的にどういうモノだと考えている?」


「我々を国境線まで誘き出し、こちらの戦力を一網打尽にして叩き潰す為の包囲網のつもりでしょう。そうなった場合、ゲルガルド伯爵とウォールスなる王子が共謀した可能性が確実になります」


「ほぉ、包囲か。それはいつ頃に起こると思う?」


「数日も経てば。敵対貴族領が反旗を上げ、我々を包囲する為に領兵を動かすでしょう。包囲された我々は補給線を断たれ、取り残された領民達を抱えて物資を消耗し続ける。冬を迎え、寒さと兵糧の枯渇は兵士達を不安と恐怖に打ち震えさせ、内部から崩れる事になるでしょう。そして各方面から物資を大量に掻き集めていた王国側は、反乱軍に物資を分けて持久戦に持ち込み、弱った我々を狙って侵攻を開始する。士気が落ち飢えた兵など倒すのは、容易いでしょうからね」



セルジアスの意見を聞いた各配下達は、

驚きを深めながら奇妙な納得を得た。

淡々と告げるセルジアスの言葉は簡潔であり、

同時に起こり得るだろう最悪の状況を読み切る。


そんなセルジアスから、軽い溜息が吐き出された。



「そのくらい、父上にも分かっているのでしょう?」


「フフッ。そう思うか?」


「いい加減、自分の息子を試すのは止めて頂けませんか? そんな風だから、アルトリアに逃げられるんですよ」


「ぅ……」


「アルトリアも猫被りは上手ですが、父上は獅子被りが上手すぎる。同じ猫科の皮を被るにしても、もっと上手く立ち回って頂きたい」



痛い部分をグサリと突かれるローゼン公爵は、

自分の息子であるセルジアスに言葉で責められる。

その光景に配下達は苦笑を浮かべたが、

ローゼン公爵に睨まれた瞬間、全員が顔と目を逸らした。


体裁を保とうとするローゼン公爵は、

再びセルジアスに尋ねた。



「……それで、セルジアス。領の方は?」


「御安心を。信頼できる者達を十分に残しています。例え反旗を翻した貴族達が私欲に駆られて攻めて来たとして、返り討ちできるでしょう。それに、攻めるには使えませんが、守るだけならアレ等がありますので」


「そうか。同盟領主達は?」


「反旗に備え、それぞれに自衛するよう促し済みです。ゴルディオス陛下とクレア皇后は、我が領に避難が済んでいます。帝都の住民達も事が起き次第、各領へ移住させる予定です」


「魔法学園の方は?」


「既に学園長からガンダルフ氏に呼び掛け、学園内の重要物は全て向こうで引き取って頂いています。学園そのものの移設も、既に整えています。大使館も同様です」


「フフッ。持つべきは、有能な後継者むすこだな」


「父上の場合、私や部下達に領主としての仕事を丸投げして、自分がやりたい事をやっているだけでしょう?」


「……セルジアス。父親に対して、少しは尊敬や敬意は無いのか?」


「尊敬も敬意もありますよ。それ以上の抱え込まされた苦労と不満があるだけです」


「俺は若い頃にそういう不満を抱えて苦労をしたんだ。初老の俺の後を継ぎ、若いお前達に任せ委ねるのは当然だろう?」


「だったら少しは、公爵家当主として机に向かいペンを持って書類とも戦ってください。槍を持って戦うのは若者達に任せてね」


「……」



突き立てるセルジアスの言葉に、

ローゼン公爵は無言の反抗を行う。


それに呆れるセルジアスと配下達は溜息を吐き出し、

居た堪れない気持ちになったローゼン公爵は、

その場から立ち上がり、配下の将に指示を送った。



「セルジアスの話す通り、これはゲルガルドとウォーリスなる者の罠だろう。我々はそれに上手く嵌められたと見せかける」


「包囲される前に、即時撤退では無いのですか?」


「逆だ。ゲルガルドに唆され反旗を翻した裏切り者共は、反旗すれば勝てると思うからこそ挙兵を行うのだ。もし我々が今すぐに撤退する動きを見せれば、謀反が暴かれ負けると思う輩は挙兵を見送り、帝国内に反乱分子が燻るばかりだろう。ならばこの機会にゲルガルドを含めた反乱分子を一気に炙り出し、旗色をはっきりさせてから纏めて滅ぼす」


「!」


「次に来る戦いで我々が敵を悉く打ち倒す為に、今の我々は敢えて敵の策に乗って見せる。ただし、犠牲は最小限に抑える。その為にこの付近の領民を纏め随行させる。そして奴等が挙兵し包囲が出来上がってた瞬間に、我々は包囲を突破し自領へ撤退する」


「しかし、包囲が完全な状態で突破するのは、容易では……」


「包囲と言っても、所詮は我が領兵とは質が劣る弱兵での名ばかり包囲。突き崩すのは容易い。それに反旗を翻したとしても、奴等は利害関係を一致させているだけで各領軍で連携は築けはしないだろう。その隙を突けばいい」


「しかし、我が領軍は戦える数だけで一万人前後。避難させる非戦闘員は、五千以上になるのは確実。例え敵兵が弱く連携が築けていないとしても、それ等を守りながら犠牲を少なく一点突破を図るには……」


「……なるほど、お前の言は正しい。そして皆も同様の意見を持っているようだな」



配下の一人がそう進言し、

同様に頷く者達が幾人か見える。

それを見たローゼン公爵は目を閉じて思考し、

数秒程で新たな案を閃き、皆に伝えた。


その案を思いついた時の表情を見て、

セルジアスは嫌な予感を浮かべた。



「まさか……」


「セルジアス。紙とペンを持って来い」


「……拒否していいですか?」


「お前が言った事だ。ローゼン公爵家当主、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンとしての仕事をする為に命ずる。紙とペンを持って来い、セルジアス参謀長」


「……分かりました。ローゼン公爵閣下」



命じられたセルジアスは控え持っていた紙とペンを渡し、

ローゼン公爵は机に置いた紙に何かを書き連ねる。

更にローゼン公爵家の蝋印も押さると、

一枚の手紙に書き上げられた書状が、

ローゼン公爵から息子セルジアスに手渡された。



「受け取れ、セルジアス」


「……馬鹿な事は、止めてくれませんか?」


「何が馬鹿だ。これしか手はあるまい?」


「確かに効果的な手ですが、最善手じゃない。……父上、考え直して頂けませんか?」


「セルジアス。お前が述べる最善手とは、危険を冒さぬ為の手でしかない。それで今の状況を退けたとしても、将来の悪手に繋がるものとなるだろう。それはお前が、よく分かっているな?」


「!」


「もう一度だけ言う。受け取れ、セルジアス。お前は今日この日の為に、俺が育て選んだ男だ」


「……」



その会話で配下の将達も何か書かれているかを察し、

苦々しい表情を浮かべるセルジアスは書状を受け取った。

ローゼン公爵は満足そうな笑みを浮かべて、その場の者達に告げた。



「その書状には、こう書き記した。この戦いが終わった後、セルジアス=ライン=フォン=ローゼンを新たなローゼン公爵家当主へと継がせる!」


「!?」


「包囲された後の指揮をセルジアスに委ね、私自身は殿軍でんぐんを率いる!」


「!?」


「私自身が囮となり、敵包囲網を崩す。その間に貴様達はセルジアスに付き従い、民を守り領地へ帰還を果たせ。その後、俺の死を大々的に公表しろ」


「……!?」


「それが現ローゼン公爵当主、クラウス=イスカル=フォン=ローゼンの厳命である! 従わぬのであれば、今この場で俺が引導を渡してくれようぞ!!」


「――……ハッ!」



怒鳴るローゼン公爵の言葉にその場の配下達が起立し、

胸に手を掲げて敬礼を示した。

書状を託されたセルジアス自身も敬礼を示し、

強張らせた表情と視線を父親に向けた。


帝国の将来を読み切り若者達に帝国と民を託す為に、

己の命が最も効果的だと悟り、

勝利の為に躊躇無く自分の命を捧げる武人。


それがアリアとセルジアスの父親。

クラウス=イスカル=フォン=ローゼンという男だった。




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