元公女の財テク術


数日後、立ち直ったアリアを主軸に、

エリクとケイルは旅立つ準備を整え始めた。


その際、大商人リックハルトが傭兵ギルドを尋ね、

立ち直ったアリア達と面会していた。



「お久し振りです、リックハルトさん」


「お久し振りです、アリア殿。御元気になられたようで、何よりです」


「いえ。先日は私達に庇い立てして頂けたということで、改めて御礼を申します。ありがとうございました」


「いえいえ。グラシウス殿から既に聞いているでしょうが、あれは私個人の為でもありましたので」


「そうですか。それで、御迷惑をかけた後で申し訳ないのですが、商人であるリックハルトさんにお願いしたい事があります」



互いに手短に話を切り上げ、

アリアの方からリックハルトに対する本題に入る。

それを承知していたかのようにリックハルトは頷き、

アリアの言葉に続いて話した。



「そちらも、グラシウス殿から話は伺っています。荷馬車と馬を購入したいということで、間違いはありませんか?」


「はい。近々、このマシラから旅立とうと思いますので」


「そうですか。なんでしたら、また私の商会で荷を運ぶ際の護衛として、傭兵の仕事を請け負って移動されては。丁度、私共で依頼を発注したばかりでして」


「それも考えましたが、護衛の仕事で移動すると、目的地まで拘束されてしまいますので」


「そうですな、確かにそういうデメリットもありますな。……分かりました。実は既に、荷馬車と馬の用意は出来ております」


「!」


「後はこちらにお持ちして御購入されるだけ、という状態まで用意させて頂きました」


「流石、大商人と呼ばれるだけあり、準備が早いですね。助かります」


「それで御購入の値段ですが。失礼ながらアリア殿とエリク殿は、先日の事件で払った違約金を、預金の全てで支払ったと伺っております。私共も商売ですので、支払いできないということであれば、お売りするのは難しい。そこは御了承下さい」


「理解しています。そして貴方の述べられた通り、私やエリクに今現在、支払い能力はありません。ですので、支払いは別の方にお願いしています」


「ほぉ。では、どなたが?」


「ケイルです」



アリアにそう紹介されたケイルは、

憮然として納得できない表情を見せながらも、

リックハルトに頷いて支払いする事を認めた。



「ケイル殿、それで宜しいのですか?」


「ああ、アタシが払うよ。で、今の時期を考えると、荷馬車と馬でどれくらいになる?」


「……そうですな。荷馬車は、数人乗せて雨風を防げる程度の物であれば、金貨十枚ほどで構いません。しかし、荷馬車を運べる馬は高いですぞ」


「幾らだ?」


「最低でも、金貨で千枚。白金貨で十枚ほどは」


「!?」


「冬に入り始める時期も時期で、首都で使える馬を商人達は全て活用している状態でしてな。一匹でも訓練し鍛えた馬は、商人達や傭兵達には貴重です。少し前の時期ならば金貨二百枚でも良かったのですが、今の時期に御購入されるのであれば、これが最低の価格です」


「……」


「正直に申しますが、冬を超え春になり、落ち着いた時期に馬を購入される事を、私はお勧めしておきます。そうなれば、馬も今より安く手に入るでしょう。今は首都を動くべきではないと、申し上げておきます」



真剣な表情で話すリックハルトの言葉に、

ケイルは悩みつつアリアを見た。


アリアはケイルに視線を合わせ頷く。

それに応じるように、ケイルはリックハルトに返事をした。



「荷馬車は金貨十枚。馬は金貨千枚で、購入させてもらうよ」


「宜しいのですか?」


「ああ」


「……そうですか、分かりました。では明日の昼頃、馬と馬車をお持ちして傭兵ギルドに訪れます。その際に実際の荷馬車と馬を見てもらい、御購入の金額に納得頂いた上で、傭兵ギルドを介して御支払いをして頂くということで、構いませんね?」


「それで大丈夫だ。よろしく頼む」


「いえ。それでは、私はこれで失礼を。商会の仕事が盛んになりましたので、中々に忙しい」



席を立ったリックハルトはそう挨拶し、

傭兵ギルドの会議室から出て行った。


疲れたように溜息を漏らすアリアとケイルに、

エリクは不思議に思いながら聞いた。



「どうしたんだ。馬と馬車は買えるよう、手配できたんだろう?」


「ええ。でも、食えないおっさんだわ。大商人リックハルト」


「?」


「こっちの予算を完全に把握した上で、無理な値段を吹っかけてきたんだよ」


「そうなのか?」


「向こうにして見たら、マシラで商売をする上で闘士連中はかなり目障りだったんでしょうね。その闘士の頂点であるゴズヴァールと互角に渡り合った私達が、どうしても欲しかったのよ」


「……つまり、どういうことなんだ?」


「リックハルト……傭兵ギルドも絡んでるのかしら。私達をマシラの首都から出さない為に、上手く留めようとした。そういうことよ」



アリアとケイルが事情を把握しないエリクに説明し、

リックハルトと傭兵ギルドの思惑を話した。


闘士長ゴズヴァールを退けるアリアと、

闘士達のほぼ全てを半殺しにしたエリクを、

マシラ共和国から離れる事を渋った上で、

互いに協力し合い、二人が外に出て行けない状態にしようとした。


時期は秋を過ぎ始め、冬になる。


その中で広大なマシラ圏内を馬も無しに旅をするのは、

流石のアリアやエリクでも辛い状態になるだろう。


それ等の事情を利用した上で、

マシラの首都にアリア達を留め、

そのまま理由を付けて今後も首都に留め続けようと、

傭兵ギルドとリックハルトが手を組んで、

今回の交渉で仕掛けたのだ。



「ケイルの予算も頭には入ってたでしょうけど、金貨千枚を払えると言ったのは誤算だったでしょうね。向こうは」


「だな」



アリアとケイルがそう呟く中で、

エリクは不思議そうに聞いた。



「……ケイルは前の依頼で、金貨を千枚以上は持っているんじゃなかったか?」


「そんなの、お前等を助ける為の経費でほとんど使っちまったよ」


「そうなのか。……すまない」


「別にいいさ。で、アリアの方はいいのかよ。事前の打ち合わせ通り、お前が頷いたから取引したけど。金貨千枚と飛んで十枚、どうやって払うんだ?」


「決まってるじゃない。売れる物を売るのよ」


「売れる物って、その杖か?」


「いいえ。私、こう見えても財テクは得意なのよ」



そう含み笑いを浮かべるアリアを見て、

エリクとケイルは互いに顔を見合わせた。


その日の夕方、

首都の上層にある宝石店に高齢の老婦人が訪れた。


その老婦人は持ち込んだ魔石を売りたいと言い、

幾つかの魔石を鑑定士が受け取り、

鑑定用の魔道具である眼鏡で確認する。

すると鑑定士は驚きの表情を見せて店長を呼び、

持ち込まれた魔石の数々を見せた。


そこには希少で純度の高い属性魔石が十数個もあり、

不純物が限りなく少ない状態で持ち込まれたのだ。


店内の客間に招かれた老婦人は、店長である年配の男声は尋ねた。



「お客様。失礼ですが、この魔石はどちらで手に入れたものか、お尋ねしても?」


「夫の持ち物です。盗品の類では無い事は御約束します。そういった事柄で、貴方達に御迷惑はかけません」


「しかし、これほど純度の高い属性魔石となると、出土する事も稀ですし……」


「少なくともこの場の魔石一つで、最低でも金貨千枚はくだらない。希少属性の魔石もありますので、一つでも最高で金貨三千枚から五千枚にも達する。そうでしょう?」


「は、はい。その通りです……」


「この全ての買取は無理。しかし本音を言えば、全て買い取りたい。そうですね?」


「……何を、仰りたいのですか?」


「この魔石。金貨二千枚で全てを御譲りするというのは、どうでしょうか?」


「!?」



目の前に置かれた十数個の魔石を、

老婦人は破格とも言うべき値で売ると言い出し、

宝石店の店長は驚きを隠せなかった。


しかし驚きの表情はすぐに訝しげな表情へ変化し、

微笑みを浮かべる老婦人に店長は鋭い視線を向けて聞いた。



「……正気ですか。この魔石の価値を御理解しているのなら、ここにある全てで金貨二万枚以上の価値がある事も、貴方には御存知でしょう?」


「はい。それを承知の上での売値を提示させて頂きました」


「……何が目的なのか、御伺いしてもよろしいですか?」


「目的と言えるほどの、大それたものはございません。私共は近々、娘夫婦と共に首都を出ようと思いまして。その際、要らない物は出来る限り売却しております。そして次に移り住む場所での資金にしようと思いまして」


「……」


「しかし今現在、私達には首都を出る為の物入りに必要な資金がやや不足しております。それを補う為に、こちらの魔石を出来得る限り早くお売りしたいのです」


「……なるほど。私共の店に来たのは、即金での売却が目的だと?」


「ええ。他商店や傭兵ギルドでの売却する事も考えましたが、そちらは少なからず査定から売却金を受け取るまで数日は必要です。即金で御支払い頂ける可能性があるのは、リックハルト氏が後ろ盾となっているこの商会が最も信用できると、夫から伺っていましたので」


「……失礼ですが、御主人の御名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」


「残念ですが、お答えする事はできません。夫はそれなりに、有名な方ですので」


「……」


「私を信用できない事は、重々に承知しております。しかし私共にも時間は少ない。こちらでの買い取りを御悩みであり、夜になる前までに売却が不可能であるのなら。残念ですが、今回は縁が無かったということで、私は構いませんよ?」


「……ッ」



老婦人の余裕ある表情と言葉とは裏腹に、

宝石店の店長は厳しくも悩ましい表情を見せる。


目の前にある魔石は正規の手段で売れば、

間違いなく金貨二万枚以上で捌ける。

上手くすれば金貨五万枚以上の価値にも達するだろう。


それが理解出来るからこそ、

店長は目の前の老婦人の提案が艶かしく思え、

同時に不安と恐怖を内在させるものとなっていた。


しかし、この機会を逃せば老婦人との取引は無くなり、

これほどの魔石を格安で手に入れるのは、

何十年という歳月を掛けても不可能だろう。


そして、この老婦人は不自然な程に怪しい。


これほどの魔石を持ち歩きながら護衛や付き人も無く、

たった一人で店に訪れたという。

こんな老人が高価過ぎる品を持ち歩けば、

奪われるような事態に遭った時に対処などできない。


強奪される事を考慮していない程の迂闊者なのか、

あるいは奪われたとしても防ぎ取り返す手段を用意しているのか。

それが分からず目の前の老婦人が推し量れないからこそ、

店長は必死に思考を巡らせ悩んでいた。


そして悩み抜いた結果。

店長は大きな溜息を吐き出しつつ、老婦人に述べた。



「……即金で金貨二千枚、あるいは白金貨二十枚での御支払い。そして売却主の名前は記載せず。出所も記載せず。この条件でならお売りすると、そういう事で構いませんか?」


「そうですね」


「……分かりました。すぐに御支払し、買い取らせて頂きます」


「良かった。ありがとうございますわ」



微笑みを浮かべる老婦人とは対照的に、

店長の疲れた表情が見えつつも、交渉は無事に行われた。


一人で訪れた老婦人には金貨二千枚は持てないという事で、

白金貨二十枚の支払いで魔石は引き渡され、

老婦人は礼を述べて宝石店から出て行った。


その際、店長は二人の私服警備員に命じて、

店を出た老婦人を追跡させた。


しかし老婦人は人通りの多い道の角を右折すると、

まるで消失したかのように姿が見えなくなり、

警備員の二人は老婦人を完全に見失った。




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