羽ばたく為に


アリアの心の翼が折れてから、数日が経過していた。


宿の部屋に引き篭もり始めたアリアは、

始めは食事すら拒否していたものの、

エリクの根気強い対応で少しずつ食事をし始めた。


食べて何度か吐きつつも、

エリクが新しい食事を持ってきて、

心と同時に肉体も弱まりを見せるアリアに、

食べ易い物を選んで部屋に訪れ続けた。


アリアはエリクを拒絶しなかった。

しかし精神状態の回復は見えず、

状況が好転する様子があるのか周囲には分からない。


エリクはアリアの居る宿に残り、

ケイルは傭兵ギルドに赴いていた。

そしてギルドマスターのグラシウスと、

大商人であるリックハルトと面会していた。



「――……アリア嬢の様子は、相変わらずか?」


「ああ。……少し前のあいつを見てれば、まるっきり別人みてぇに思えてくるさ」


「無理もない。彼女が凄腕の魔法師と言っても、我々と比べれば子供のような歳ですからな……」



グラシウスの問いにケイルが答え、

リックハルトがアリアの本質を突いた言葉を呟く。

それに補足するように、ケイルが呟いた。



「それもあるが、あいつの父親が死んだ原因が、間接的に自分が関わってると思ってるからだな」


「どういうことだ?」


「逃げたあいつを追って、あいつの父親が自領の軍兵を駆り出してたんだ。しかも精鋭のな。そのせいで王国の侵攻に対応が遅れた挙句、不十分な準備のまま戦争が始まって、反乱を起こされた段階で包囲を破る事も出来ずに逃げの一手しか打てなくなった」


「……」


「だからアリアは、父親が死んだ原因は自分にあると思ってる。そう思ってるからこそ、帝国に戻るって言葉も自分で出せないし、旅を続けるって言葉も出せない。……詰まるとこまで詰まって、どん詰まりに自分で追い込んでるんだ」


「なるほどな……」



グラシウスとリックハルトは事情の一端を理解し、

塞ぎ込んでしまったアリアの精神的衰弱の理由を理解した。


それを承知しているケイルは、それでも言った。



「アタシやエリクとしては、アリアに立ち直ってもらわなきゃならない。旅を続けるにせよ、帝国に戻るにせよ。このままで良いはずがないからな」


「俺等としても、アリア嬢があのままじゃあなぁ……。だが、どうやって立ち直らせるんだ?……俺が言えた義理じゃないが、あの取り乱し様は、結構やばいんじゃねぇか?」


「今回の騒動で、相当な精神的疲弊を起こしていたのでしょう。直接の関係が無い我々でさえ、相当に参りましたからな……」



アリアを立ち直らせると告げるケイルに、

グラシウスとリックハルトは難しいと意見を述べた。

その中でケイルは瞼を一度だけ深く閉じ、

鼻で息を吸って深呼吸をした。


再び瞳を開けたケイルは、

アリアを立ち直らせる案を話した。



「グラシウス、リックハルト。元老院に接触して、アタシをマシラ王と謁見できるように取り計らってくれ。手間賃や、必要なら依頼金を出す」


「それは、構わないが……」


「第四席である闘士の貴方なら、我々を介さずとも、元老院に許可を取り付けるのでは?」


「残念だが、アタシはもう第四席のケイティルじゃない。ケイティルだとしても、今回の事件責任で第四席は除名されてる。今のアタシじゃ、マシラ王どころか、元老院も取り成してくれないだろうさ」


「なるほど。では、謁見が行われるとして、マシラ王とどのような繋がりを築きたいと?」


「繋がりなんて大層なもんじゃない。ただ、とある名前を使う。その名前なら、マシラ王はアタシを無視はできないはずだ。……アタシ的には、使いたくはない策だけどな」


「そうなのですか。しかし、マシラ王と謁見して、どうやってアリア殿に立ち直って頂くのです……?」



尋ねるグラシウスとリックハルトの言葉を受け、

ケイルは意思の強い黒い瞳を見せながら、答えた。



「あいつが死者を思い続けて動けないなら、その死者にどうにかしてもらおう」



そう告げたケイルの言葉を受け、

グラシウスとリックハルトは思い出したように思考を閃かせ、

ケイルが話す内容を理解した。


グラシウスとリックハルトはケイルの依頼を受けた。

そしてケイルがマシラ王と謁見できるよう、

各々が動きを見せ始める。


そして、ケイル自身も宿に戻り、

アリアが居る部屋の隣で待機していたエリクを尋ねた。



「エリク」


「……ケイル」


「アリアの様子は?」


「……」


「変わらず、か」



アリアの様子に変わりがない事を話す中で、

顎に力を込め厳しい表情を見せるエリクが、

ケイルに対して静かに尋ね聞いた。



「……ケイル。俺は、どうしたらいい?」


「どうって?」


「俺は、アリアを助けたい」


「……」


「だが、俺の力でアリアを助けられない……。それは、分かっている」


「エリク……」


「俺は、弱いままだ。今も、アリアを守れてはいない……」



エリクはそう呟くように聞き、

今の状況で自分が何もできていない事に弱音を吐いた。

初めて弱音を見せるエリクにケイルは驚きを見せつつも、

同時に鋭い視線と拳をエリクに突き立てた。



「ッ」


「お前まで弱ってんじゃねぇよ」


「……」


「お前はちゃんと、自分の仕事をしてるっての。依頼人の心まで用心棒が守る必要はねぇだろ」


「……」


「それとも、お前は守りたいのか。アリアの心も?」


「……ああ」


「……まったく。こっちもそっちも、嵌め合うようで嵌め合わねぇな。入り込めるのか入り込めねぇのか、分からねぇぜ……」


「?」


「アタシの話だ、気にすんな。……エリク。一つだけ、アリアを立ち直らせる方法があるかもしれない」


「!」



大きな溜息を吐き出しつつも、

ケイルはアリアを立ち直らせる為の手段をエリクに教えた。


それを聞いていたエリクは、

途中で難しそうな表情を見せながらも、

ケイルの根気強い説明で、エリクはその手段を理解した。



「……上手く、いくのか?」


「アタシにも分からない。アリア次第だ」


「……」


「だが、このまま引き篭もられ続けてもしょうがない。進むなり戻るなり、アリア自身に決めてもらわなきゃいけない」


「……」


「アリアが進むことも戻ることも出来なくなってるってんなら、仲間のアタシ達が動かしてやるしかないだろ」


「……俺は、どうすればいい?」


「今と同じように、アリアの面倒を頼む。宿から出て行ったりはしないだろうが、自分を追い詰めすぎて自殺でもされたら敵わないからな。それは絶対に、阻止してくれ」


「分かった。ケイルは、どうする?」


「アタシは、マシラ王と交渉する」


「……大丈夫か?」


「ああ、アタシを信じな」



そう告げて部屋を出て行くケイルの背中を見て、

エリクは呼び止めるように声を掛けた。



「ケイル」


「ん、なんだ?」


「ありがとう」


「!!」


「ケイルが居てくれて、よかった」


「――……ば、馬鹿。仲間なんだから、当たり前だろ。じゃあ、行くからな」


「ああ」



ケイルは赤面した顔を隠しつつ、

軽く手を扇ぎ振って部屋から出て行った。



「……さて。アタシも覚悟をしなきゃ……」



そう呟きながら宿を出たケイルは、

マシラ王との謁見の為にグラシウス達と合流して準備を進めた。

そんなケイルに感謝をしつつ、

エリクはアリアの面倒を見続けた。


この事態にケイルを中心とした人々が、

折れたアリアの心の翼を再び羽ばたかせる為に、

行動を開始し始めたのだった。




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