【完結】虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました

東港町ポートイースト

　東港町ポートイースト。

　ガルミッシュ帝国の植民領から南東、ベルグリンド王国の南西に位置するこの町は、両国の中でも独自の自治体制を築いている。

　両国の領事館が設置されているが、軍が常駐しているわけではない。

　基本的に両国や外国の植民達によって成り立つ東港町は、東西南北の様々な港から船を招き寄せ、物流的にも人為的にも激しい出入りが行われている。

　その立地によって港の規模も北港町や南港町より遥かに大きく、町の人口も三千人強と非常に多い。

　様々な人種の人々も行き交う東港町には、帝国領には無い独特な雰囲気が漂っていた。

　そんな港町にアリアとエリクは辿り着き、既に町中に入っていた。

「……アリアがくれた魔石を持っていたら、本当に入り口を通れたな」

「ふふん。その魔石には、持ち主の姿を他の人から違うように認識させる闇属性の魔法が掛けてあるの。今のエリクは、赤毛で体格の良い少し若いお兄さんに見えてるわよ」

「そうなのか。君は……黒髪と褐色肌。樹海の時のままか」

「そうよ。特徴を変え過ぎると怪しまれるから、微妙に細部を変えたの。ただエリクの場合、図体と見た目だけで完璧に王国傭兵のエリクだって分かるから、一新して変えておかないとね。この町は色んな国の人達や人種が行き交う分、多少不自然な様相になっても、誰も気にしないのが最高ね」

「そうか。そういうところは、君に任せる」

「はいはい、任されました」

　町に入る際の検問を偽装した魔法で突破した二人は、上流貴族や商家の者達が利用しそうな区画から離れた下町の酒場で食事をしながら、そんな話を繰り広げていた。

　久し振りに味わう温かい食事に感謝しつつ、アリアは美味しそうに料理を食べる反面、黙々と食べるだけで反応しないエリクは目の前に出された料理を平らげて、周囲の様子を見た。

「……今度は、大きな宿屋には行かないのか？」

「うん。入るには魔法師の首飾りを見せる必要があるし、見せたら速攻で帝国兵が飛んで来そうだから」

「それじゃあ、今日はこの下町の宿屋に泊まるのか」

「うん。こういう酒場と宿屋が兼ねられてるらしいから泊まりたいんだけど、どう泊まるんだろ。エリク、知ってる？」

「いや、知らない」

「そっか。どうしよっか」

　宿屋を兼ねた酒場に辿り着いた二人だが、高級宿屋と比べて受付が無い酒場を見て、どう宿に泊まれるのかを探るアリアと、宿の泊まり方など今までやった事がないエリクが、食べ終わった食器皿を囲みながら悩んでいた。

　その食器を片付ける為に来た給仕の男を見て、エリクが声を掛けた。

「すまない」

「あ、はい。追加の注文かい？」

「いや。この店は宿も兼ねていると聞いたんだが、受付をどうすればいい？」

「ああ。それならマスターに言えばいいよ。ほら、あそこでやってる親父さんだ」

「そうか。ありがとう」

　そんなさり気ない会話を行ったエリクに、驚きの視線と表情を向けたアリアがいた。

　給仕の男性を見送ったエリクが、アリアのその顔と直面した。

「どうしたんだ？」

「エリク、貴方……」

「ん？」

「あ、いや。そうよね、聞けば簡単だったのよね。……でも、エリクが自分からそれをするなんて、驚いたから」

「そうか。実は、俺も驚いている」

「え？」

「つい、俺が聞いた方が良いと思ってしまった。だから、聞いてみた」

　エリク自身でも予期しない行動だったと聞き、対面するアリアは驚きながらも微笑み、手で頬を抑えながら笑って告げた。

「……エリク。やっぱり貴方、成長してる」

「俺が、成長？」

「言葉もそうだけど、人との接し方とか、自分で起こせる行動の選び方とか。そういう自分の幅を広げていってる。それを成長してるってこと」

「そうか。俺は成長しているのか」

「と言っても、貴方の戦闘面での熟成度は、私とは比較にならないくらい成長しきってるけどね。でも私だって、いつかエリクを驚かせるくらい成長して見せるからね」

　手の平を返しつつ人差し指を向けたアリアは、エリクに微笑みながらそう告げた。

　しかしそれを、エリクは目線を逸らしつつ呟き返した。

「……そ、そうか」

「ちょっと待って。なんでそこで言い淀んだの。こっちを見て答えなさい」

「いや。君はもう十分、立派だと思ったんだが」

「樹海での事、まさか忘れてないわよね？」

「うっ」

「一度、本気で手合わせして欲しく模擬試合をお願いしたら、魔法も打たせずに一秒も経たずに制圧されたわ。まだ覚えてるし、根に持ってるんだからね」

「す、すまない。隙だらけだったから」

「……そう。隙だらけに思えるくらい、私が未熟だったってことよね」

「い、いや。そういうワケでは……」

「絶対、絶対にエリクには、いつか戦闘でも私の成長に驚かせてやるんだから!!」

　そう悔しがるアリアは席を立ち、給仕の男性に聞かされたマスターの元へ行き、宿の部屋を確保しに向かった。

　そんなアリアを見送ったエリクは、口元を微笑ませながら立ち上がり、アリアの後を追うように付いて行った。

　その二人が気付かない中、酒場の中に居る一人の客が小言で呟いた。

「……エリク……？」

　アリア達とは違う茶色の外套を羽織った男がそう呟き、呑んでいた酒代分を置きつつ、宿を借りたエリクとアリアを見送ると、そのまま酒場を出て行った。

　この時のエリクは、その男に気付けなかった。