烈火の猛将 (閑話その四)


 再集結を果たしたローゼン公爵配下の二千名の内、手練を含んだ精鋭を選んで五百名まで絞り込んだ。

 その中に魔法師を含ん状態で陣形を組み、樹海の奥深くへと入り込んだ。

 それを指揮するのは、アリアの父親であるローゼン公爵自身。

 奥へ入る中で幾度か集落らしき村を発見したが、人影は無く食料や物品等もほとんど持ち出された状態で、村付近に罠があるのではと勘繰ったローゼン公爵は、村を無視して進軍するように告げた。


 そんなローゼン公爵率いる大部隊があの遺跡の町へ辿り着いたのは、樹海へ侵攻してから更に数日後。


 数百年以上前の遺跡の発見は魔法師達に驚きを見せたが、魔物や魔獣との連戦と限られた人員と兵糧で侵攻して来た配下の休息の為に、ローゼン公爵はその遺跡の町で兵士や配下を休ませた。

 その際、既に兵士達に異常が見えていた。


「発熱か?」


「恐らくは、毒でしょう。病状を見せる者の体の各所に、赤い腫れが」


「……この傷跡、吹き矢の類だな」


「はい。安易に回復魔法で回復してしまえば、傷口から何が原因なのか、分からないところでした」


 医療系魔法師とローゼン公爵が話し、幾数十人の兵士達を苦しめる原因を判明させた。


 それはセンチネル部族の族長ラカムが扱う、非常に小さな針に毒が塗られた吹き矢。

 一時の間、アリアを苦しめた毒の原因だった。

 同じモノに苦しめられる兵士達は、熱に苦しむ中で医療班に介護され、下位と中位の解毒魔法で治癒させていく。


 しかしアリアのようには完全な解毒まで行えず、本格的な治療を行うには戻るしかないと判断され、完全な治癒を施せないままだった。


「なるほど。奴等の狙いは、毒による足止めと、我等の物質的・肉体的・精神的疲弊が目的か」


「閣下……」


「敵を誘き出すぞ。消耗戦は、こちらが不利だ」


「どのように、なさいますか?」


 そう配下に話すローゼン公爵は思案を巡らせ、一つの誘導策を思い浮かぶ。

 それは安直ながらも、森の部族には効果の高い作戦だった。


 ローゼン公爵は遺跡を解体するように、各魔法師達と兵士に命じた。

 魔法師達からは反対の声も出たが、重要な部分を見極めた後に重要部分は残し、極力どうでもいい部分を解体するようにと、そう魔法師達に納得させて命じた。


 そして遺跡の町が目立つ音を立てながら兵士達に解体される姿を見せると、森に潜む者達の息が荒くなる気配が漂う。

 それを視線として感じるローゼン公爵は、ニヤリと笑って森に向けて笑った。


 森の部族達は人や物を引き払いながらも、自分達が住む集落や村を荒らせば、意思を持つ者であれば怒るのは当然だった。

 その中でも特に象徴的な遺跡の町を破壊すれば、森の部族達の怒りが高まる。

 未開の部族の誇りを汚すのが、最も効果的な誘き出し方だという事を、ローゼン公爵は戦術として選んだ。


 そうして遺跡の町を破壊する光景が二日間に渡って継続した時。

 ついに森の部族達が強襲してきた。


「ついに痺れを切らしたか。我が兵達よ、森に棲む部族を討伐せよ!!」


「オオォォオオッ!!」


 センチネル部族を始めとした各勇士達と、ローゼン公爵率いる配下の兵士達との戦いが、ついに幕を切った。

 熟練の兵士達と壮年の勇士達が相対し、若い兵士達と若い勇士達が競り合う中で、ローゼン公爵直々に前線に出ながら、各部族の勇士達を相手に猛然と槍を振るった。

 金色の長い後ろ髪と鋭い碧眼を光らせながら、歯を見せつつ鬼気とした顔を浮かべたローゼン公爵が、かつての武勇をそのままにした形として、相対した部族の勇士達を薙ぎ倒していく。


 そうした中でローゼン公爵が見たのは、幾人かの実力を持つ勇士達の姿。

 その中には巨体を生かした大男が丸太のような棍棒を持ち、兵士達を殴り飛ばす姿が見えた。

 そして石刃の付いた棒槍を使い、兵士達を造作も無く薙ぎ倒す槍使いの歳若い女の姿。


 それを見たローゼン公爵が意識したのは、大男の方ではなく、歳若い女の方だった。


「お前達は大男をやれ。私は、あの女とやる」


「畏まりました。どうぞ、お気をつけて」


「ああ、まるで若い頃のメヴィアを見ているようだ。久し振りに、腕が鳴るな」


 引き連れていた配下の幾数人が大男の方へ向かい、今まで猛威を奮っていた大男を足止めに入った瞬間、周囲の敵を全て打ち倒した棒槍使いの歳若い女の前にローゼン公爵直々に歩み寄った。


 その気迫に気付いた歳若い女が、咄嗟に身構えて棒槍をローゼン公爵に向けた。

 そしてローゼン公爵は鬼気とした笑顔と共に、互いに槍を向け合った。


「その身のこなし。歳若いが、君がこの部族の総大将と見受ける。違うか?」


「……アタシは、部族の中で一番、強い」


「ほぉ、まだまだ不慣れだが、綺麗な帝国語だ。誰に習った?」


「貴様には、関係無い」


「もしや、この森を通った男と女の二人組に習ったか?」


「……」


「図星か。その二人は何処に居るか喋ってはくれないか。そうすれば、お前達の森から引き、我々はそちらを追う」


「断る」


「……そうか。では問答はコレくらいにしよう。帝国領公爵家当主、クラウス=イスカル=フォン=ローゼン。推して参ろう」


「……センチネル部族、パール。頭の貴様を潰せば、勝ちだ」


 笑顔を向けていたローゼン公爵が、途端に冷たく鋭い視線と気迫を向けた事に気付き、パールは棒槍を力強く握り締めて互いに気迫と名乗りを押し付けあった。

 周囲の音が消えるように二人の気迫が満ちると、素早く飛び出した二人が槍を突き合った。


 それから十数分の間。

 パールとローゼン公爵は槍を打ち合った。

 凄まじい突き合いと薙ぎ合いが周囲に響き、轟音にも近い風を切る音が響き合う。


 パールの棒術と素早さで織り成される巧みな動きと、ローゼン公爵の豪槍と半歩引く間合いの掴み方で、二人は一進一退の攻防を繰り広げていたが、先に身を引き始めたのは、ローゼン公爵だった。


「『もらったッ!!』」


「グゥッ!!」


 ローゼン公爵に怯みが見えた瞬間、一気にパールの棒を縦横無尽に叩き打ち、ローゼン公爵は全身に棒を受ける形となった。

 苦痛を漏らす声に勝利を確信したパールだったが、頭や頬から血を流すローゼン公爵が青い瞳を光らせながら、とある言葉を呟いた。


「――……『我が身に宿りし炎の鎧フレイムメイル』ッ!!」


「『まさか、コイツも魔法を!?』」


 相手を叩いた棒槍の箇所が突如として燃え出し、思わず熱さで槍から手を離したパールが、ローゼン公爵を見ながら驚かされた。

 元々から身に着けていた纏う鎧とは別の、赤く燃えるような炎をローゼン公爵は身に付け、自分の身を守ったのだ。


 丈夫な樹木で出来ただけの槍では、あの炎の鎧に対抗する事が難しいと判断したパールは、その場に落ちている兵士達の鉄槍を足で拾い、中空に投げ放ちながら掴み直した。


「私に炎の鎧コレを使わせるとは。……メヴィア以来だ、これほどのワクワクは」


「……アタシは、勝ってみせる。二人に約束した。もう二度と、掟にも、誰にも、負けはしないと……ッ!!」


「!!」


「今度はアタシが。アタシ達が、アリスを守る番、ダァ!!」


 そう拙い帝国語で吼えるように叫び、鉄槍を持ったパールが四足獣を思わせる構えを見せ、瞬発力を高めた突進を見せた。

 鉄槍を突き構えたパールの突進は、間違いなくローゼン公爵の胸を貫いた。

 しかし、鉄槍はローゼンの体を貫くより先に、身に纏われた炎の鎧で溶かされた。


「『グ、アァアッ!!』」


 そして炎の鎧の影響で右手に大火傷を負ったパールは、飛び退きながら引こうとした瞬間、ローゼン公爵が薙いだ槍に横腹を直撃させられた。


「――……グッ、ァ……」


「私の勝ちだ。若き戦士よ」


 槍で薙がれたパールの身体は横へ吹き飛び、地面を削りながら停止した。

 歩み寄ったローゼン公爵自身が気絶したパールの様子を確認すると、周囲を見回しながら戦況を確認した。


 戦況は勿論、ローゼン公爵配下の兵達が有利。


 勇士の数は百名にも届かない中で、ローゼン配下の兵士は五百名を越え、その中には魔法師も含まれており、幾多の魔法を使う魔法師の存在に多くの勇士達が驚かされ、各々が不意を突かれた。


 丸太の棍棒を振り回す大男の勇士ブルズも取り押さえられ、多くの勇士達が物理的にも魔法的に拘束され続けた。

 他にも戦いに参加していた族長ラカムを始め、多くの勇士達が捕えられる事となる。

 こうしてローゼン公爵配下の私兵達と、センチネル部族を始めとした森の勇士の戦いは、森の勇士達の敗北と捕縛によって、決着を終えた。

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