温泉と伝承
森の生活に入ったアリアとエリクは、約三ヶ月の時間を過ごしていた。
アリアはパールとの模擬試合を重ねて、体術や剣術の実力を積み重ねていく。
まだまだパールに劣りながらも、巧みな剣術と魔法の連携攻撃を行い、パールを相手に健闘を見せていた。
エリクは淡々とした表情と様子ながらも、各部族の勇士を相手に模擬試合を重ねて行き、勇士達の実力を高める事に役立っている。
エリクに打ちのめされた勇士達は、アリアの回復魔法によって回復させられていくと、各部族の勇士達の中で順調にアリアは功績を重ね、神の使徒アリスの熱狂的な信者が増やしていった。
そうした樹海生活を送る中で、アリアはパールに連れられて、山を縄張りとする部族の下に赴き、温泉が湧き出る場所まで来ていた。
各部族の中で特に女性達人気がある場所であり、それが目当てでここの部族の勇士に娶られる女勇士もいるほどに、温泉が出る地域の部族は人気があるらしい。
観光にも似た気分で訪れたアリアは、パールに導かれながら服を脱ぎ、温泉の中へ身を投じていた。
「あぁ~~……生き返る~……」
「『アリス、気持ち良いか?』」
「『うん、もう最高!』」
「『そうか、なら良かった』」
久しぶりの湯浴みを楽しみ微笑むアリアに、パールは喜びつつ自分も温泉を堪能する。
歳若い二人の他にも、それぞれの部族達の女性勇士が尋ねた温泉には、老若関わらず様々な女性達が温泉に浸かっていた。
特に目立つのはアリアであり、周囲の褐色肌の中で異質な白い肌と金色の髪が、他の女性達からも目を引くように見られている。
特に注視しているのが女勇士のパールであり、アリアの裸を鋭い眼光で凝視しているが、油断しているアリア本人は気付いていない。
ふと、そんなアリアが思い出したように、パールの方に目を向けつつ聞いた。
咄嗟にパールは視線を別方向へ向けつつ、平然と返事に答えた。
「『そういえば、ここって男女混合の温泉なの?』」
「『いや、男は向こう側にある。女はこっちだ』」
「『へぇ、ちゃんと男と女専用に別れてるのね』」
「『男の勇士には、それ相応の温泉が用意されている』」
「『男の勇士、専用?』」
「『あっちの温泉は、こっちの温泉より温度が高い。だから男の勇士は、我慢比べをするんだ』」
「『何それ。それって入りたがる男達は多いの?』」
「『ああ。試しに入る者も多い。私も幼い頃に入った事があるが、全く入れなかった。今でも入れる気がしない』」
「『へぇ、それって逆に、男の勇士はほとんど来ないんじゃない?』」
「『普通の温泉も勿論ある。そっちに入る男達は多いよ。話だと今日は、ブルズも来ているはずだ。熱い方の温泉に十数分以上浸かれる、唯一の男勇士だ』」
「『えっ』」
そんな事を聞いてしまったアリアは、男の勇士が入る温泉へ入っていったエリクを心配した。
一方、エリクは温泉に首まで浸かって温まっていた。隣にブルズが入りながらだったが。
「……」
「『……ぐぬぬ……』」
何事も無いように入り続けるエリクに対して、顔をやや熱で染めるブルズが苦しみの声を漏らす。
熱湯を諸共しないエリクの様子に、ブルズは苦悩とも苦痛とも言える表情を向けるが、エリクは特に気にする様子は見せずに、そのまま一時間以上の入浴を行った。
一時間後。
その場にブルズが茹蛸のように赤くなり、妻達に前を隠されつつアリアに二度目となる治癒魔法を掛けられたのは、ブルズにとっては恥ずかしい話となってしまった。
そうなる事を予期していないアリアは、温泉の中でパールが口にする話題を話していた。
「『アリス、一つ聞いてもいいか?』」
「『なに?』」
「『前にも聞いたが、お前はエリオの事が、男として好きじゃないのか?』」
「『前にも言ったでしょ、違うわよ。エリオは私にとっては旅をする
「『しかし、以前に私と婚儀を交わした事を知った時に、怒っていただろう。それに、必死にエリオと私の婚儀を取り消そうとした』」
「『あれは、貴方の父親の狡猾さに怒っていただけ。それに婚儀を取り消そうとしたのも、私達の旅に支障が出ると思ったから。それだけよ』」
「『本当に、それだけなのか?』」
「『ええ。そうよ』」
「『そうか。なら、良かった』」
安心するように呟くパールの言葉を聞き、アリアは卑しい顔を見せつつ、今度はアリアからパールに訪ねた。
「『そういうパールこそ、エリオの事が好きなんじゃないの?』」
「『えっ、どうしてそうなる?』」
「『だって、この間も同じような事を聞いてきたし。本当は婚儀を結んだまま、夫婦で居たかったとか?』」
「『違う。違うぞ』」
「『本当かなぁ?』」
「『本当に、違うんだ!』」
「『分かった、分かったわよ。そんなに怒って否定しなくてもいいから』」
「『ア、アタシは、その……も、もういい』」
そう言い含めた状態でアリアに目を向け、頬を染める姿を見せるパールの様子に、アリアは温泉の熱から来るものだと思い、気付かなかった。
機嫌を損ねさせたと勘違いしたアリアは、パールに謝りつつ話した。
「『ごめんって。……私ね、友達が居なかったの』」
「『?』」
「『小さな頃から、パーティとかには出されてたんだけど。同い年の子供達は、私はローゼン公爵の娘だからって、才女だからって。失礼が無いようにって親に言い含められててね。友達になろうって言っても、皆は一歩引いて接してきて、私が思う友達になれなかったんだ』」
「『……』」
「『私から近付いて行くと、その子が私に取り入ろうとしているって、悪い噂が立ったりして。……だから、パールみたいに女の子同士でこういう話するの、初めてなんだ』」
「『……アリス……』」
「『だから、その。嬉しくて、ついからかいたくなっちゃって。……ご、ごめんね?』」
「『……アタシは、怒ってないよ』」
「『そっか、良かった』」
そうした会話を行いながら、アリアはパールの思いを勘違いしつつ、パールもアリアに対する思いを隠したまま、温泉を楽しむことになったのだった。
それからパールはアリアとエリクが話す帝国語を習得し、帝国語で二人の会話に混ざるように入ってくる事が多くなった。
エリクも何かと突っかかるブルズをあしらいつつ、森の日常へ馴染みつつあった。
そうした中でアリアが最も好んだのは、遺跡内に描かれている壁画や秘跡の調査だった。
パールを伴ったアリアは、エリクを当然の様に付随させながら、色んな遺跡と伝承に関する事を聞いた。
「『ねぇ、パール。神の業に対する知識とか、神の使徒とか、過去に起きた災厄の事とか、どういう風に貴方達は伝承として残してるの?』」
「『基本的に、親から子へ伝えていく。一族の長が一族全てに教える事もある』」
「『へぇ。だったら、この壁画に描かれている赤い瞳の女の子の事は、どう伝わってるの?』」
「『その赤い瞳の女性が地上に居た神の使徒達を伴い、天に昇ったそうだ。そして天上に住まう神と対峙し、神の使徒達と共に大地を救ったらしい。どうやったかは分からないが、大地を救った代償として赤い瞳の少女は長い眠りについたそうだ』」
「『長い眠りって、死んだってこと?』」
「『分からない。だが、既に何百年以上も前の伝承だ。本当に眠りについていたとしても、死んでいるだろう』」
「『……ううん。例えば赤い瞳の女が魔族だったら、まだ生きて寝ている可能性も高いわね。壁画の女の子は、長い耳をしてる。多分だけど、エルフ族のアルビノだったのよ』」
「『魔族、エルフ、アルビノ?』」
「『知らない? 私達とは異なる姿だけど、文明や文化を残し続けている種族達よ。エルフはその中でも知名度が高い魔族の代表種族なの。特徴的に言えば、私みたいな金髪碧眼の種族よ』」
「『なるほど。それで、アルビノというのは?』」
「『アルビノっていうのは、そういう種族から異なる色を宿して生まれた子のこと。異なる髪の毛や瞳を持って生まれた、特殊な生まれを指して言うのよ。特にアルビノの個体は、強力な潜在能力を秘めていると言われているわ』」
「『確かに、そんな者達もいるとは伝承に残っているが。本当に実在しているんだな』」
「『まぁね。ただこんな赤い瞳で銀色の髪があるエルフ族なんて、かつて人間大陸で人間達を滅ぼそうとした魔王ぐらいしか伝承は残ってないの。まぁ、こっちは人間大陸の中でも端の方で、魔大陸からは全然遠いから。魔族なんて滅多に見れないし、文献もほとんど外国の物だけなんだけどね』」
そんな会話を繰り広げながら、遺跡探索を楽しむアリアにパールは付き合い、エリクは暇そうにしながら赤い瞳が栄えて描かれた少女の壁画を見た。
その赤い瞳に言い知れぬ何かを感じつつも、エリクはアリアに視線を戻した。
そして二人が森の滞在して約五ヶ月目。
安穏とした森での生活は、とある来訪者達によって終わりを告げた。
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