娘達の友情
激しい舌戦交渉を制したアリアがエリクに勝利を報告した。
「交渉完了よ。貴方とこの子は決闘が終わるまでは夫婦だけど、終わったら離婚。その間に二人の間で何もしなくて大丈夫。分かった?」
「あ、ああ。分かった」
「あっ、でもそうなると。エリクは決闘が終わったら、自動的にバツイチになっちゃうのね。その辺は大丈夫?」
「バツイチとは、どういう意味だ?」
「ああ、分かってないなら大丈夫ね」
微笑みつつ生暖かい視線を流し、アリアは族長の娘であるパールへ顔を向けた。
パールはアリアを凝視しつつ、驚きと呆然が混ざる顔を見せていた。
「『これで貴方も、エリオの子供を産まずに済むわよ。やることやったら、私達は出て行くから』」
「『……お前の名前をもう一度、教えてくれ』」
「『私? アリスよ。本当はもっと長い名前だけど、アリスで良いわ』」
「『……アリス、お前の名前は忘れない。感謝する』」
「『いいわよ、別に。好きでもない男と結婚させられて、嫌いな男の子供を産むなんて嫌よね。分かる、分かるわ』」
パールに感謝されたアリアは、互いに似た境遇に共感性を持ったようで、頷きながらパールに笑顔を向けた。
そんなアリアが次に行ったのは、パールとエリクの互いに対する仲裁だった。
「『パール。このエリオって男は、私が雇ってる傭兵という戦士。貴方達風に言えば、勇士で言いのかしら?』」
「『森の中で強き者を、アタシ達は勇士と呼ぶ』」
「『この男は粗野で乱暴そうに見えるけど、貴方達の言葉や風習を理解していないだけで、敵対しなければ特に何もしないし、貴方を自分の女にしようなんて思わないわ。仲良くしろとまでは言わないけど、決闘が終わるまで私とエリクがここに居る間、あまり邪険にしないでほしいの』」
「『……アタシは、どの部族の勇士を相手しても、負けた事が無かった。しかし女の勇士だからと、掟で決闘にさえ出させてもらえない。そうした中で、その男に負け、その男の妻にさせられた。それが、凄く嫌だった……』」
「『そっか、負けて悔しかったのね。私も分かるわ。誰にも負けた事が無いのに、自分じゃ抗えない掟の中で生きるのが窮屈で、そして掟に負けるような感覚。凄く分かる』」
「『掟に、負ける?』」
「『そうよ。人間はどこもかしこも、掟という
「『自分を曲げ、心を折ることが、掟に負けること……』」
「『その辺って、難しいよね。分かる分かる』」
「『……アリス。お前も掟に負けたことがあるのか?』」
「『負けまくりよ。そして自分では逆らえない
そうして笑みを浮かべたアリアが、体を動かし力の入らない身体で立ち上がろうとする。
エリクは驚きながら止めようとしたが、それを目で止めたアリアの視線に気付き、エリクは止めずに支えるように腕を貸した。
そして立ち上がったアリアはパールと向かい合い、握手を求めるように右手を差し出した。
そのアリアにパールは不可思議な表情を向けた。
「『何を、している?』」
「『握手。私達の文化で、友好を示す為に使う行動。お互いの手を握り合う挨拶なの』」
「『挨拶……』」
「『私はアリス。お互いに掟に負けないように、そして心を折られないように、頑張りましょう』」
「『……パールだ。アリス、お前には感謝を。そして言葉の槍にて父を仕留め、アタシを掴むことに成功した事に、敬意を』」
アリアの差し出した手にパールは応え、互いの右手が触れ合い握り合う。
互いに境遇は違いながらも
この事をきっかけに、センチネル族の族長の娘パールと、帝国のローゼン公爵令嬢だったアリアは、友と呼べる仲へとなった。
こうした一波乱ありながらも、倒れたアリアが二日間を要して自身に魔法を掛けて解毒し、外に出歩ける状態にまで体調を戻した。
そしてその傍にはエリクと共に、アリアと楽しそうに話すパールの姿が見え、センチネル族の殆どが驚きの顔を見せた。
「『――……アリスは、その男の妻になるのが嫌で、逃げて来たのか?』」
「『そうよ、でもただ逃げただけじゃないわ。あの馬鹿男を潰す為に、徹底的に工作もしたわ!』」
「『工作というのは、罠のことか。容赦が無いんだな、アリスは』」
「『当たり前よ。私が十年以上、あの馬鹿の馬鹿に付き合わされたせいで、どれだけ苦労したか。それを考えたら、あのくらいの仕返ししないと、私だけ逃げただけじゃ、絶対に満足できないわ!』」
「『そんなに嫌だったら、始めから断ればよかったんじゃないか?』」
「『無理よ。お父様も叔父様も、意地でも私を国に縛って、あの馬鹿皇子の正妃にして支えさせようとしてたのよ。私が嫌な素振り一つでも見せたら、結婚式を終えるまで家で軟禁させられてたわ。だからずっと、従順な羊の皮を被って良い子ちゃんをしてたのよ』」
「『そうか。アリスも苦労したんだな』」
「『貴方もね、パール』」
件の
そうした二人と遅れて付いてくるエリクは、センチネル族の集落規模の村を見ながら、アリアから決闘に関する話題が出された。
「『ところでパール。聞きたい事があるんだけど』」
「『ん?』」
「『エリオの決闘だけど、具体的に何をやるか知ってる?』」
「『決闘は、各部族を代表する男の勇士が、素手で戦う。倒れて起き上がれなかった方が負ける』」
「『えっ、武器とか防具とかは?』」
「『武器も防具も決闘で使うのは掟で禁止している。男の勇士が自分の鍛えた肉体のみで勝利するのが、決闘の条件だ』」
「『素手同士って、凄い泥沼な戦いになりそうね。起き上がれないって、気絶したら負けってこと?』」
「『普通はそうだ。だが、相手が勝利を認めない場合は、そのまま続くこともある』」
「『……それって、相手次第だと殺すまで殴り続けたりするってこと?』」
「『ああ。特に今回の相手になるマシュコ族の族長は、獲物を痛め付ける事を楽しむ男だ』」
「『そんな男を相手に、エリオを戦わせようとしてたわけね、貴方の父親は』」
「『……アタシが男の勇士なら、マシュコ族との決闘に出ていた。でも……』」
「『女の勇士は出られない、か。難儀な決まりだけど、素手同士の殴り合いだと、確かに女側は不利よね。体格が違うもの』」
「『そんなことはない。アタシは素手でも男の勇士に勝てる!』」
「『と言っても、私はパールの実力を知らないもの。……そうだ、良いこと思いついた』」
決闘の話を聞いたアリアは、何かを閃くと同時にエリクへ振り返る。
会話の内容が全く分からないエリクだったが、やっとアリアが理解できる言葉で話し掛けた。
「エリク。決闘の話をしてたんだけど、武器や防具は無しで戦うんですって。そして相手が立ち上がれなくなったら勝ちらしいわ」
「そうか、分かった」
「それでね。本番の決闘の前に、ここの皆に貴方の事をお披露目しておきたいの」
「お披露目?」
「ここの皆の視線を感じる限りじゃ、貴方に不安があるというより、不満がある感じじゃない? それを払拭しておきたいの」
「どうするんだ?」
そう聞いたエリクに微笑みを向けたアリアは、再びパールに顔を向けて話した。
「『パール、この村に決闘が出来る場所はある?』」
「『ああ、ある。村の中央が広い』」
「『なら、そこにセンチネル族の皆を集めれるだけ集めて欲しいわ。勿論、族長も連れてね』」
「『何かするのか?』」
「『ええ。パールも言ってたじゃない。エリオと再戦したいって』」
「『!』」
「『エリオとパール。二人の決闘を、皆に見て貰いましょう』」
そう微笑み伝えるアリアに、パールは口元を僅かに吊り上げ、エリクを一瞥した後に頷いてみせた。
こうしてパールが願っていたエリクへの再戦は、決闘本番前の模擬試合で行われる事となった。
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