黒鴉

黒猫時計

プロローグ

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 都会の夜は眠らない。

 いったい誰が言い出したことだろう。しかし言い得て妙かな。まさにその通りだった。

 昼は行き交う人や喧騒に塗れ、何をそんなに急ぐのか。皆一様にして前を向き、あるいは下を向き。向かうべき目的地へせっせと足を運び出す。

 嬉しくても楽しくても、辛くても悲しくても。時計の針が進むように、時間が止まらないように。人々の営みもまた、止むことはない。

 騒々しく慌しい、熱気に包まれた昼を終えて夜の帳が降りても、この街は熱と賑やかさを失わない。きっとこの先も、失うことはないのだろう。

 人間の営みが続く限り、生ある限り、ずっと――。



 そんな都市の郊外。

 黒い雲に覆われた、微かな月明かりを洩らす空の下。

 そこは無計画に進められた中途半端な都市開発により、地震の際に地盤沈下、および液状化で壊滅的な被害を被った死街。

 破棄され人の住まなくなった廃街は、今となっては無法地帯と化していた。曇天の下、建造物群がまるで歪な積み木のように堆くそびえている。

 唯一直立している、ランドマークと呼べなくもないその一際高い廃ビルの屋上に、一つの影が立っていた。


 屋上の縁に落下防止の鉄柵はなく、一段高いブロック塀が縁を囲っている。

 塀に登り俯瞰から夜景を見下ろすのは、燃えるような真紅の瞳。漆黒の海に浮かぶ市街地へ、冷酷な視線を注いでいる。

 だらりと下ろされた手元に浮かぶのは、空間を鋭く切り裂く銀の線。それは朧げな月明かりを反射して鈍く濡れ光る。枯葉のように波打つ流麗な刃。その切っ先から滴り落ちる水滴が、闇色の染みをコンクリートの床に作っていく。


 その時、一陣の強い風が吹き、雲間から月明かりが差した。

 朧気だった容貌は、月光の下、暗闇の中から徐々に切り出されていく。

 一切の感情を現さないその口元は、真っ赤に汚れていた。

 美しい銀色の髪を風になびかせ、黒の外套に身を包む人物。外見からでも分かる線の細い華奢な体付き。流麗な刃物に添えられた細く長い指、冷徹ささえ感じられる涼しげな目元。


 月光に照らされた、この世のものとは思えないほど人間離れした風貌のその人物は、美しい女だった――。

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