3周囲の人々④~悠乃の教え子~(3)

 汐留先生と二人きりで話す機会はすぐに訪れた。部活が休みとなっている木曜日に、放課後時間は取れるかと、先生自ら話しかけてきた。陸上部は基本的に木曜日が休みとなっている。平日の一日くらいは休みにしようという、先生の配慮らしい。休みとは言っても、一日休むとなんとやらというので、少しだけ学校の周りを部員全員が軽くジョギングする程度のことはしている。


 部活が早めに終わり、私と先生は、放課後の誰もいなくなった教室で二人きりで机に向かい合って座っていた。



「それで、この前の話だけど、それについて正直に話したら、先生は通報されて、仕事を辞めなくてはいけないかもしれない。だからこの話は他言無用でお願いしたい」


「そんなやばいことを妄想している視線だったのですか」


 私の切り返しに先生は、苦笑いを浮かべて肯定も否定も避けた。



「高橋さんは、腐男子って言葉は知っているかい?」


「BL(ボーイズラブ)をたしなむ男性ですよね」


「知っているなら話は早いね。実は僕は」


「わかりました」



「えっ?」


 私はその言葉で先生の生徒への視線の意味を理解した。そうか、そういう視線だったのか。佐藤の言っていたことはあながち嘘でもなかったらしい。しかしそうなると、矛盾も出てくる。


「先生は、確か家族との時間を大切にするために、部活の時間を減らしていると言いましたよね」


「そうだけど」


「先生は、浮気でもしているのですか」


 先生は、ゲイかもしれない。腐男子なんて言葉を使ってはいるが、実は本物の同性愛者ではないか。それなら、視線の意味もおのずと理解できる。男性に欲情していたのだ。だとすると、自分が犯罪者であるという発言も納得だ。しかし、先生は私の考えに何か誤解があるということに気付いたようで、必死に弁明してきた。



「なんか、とんでもない勘違いをしていそうだから、訂正してもいいかな」


「構いませんよ」


「ありがとう。このまま高橋さんを家に帰すと、どう考えてもやばい感じだったからね。あのね、僕は……」


 先生は真実を語りだした。それは、私にとって、衝撃的な内容だった。




 先生の奥さんは、腐女子だったらしい。その影響で、自分もBLをたしなむようになり、思いのほかはまってしまった。そこで、彼は学校の先生だったので、生徒たちを見ながら、ひそかに妄想していた。


 男子生徒同士の絡みを。


 それが思いのほか、興奮するようなものだったらしく、つい犯罪者みたいな視線になってしまったそうだ。そして、その妄想を嬉々として、自分の奥さんに話していたというのだ。あきれた夫婦である。聞いた話によると、奥さんも学校の先生をしているらしいので、やばい夫婦確定だ。



「だから、高橋さんが思っているようなことはないよ。僕はちゃんと妻を愛しているし、同性愛者ではない。ただ純粋にBLを楽しみたいだけなんだ」


「それなら、もっと自分の欲望を押さえておいた方がいいですよ。このままではいずれ、犯罪者として訴えられてもおかしくはありません」


 話は済んだ。まあ、視線の意味も分かったことだし、こんな先生と長話をする意味はない。この日、私はさっさと話を切り上げて帰った。今後、先生を尊敬することはないだろうと心に誓って。



 それが覆されるのは、もう少し後の話。 


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