第49話 黄金色の日々 ①

 ゴールデンウィークが始まり、一日目は千咲と祐奈と三人で買い物に、カラオケにと楽しい時間を過ごした。買い物と言いつつ、基本は色々と見て回るだけなので、岩月君と行きたい場所の下見にもなって私としては一石二鳥みたいな日になった。

 また遊んでる最中に自分で撮った写真や共有した写真の一部を岩月君にも送り、こんなことしたよという報告がてら、みんなで遊ぶのも悪くないよと言う遠回しのアピールをした。

 その次の日は中学時代の友達の家に集まり、近況報告を兼ねたたこ焼きパーティをした。この日は岩月君の知らない人ばかりなので、主に私が写っている写真ばかりを送って、雰囲気だけでも楽しんでもらえたらなと思った。

 写真を送るのは私の自己満足で岩月君からしたら、リアクションがしにくいものかなと思った。だけど、『楽しそうだね』『みんな仲がいいんだね』『見てるだけでも少しお腹減るよ』と時折反応が返ってくるので、送ってよかったと私は笑顔になってしまう。

 中学時代の友達と遊んだ日の夜、岩月君と遊ぶ翌日の待ち合わせ場所や時間を提案した。


『わかった。駅で待ち合わせって、駅前の広場でいいんだよね?』

『うん。それで問題ないよ。今から楽しみだよー』

『それで何するの?』

『デートでしょ?』

『そうだったね』

『明日は一日、私が岩月君をエスコートしてあげるよ』

『それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ』


 岩月君とのやり取りを終えると、胸がなんだかキューっと締め付けられた。嬉しくて、明日が楽しみで、なんだかじっとしていられないそんな感じで――。


「あっ、明日、服何着ていこう。気合い入れ過ぎてもだし、いつも通りすぎてもだし……」


 クローゼットから服を取り出してはこれでもないあれでもないと頭を悩ませる。ちょうどいい感じでかわいいと思われたくて、必死にコーディネートを考えた。岩月君はなんとなく派手な感じは嫌いそうだから落ち着いた感じにしようだとか、シルエットかわいいのにしたいなとか、いっぱい歩くかもだから動きやすさも考えないとなとか――。

 そんな楽しくも果てしない悩みの世界に没頭していった。

 やっとこれだというのに落ち着いたら、明日どこをどう回ろうかと考えてしまう。しかし、あまりにも準備し過ぎるのもなんだか違う気がして、ポイントになる場所だけを決めて、あとは明日に任せようと思った。

 そして、ほどよく頭と体を使ったおかげで、ぐっすりと眠りに落ちていくことができた。


 朝、いつも通りに目を覚まして、朝ご飯を軽めに取り、昨日用意した服に着替えて待ち合わせ場所に。今日行くのは様々な店が立ち並ぶアーケード街とその周辺で、いつもそこに行く際は家からのアクセスが便利なのでバスを使っていた。バスで行っても岩月君との待ち合わせ場所の駅も通るので問題なかった。

 バスに揺られながら、スマホに表示される時間を見て、少し早く着くだろうなと思った。それから画面に岩月君とのやりとりを表示させる。『おはよう』という挨拶に返事が返ってくる当たり前が嬉しくて、『今、家出たから、駅に着いたらまた連絡する』という岩月君がちゃんと来てくれてるという事実が幸せで、今から胸がドキドキとしてしまう。

 駅前の待ち合わせ場所に着いて時間を確認すると、約束の時間の二十分くらい前だった。待ちきれない私は早く岩月君に会いたくて、このまま駅前で待つのではなく、駅の中で待つことにした。改札脇の売店に行き、ペットボトルのミルクティーを買い、そのまま改札の見える場所で岩月君の姿を探した。

 しばらくすると、人の流れが多くなり、その中に岩月君の姿を見つけた。

 改札を抜け、私に気付くことなく人波から外れて、壁際で立ち止まった。

 待ち合わせをして好きな人を見つけた時のドキドキを残したくて、スマホに視線を落とす岩月君の姿を写真にして切り取った。今の嬉しい気持ちを思い出しながら後で何度も見ようと決めた。

 そして、急いでメッセージを岩月君に送る。


『岩月君、そんなに私と早く会いたかったのかな?』


 そんな風にからかい半分、願望半分の言葉を送ると、岩月君はそれを読んだのかバッと顔を上げ、キョロキョロしだした。そして、私を見つけたのか、少しだけ頬を緩ませながら近づいてきた。

 人混みの中で見つけてくれて近づいてくる――ただそれだけのことが特別なことのように思えた。

 きっと私の顔は自然に笑っているはずで。


「待ち合わせは駅前じゃなかった?」

「いやあ、岩月君がこんなに早く来ると思わなくてさー。そこの売店で飲み物買ってたら姿見つけっちゃてさ」

「それじゃあ、あんまり待たせたわけじゃないんだ」

「うん。私も今来たところだから」


 そんな何の変哲のない会話もデートだと思うと恋人同士の会話に思えて楽しくなってくる。それだけじゃなく、目の前の岩月君をまじまじと見ると、服の上下の色合いが私の今着ている服と似通っていて、そういうのも知らない人からしたらカップルが狙ってやったように見えるかもしれないなと思うとにやけてしまう。

 もちろんそんなことは口にせず、誤魔化しとからかいの言葉でやり取りをかわす。岩月君も話しながら楽しそうに笑っていた。

 きっと空気感と言うか本質的なところで似ているのか、岩月君と話したり一緒にいると、とても楽しくて、気を引き締めるくらいでないと、口が滑ったり、心が浮ついたりと大変だった。


「それで中迫さん。まずはどこに行くの?」

「ブラブラと色々見て回ろうよ。それからお昼食べよ」

「分かった」


 今日は私がエスコートすると宣言していたので先に歩き始めるが、岩月君は遅れることなく“定位置”の私の右隣を同じ歩幅で進んでいく。

 そして、時々どんな表情で話したりしてるのかなと隣を横目でちらりと見上げると高確率で視線が重なり、そのたびに私は嬉しくてにっこりと笑顔を返した。

 アーケード街で、いろんな店をただ見て回っているだけなのに、私と岩月君のふとした選択やタイミングなどが驚くほど一致する。私が選ぶ岩月君に似合いそうな服と実際に好きな服、岩月君から見ていいと思う女の子の服と私の好みなども合致した。

 そんな偶然が多すぎるせいで、途中からお互いに「こういうの好きでしょ」「これがいいと思ったでしょ」と予想にならない予想をしあったりと本当に時間を忘れるほど楽しい時間を過ごした。


「そろそろお腹空かない?」


 店を出て、次はどちらに向かおうかなと思っていた矢先、岩月君が尋ねてきた。それを受けて、スマホを取り出して時間を見ると、想像以上に時間が過ぎていてびっくりする。楽しい時間はあっという間に過ぎるけれど、それにしても早すぎて。

 一旦気持ちが落ち着いて、時間を目にしたことで急に空腹を感じてきた。


「そうだねえ。それにいつの間にか十二時回ってるね」

「それじゃあ、お昼食べるとこ探しに行こうか?」


 岩月君はそう言うと遠くを見つめ始める。まずは手ごろな場所に何かないか探しているのだろう。きっとどんな場所で昼ごはんを食べても、岩月君と一緒なら楽しい時間になるのは分かっている。


「お昼は行ってみたいお店があるんだけどいいかな?」

「もちろん」


 岩月君は遠くを見ていた視線を私に戻して、二つ返事で頷いた。本当にノリがいいし、優しいよなと再認識しながら、「よかった」と言葉が漏れた。

 岩月君を案内するのはアーケード街から脇道にそれたところにあるイタリアン系のレストランで、少し前に千咲のオススメということで教えてもらった店だった。店のホームページのアドレスを送ってもらって、店内の雰囲気の良さやメニューの豊富さにいつか行きたいと思っていたのだ。

 店に入ると、ほぼ満席で私たち以外の客は女性のグループか、カップルみたいな男女しかいない。私たちもそう見えたらいいなと思いながら、案内された席に座った。

 そして、二人で特製パスタを注文して、それとは別にマルゲリータを注文した。

 注文したものが届くと、お互いの皿を覗き込んだ。


「岩月君のはなんだか……普通過ぎない?」

「普通でいいじゃん。僕はトマトバジルのソースに合うようにソーセージや野菜をチョイスしただけだよ」

「なんか面白くない。冒険心ゼロじゃん」

「そういう中迫さんはどうなのさ?」

「カルボナーラソースに魚介たくさんだけど? おいしそうじゃない?」

「まあ、確かにおいしそうだけどさ、それも冒険はしてないよね?」


 岩月君の文句ありげな表情が面白くて、笑ってしまう。何を選んでも自由なのだから本気で責めたりしているわけでないことは岩月君も分かっている。ただ、お互いに冒険はしない保守的なタイプだったというだけで、そういうところでも価値観は似通っているのかもしれない。


「じゃあ、食べよっか」

「そうだね」

「あとでひとくち交換するんだからね」

「わかってる」


 そんなやり取りをかわしながら、ひとくちふたくちと食べ進めていく。

 ただ一緒に食べて、「おいしいね」って笑い合う。そんな同じ時間を共有してるだけなのに、ふわふわと幸せな気分になるのはなぜだろうか。

 未来で岩月君と付き合うことになるというのは結果で、私は今、現在進行形で目の前の男の子に恋をしている――。

 こんな幸せな時間がいつまでも、ずっと先の未来までずっと続けばいいなと思っていた――。

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