第8話 春が終わり動き出す世界に、未来を ④
ゴールデンウィーク前日の授業が全て終わり、大量に出された課題という足かせをされつつも、クラスは開放感に満ちていた。
ところどころ集まって、放課後に寄り道して予定を立てようだとか声が聞こえてくる。
昼休みに僕は平穏だが退屈な学校生活を諦めたが、ゴールデンウィークは縛られたくなかった。
「なあ、篤志。ゴールデンウィークはどうするんだ?」
前の席に座る相川が教科書などを鞄に入れながら半身になって尋ねてきた。
「僕はインドア派だからね。のんびりと過ごすよ」
そう言って、一足先に片付け終わった僕は鞄を肩にかけ、逃げ出すように教室から飛び出した。相川がまだ喋りたそうにしていたが、あのままあそこにいたら、相川だけじゃなく中迫さんにも絡まれるんじゃないかと思ってしまった。そうなれば、僕の悠々自適な休日ライフが危ぶまれるのだ。
そのまま逃げ込むように図書室へ。
「そういえば、学校の図書室は初めてなような」
そう小声で漏らす。まだ授業が終わったばかりなせいか、まだ生徒の姿はなく、扉一枚隔てた廊下とこちらとではまるで世界が違うのではないかというくらいに静かだった。
こういう場所だと知っていれば、もっと利用する頻度は増えたかもしれない。
そのまま図書室の中に入り、ふらっと本を見て回る。古書と
しばらくして、顔を上げると図書室にはぽつりぽつりと人の気配があった。もしかすると、この学校で図書室の利用者は多くないのかもしれない。
そして、また本に意識を集中させていると、テーブルを挟んだ向かい側に人の気配がした。顔を上げると、
「ごめん。邪魔したかな?」
西城さんが小声で謝ってきた。西城さんの手には数冊の本を抱えられていた。
「いや、そんなことはないよ。でも、どうしてここに?」
「私、図書委員だから」
「それは知ってる」
僕の返しに西城さんは肩を小さく揺らす。
「私、今日当番で、今は返却された本を元に戻しながら、図書室で出しっぱなしの本がないかとか、どれくらい人がいるかとか確認してたの」
「そういうことね」
「それで、岩月君いたからびっくりしたよ」
西城さんはひそひそ声を保ちながらも楽しそうな表情をしている。
「岩月君はどうしたの?」
「放課後に静かに読書したくてさ」
「私に会いに来てくれたわけじゃなかったか」
西城さんは持っている本で口元を隠すが肩が揺れているので笑っているのは分かる。それを見つめながら、口元が緩むのを感じる。
「それで図書委員の仕事はいつまで?」
「五時半までだけど?」
「じゃあ、せっかくだし終わるまで待ってるよ」
「ありがとう」
西城さんは嬉しそうにお礼を言うと、「じゃあ、またあとで」と手を振り、本棚の陰に消えていった。
僕個人としては西城さんと話したりしているとホッとする。きっと僕と西城さんは似た者同士なのだろう。本が好きなことだったり、普段は静かなところを好むのにファストフード店みたいな場所で読書するのが好きだったり。本以外でも好みが似通っている。だから、僕は少しずつ西城さんに好意を抱きつつあった。そういう積み重ねで西城さんはある意味一番気を遣っていない相手だった。
だけど、全てを中迫さんに塗り替えられてしまった感じがある。
その証拠に西城さんに対しては心は休まるが、ざわついたりしない。今ははっきりと理解してしまっている。
僕が西城さんに抱いている感情は友情で、異性ということでそこにわずかな不純なものが混じり、そんなノイズを好意だと勘違いしていたのだろう。
時計を見るためにスマホをポケットから取り出すと、数件の通知が届いていた。ずっとバイブも切っていたので気付かなかった。
『岩月君どーこー?』
『出てこないと置いてくよー』
『ゴールデンウィークに遊ぼうって話に岩月君のこと数に入れていいよね?』
『欠席裁判だから、拒否権はなしだからね』
そのメッセージの合間に、スタンプがあったりとチャット欄が賑やかすぎる。思わず声を出して笑ってしまいそうになる。
とりあえず、欠席裁判でめちゃくちゃされるのだけは避けたいところだ。
『裁判の出廷通知なしでの欠席裁判は横暴だろ』
『それじゃあ、今から来てよ。駅前のファミレスという名の裁判所に』
『今日は他の人と用事あるからパス』
『岩月君いないと盛り上がらないなー。さみしいなー』
今度は泣き落としかよと心の中でツッコミを入れながら噴き出してしまう。本当に中迫さんは飽きないと言うか、こうやってメッセージアプリ越しの会話なのに、表情が透けて見えてしまうようで楽しい気持ちにさせられる。
西城さんに待つと言っていなかったら、僕らしくなく急いで会いに行っていたかもしれない。
『ゴールデンウィークに遊ぶのはいいけど、個人的に大人数や騒がしいところは勘弁して』
そうメッセージを送るとなかなか返事が返ってこないのでスマホが気になってしまう。さっきから読みかけの本は一ページも進んでいない。
きっと中迫さんのことだから目の前にいる友人たちとの話が盛り上がっているのだろう。少し落ち着いたところでスマホを取り出した理由を思い出し、画面上の時計で時間を確認する。西城さんの図書委員の仕事が終わるまであと一時間と少しだった。
本の続きを読むという気にならず、しおりを
『みんなでカラオケ』
『みんなでお祭り』
『バーべーキューはどう?』
『あっ、岩月君は人多いのや騒がしいのはダメだっけ?』
時々届くメッセージでファミレスでどんな話をしているのか分かってしまう。それを僕に教えつつ、ついでに提案してきているのだろう。
中迫さんが僕にこだわる理由は分からないけれど、スマホの向こうで楽しそうに話しながらスマホをいじる姿がなぜだか安易に目に浮かんでしまう。
そのときまた新しいメッセージが届いたと通知が来る。今度は何だろうとちょっとワクワクしながらメッセージを確認する。
『二人っきりでデート』
僕は驚きのあまり画面を見つめたまま固まってしまう。返事をする前にすぐ次のメッセージが届く。
『デートはやっぱなし。二人で街中を歩いたりしない?』
僕は気が抜ける。言い直してるけれど、それはつまり――。
『結局はデートだよね? それ』
『そうかも?』
『なんで疑問形?』
『じゃあ、デート!!』
僕は笑いをこらえられなくて、声を殺して笑う。
『ダメかな?』
追い打ちのように悲しげに首を傾げるかわいいうさぎのスタンプが送られてくる。
『わかった。いいよ』
その返信にわーいと喜ぶ犬のスタンプや、やったねとサムズアップする猫のスタンプが連続で流れてくる。
『それじゃあ、またあとで日付とか決めようね』
またねと手を振るスタンプと連続でメッセージが送られてくる。こんなにも未来に対して楽しみだと思っているのは生まれて初めてかもしれない。
今まで僕は未来に期待するということが苦手だった。だけど今は何をしてくるか分からない相手と、何をするか見えていても楽しめているので期待で胸が高鳴ってしまっている。
きっと僕はもう中迫順子に心を奪われてしまったのだろう――。
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