8月32日

双峰祥子

第1話 01

「ウソやろ」 

 夜空を見上げたまま、敦は呟いた。

 彼の視線の先にいるのは、中学生ぐらいの女の子だ。

 彼女は宙に浮かんでいる。

 街灯の醒めた光に下から照らされたその顔は、陶器のように白い。

 両目を固く閉じ、血の気のない唇を引き結んでいる。

 切り下げた真っすぐな髪は小さな顔を縁取り、扇のように広がっている。

 白いTシャツと、色あせたジーンズ。折り返した裾からのぞく、細い足首。

 ラバーソールの赤いサンダルを履いた両足は、跳躍の勢いを留めてわずかに曲がり、両腕は羽ばたく途中のように、軽く開いている。

 彼女はその状態で静止したまま、宙に浮かんでいる。

 背後にあるのは八階建てのマンション。明かりのついている窓はそう多くない。

「ウソやろ」

 敦がふたたび呟くと、後ろから「本当です」という声がした。振り向くと、いつの間に来たのか、大学生ぐらいの青年が立っている。

 見るからにインドア派を思わせる細身で、ジーンズにマリンブルーのTシャツ姿。夏だというのに日焼けもしていない。

 一重で涼やかな目は、容易にその考えを読み取らせてくれそうもない。

 何なん、自分。

 そう言いかけて、敦は突然、この青年に会った事があると思い出した。

 彼の長い首。ちょうど右耳の下あたりに、オリオン座の三ツ星のように、斜めに並んだホクロのおかげだ。

 そして当然のように、彼と会った時の不愉快な出来事もよみがえってきた。



 

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