第229話 アゲウスの末路

 朝、部屋から出ると、まるで待ち伏せをしていたかのようにソフィアが部屋の前で立っていた。


「ロイ、おはよう」


「おはよう、ソフィア。どうして部屋の前にいるんだ?」


「あなたの様子を見に来たら中からドタバタ聞こえるんですもの。少し躊躇しちゃったわ。……ユキノやアンジュに比べて、あなたは随分と疲れた顔をしてるわね」


 正面に立っていたソフィアは、ぐいっと顔を近付けてそう言った。


 嫉妬、というよりは同情や呆れといった感情を向けているのが分かる。


 対するユキノとアンジュは「あははは……」と、少し苦笑い気味に誤魔化していた。


「ソフィア、気にするな。アンジュがちょっと暴走しかけていただけだから」


「え〜~、ロイ君にとっても役得だったと思うけどなぁ~。私が腰を落とせば既成事実確定だったのに、ユキノがギリギリで起きて妨害するんだもん」


 と、そこまで言ったところでアンジュはハッと我に返って口を押さえた。

 ソフィアから怒られないように、敢えて濁した言い方をしたのに、今更口を押さえたところで、なぁ……。


「アンジュさん、女の子はムードと気持ちを尊重されるべきですが、男の子の信念だって尊重されるべきなんですよ? そりゃあ、私だって最後まで、とは思いますが……」


 尊重か……ユキノは優しい言い方をしてくれる。要は、最後の一歩を踏み出せない俺がヘタレなだけなんだ。

 戦争中だから、それを理由に向き合う覚悟が出来ていない。


 こんな俺に愛想尽かすことなく付き合ってくれる彼女達の優しさに、感謝してもしきれない。


「ふぅ……そうですわね。専用の薬があるとはいえ、確実ではないんですもの。仕方がないわ。でもね? 戦争が終わったらでいいから、将来のこと、みんなでじっくり話し合いたいわ」


「ああ、約束する。その時は俺も覚悟を決める事にするよ」


 ソフィアを正面から抱き締めたあと、軽くキスをする。色欲ではなく、恋人としての約束のキスだ。


 とはいえ、一人にしたら当然二人にもしないといけなくなり、最終的には後からやって来たサリナにもおはようのキスをする事になった。


「うーん、でもロイ君って……意外に落ちやすいからなぁ~。何かがあれば────それも覆るかもにゃぁ~」


 食堂に向かう間際、アンジュのそんな言葉が耳に入ったが、当時の俺はその意味をよく考えはしなかった。


 ☆☆☆


 一階に下りると宿のマスターが俺達のところに来て挨拶をした。どうやら土石流の流れを分断した事が街中に広がっているらしく、住民の殆どが感謝していると言っていた。


「お連れ様がお待ちです」


 そう言って通されたのは一般的な食堂の奥にある扉、所謂いわゆる……VIPルームというやつだ。

 別にお礼を期待していた訳じゃないので、なんとも気恥ずかしい気分にさせられる。


 奥に入ると、貴族が使うような豪華なテーブルがあり、上座に当たる部分にクーレが座っていた。

 こんがり焼き上げられた骨付き肉を、その小さな口で噛み千切りながら頬張っている。


「おおー、ロイ。起きたのか!」


「クーレ、もう少しゆっくり食べたらどうだ?」


「ふがっ! ほぐぼくむがぁっ!」


「……はぁ。なんて言ってるか分からん。取り敢えず、先に食事を済ませるぞ」


 そう言いつつ、俺達は対面に座る。宿の看板娘が飲み物を聞いてきたので、お酒というアンジュの注文を却下して全員牛乳にしてもらった。


 目の前に置かれた巨大な七面鳥を、食べられる分だけ切り分けてお皿に乗せる。勿論、サラダも一緒に食べるつもりだ。


「少し味付けが濃い気がするが……これはこれで美味いな。ハルモニア地方は色んな食材が集まるだけはある」


 と、宿のマスターが腕によりをかけて作った料理に舌鼓を打ちつつ、食後のデザートが出された辺りで本題に入ることにした。


「単刀直入に聞く。アンタは……何者だ?」


「何者と言われてものぉ。素性という意味でなら……竜人族の長、竜姫クレエブレ、そして伝承保管機関の管理長でもあるな」


 前半の肩書きに関しては昨日聞いていたから特に驚きもなかったけど、最後の肩書きは全くの予想外過ぎて思わず「えっ?」と口から漏らしてしまった。


「だから言うたじゃろ。部下が向こう側に付いておるから、その粛清に来たと。伝承保管機関は原則として絶対中立であらねばならん。だが、職員は優秀な研究者でもある。だからこそ、好奇心から使ってみたいという衝動に駆られる事があるんじゃ」


「じゃあ、ゼピュロスの塔を攻略出来たのは────」


「オーパーツ無しでの攻略、間違いなく機関の人間が関わっておるだろうよ。それに、ここ最近のクリミナルの増殖速度が加速しておる。これに関しても魔人創造の効率化に手を貸しとるじゃろうな」


 やはりそうか。もし始めからそう言った技術を持っていたのなら、わざわざ俺達の村からオーパーツを強奪したりしないはずだ。


「時にロイ、アウリス……という名に心当たりはないか?」


 クーレからの問いに記憶を掘り起こすこと数秒、思い出した。


「グランツで俺がカイロに負けた後、病室にアウリスと名乗る伝承保管機関の人間が現れたな」


「あやつとその一派が、複数の遺物を持ってレグゼリアへと亡命を図った。次にアウリスが現れたとしても、その時は敵だと思ったほうが良いじゃろう」


 クーレが腕を組んで尻尾を強く地面に叩きつけた。


 割と怒ってるみたいだが、俺達には小さな子供が怒ってるようにしか見えないため、そこまで威圧感は感じなかった。


「妾の素性と目的は話した。次はこちらが質問をする番じゃ。あの黒髪黒眼の優男はそこの乳女と知り合いなのか?」


 ユキノは「みんな大きいと思いますけど……」と愚痴りながらも、カミシロとの関係をみんなの前で簡単に説明した。


「ふむ……アゲウスといい、カミシロといい、お主は変なのにツケ狙われる運命じゃのぉ」


「私、狙われるのはロイさんだけでいいのですが……」


「ま、アゲウスに関しては安心せい。ほれ、耳を澄ませてみろ、そろそろ聞こえてくるはずじゃ」


 一同、クーレの言葉に従って宿の入口へと意識を集中させてみる。すると、外からアゲウスの叫び声が聞こえてきた。


『おかしいだろ! あの男が邪魔さえしなければ王国軍を一掃できたんだぞ? なのに、なんで僕が拘束されなきゃいけないんだっ!! こんなことをして、アトモス本国が許すわけがない!』


『そのアトモス本国から国家反逆罪として拘束し、本国へ送還するように我々は命を受けているのだ、大人しく付いてこないか』


『……くっ! せめて、僕を護送する人間は女にしてくれないか?』


『複数の上級女官、貴族の娘、手を出し過ぎたな。いかに水魔術の天才と言えども、操れる人数に限界がある。正気を取り戻した女性から膨大な数の陳情が王の元へ寄せられているぞ? 良くて死刑、悪くてガルスパン監獄送りだ、覚悟しとけよ?』


『はぁ? そこまで酷いことしたか? おい待て、ガルスパンだけは勘弁してくれ! 頼む、金ならやる、お前の為に女を操ってもいい、頼む、話を聞いてくれぇぇぇ────』


 アゲウスの悲痛な声が遠ざかっていく。


 ガルスパン監獄……確か、アトモス地方の最東端にあるとされる絶海の孤島ガルスパンに建設された収容施設。

 アトモス法における重大犯罪を犯したものが収監され、そこに刑期などはなく、新薬の被検体、新魔術の試し撃ちと言った方法で国へ奉仕することを強要されると言われている。


 生きて脱獄できた者はおらず、収監後一週間で片腕が無くなることもざらでは無いらしい。


 クーレはフフンと笑みを浮かべて一言。


地山決水デブリスフロウを使わなければ、キャパシティは超えなかったのになぁ? 功を焦った挙げ句、味方に損害を出し、進軍すらしなかった。ガルスパン送りになってもおかしくはないのぉ」


 クーレは邪悪な笑みを浮かべつつ、俺の顔を見た。


「未だ洗脳下にあるアトモス軍の女官たちは一時的に帝国の指揮下に入る事になったらしいぞ? さてはて、一体誰が洗脳を解くんじゃろうなぁ?」


 その視線、とても嫌な予感がする。洗脳を解くってことは、体内にあるアゲウスの魔力を浄化しなくていけない。

 奴の魔術の原理は体液を穴という穴から侵入させて、魔力の発生源である心臓を浸食し、身体全体を催眠状態にする。


 それはつまり……いや、まさかな……。

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