第216話 軍営にて
帝国の紋章である鐘の刺繍された幕舎に入ろうとすると、入口に立っていた騎士に止められてしまった。
「待て、見ない顔だな。その格好……冒険者か。現在、帝国は冒険者を登用していない。そうだな、アトモスなら冒険者を登用していたはずだ。碇の紋章が目印だからアトモスの幕舎に向かいなさい」
ロイが返答するまでもなく、勝手に行き先を決められてしまったことに少しだけ苛立ちを覚えた。
「いや、話を聞けよ。呼ばれたからここに来てんだぞ」
「呼ばれた? いやしかし……」
顎に手を当てながら思案に耽る騎士。そしてロイ達をジロジロ見て「あっ」と何かに気づいたかのような声を上げた。
ロイ達に共通しているもの……それはリーベを象徴する黒い外套だった。帝国を中心に活動する新進気鋭のクラン……編成に部外者を入れることなく少数精鋭でクエストをこなし、低級から上級まで嫌な顔せずに引き受けることもあって、冒険者ギルドから多大な信頼を得ている。
俺達が来るという話は通ってるだろうし、今になって気付くというのも随分と間の抜けてる騎士だ。
「し、失礼しました。どうぞ、お通り下さい」
騎士に通されて幕舎に入ると、ヴォルガ王と数人の騎士が長いテーブルを挟んで話し合っていた。
そしてこちらに気付いたヴォルガ王が手を上げてロイを歓迎する。
「おお〜来てくれたか! あまりに来ないから心配しておったのだ!」
「まぁ、旅だからな……色々あったんだよ」
敢えて人狼のことを伏せていると、ヴォルガ王もそれ以上の詮索をすることなく着席を促した。
「丁度、軍議を行っていたところだ。大小様々な国がここに軍営を築いておるからな、行軍ルートを策定してぶつからん様にする必要がある。ロイよ、これを見て何か意見はないか?」
「意見と言われてもなぁ。俺は軍師というわけでもないし……」
言われてルートを確認してみると、非の打ち所がないほどに洗練された行軍スケジュールだった。
水場の確保、休憩場所、危険な魔物の回避、しかもクリミナルの出現場所まで組み込んでるのは驚かされた。
だが、ただ一点において疑問点があった。
「アトモスは水上都市国家だったよな。出身者の属性も考えたら川沿いに進軍した方が上手く戦えるんじゃないのか?」
「ふむ、それについてはワシも指摘したんだが……秘策があると言われてしまってな」
「デメリットをメリットに変えられるなら、特に反対する必要もない、か」
「機嫌を損ねて連合に亀裂を入れるわけにもいかないからな。秘策があるというのなら、是非とも拝見するしかあるまい」
それ以上の指摘事項も無く、軍議は終わった。
全体的な流れについて、まずは正面から連合がハルモニアへ仕掛ける。主力である黒兜が現れたらロイ達が相手をする。黒兜と戦闘中、他の陣営が要所を迅速に制圧。
その間、魔王率いる魔族軍は帝国領から直接レグゼリア王国を空から攻める。
王を倒せばハルモニアに駐屯するレグゼリア軍も引き上げて、カイロは降伏を余儀なくされる。
いかに無双のカヴァーチャを所有するカイロとて、所詮は個人……全員で包囲して上級魔術を浴びせ続ければいつかは倒れる。
これが今回の戦争の大まかな流れだった。当然ながら、全てが万事上手くいくとは誰も思ってはいないだろう。
問題が起きた時の対応力……これが重要になってくるはずだ。
軍議が終わり、幕舎の外に出ると緑色の髪が特徴的な線の細い男が立っていた。
こちらをジロジロと眺めたあと、ユキノをじーっと見始めた。
「な、なんでしょうか?」
「美しい……。しかも、髪と同じ黒い瞳は珍しいではないか!」
奇妙なポーズを取りながらバラをユキノに差し出すおかしな男。内心"またか"と思ってしまう。
最近こういうことが多い気がするんだが……。
ロイがため息交じりに呆れていると、男はあろうことかユキノの手を取って見つめ始めた。
────ブンッ!
男の腕を落とすような軌道で振り下ろされた剣は空を切って地面に刺さった。
「おっと! 危ないなぁ、君はこの娘のお兄さんかな?」
「兄じゃねえよ。俺の……に、勝手に触れるな」
途中、大事な台詞を言い淀んでしまった。とはいえ相手の男は言いたいことを理解したようで、腕を組んで不躾な視線を向けてきた。
「随分と綺麗所を集めてるんだね。僕の側室にはいないレベルはかりだ」
「まるでコレクターみたいな物言いだな」
「違うのかい? 己の権力を示すのに女と金は最も有効なんだよ」
「あんま綺麗事を言いたくはねえけど、きちんと心臓が動いて血の通ってる人間だぞ? 女を物のように扱うなよ」
「それは違う。女だけに限らず、僕より地位の低い人間は全て僕を引き立てる道具に過ぎないのさ……勿論、君もね」
高圧的な物言いにイラッときたロイだったが、袖をクイクイと引っ張るユキノの意思を汲んで剣を納めた。
「まぁいいさ、戦場では僕が活躍するからね。僕の偉大さを知った君の女達はきっと僕に惚れ込むはずさ。せいぜい捨てられないように頑張りなよ」
緑髪の男は長い前髪をサラッと流して去っていった。
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