第206話 世界の起源

 大広間に長方形の巨大なテーブルがある。入口には魔王が座り、その反対にはヴォルガ王が座っている。


 俺達はその中間付近に並んで座った。正直なところ、魔王やヴォルガ王よりも……壁際に立って並ぶ上級士官の視線が一番気になる。


「コホンッ! それでは魔王殿、改めてここに来た理由を説明願えますかな?」


「よかろう。我がここに来たのは【世界終焉ワールドデストラクション】を阻止するためだ」


 聞き慣れない単語を耳にして思わず聞き返した。


「【世界終焉ワールドデストラクション】?」


「伝承保管機関とやらが秘匿している世界最古の書物……【始まりの書】にも記載されている内容だ。簡単に言うと世界には二柱の神がいて、善性を司る神がエルフと人間を、悪性を司る神が魔族とドワーフを生み出した。四大種族の誕生後、他の種族が生まれた。種を生み出す神の所業に人は神を崇めるようになった」


「……話の流れが変わりそうだな。ここから転落していくのか?」


 ロイの言葉に魔王は静かに頷き、紅茶を一口飲んだあと潤った喉で言葉を紡いだ。


「そう急かすな、話はここからなのだから。ある時、魔族とエルフが共同で新たな種を創造するための研究を始めた。その結果としてダークエルフが誕生、神の所業を人の手で成し得た瞬間だった。だが、これに対して悪性を司る神が大いに激怒した。何故ならば……それを容認してしまうと人はいずれ神へと至り、世界の均衡を大きく破壊しかねないからだ」


「まさか、太古の悪神との戦争って……」


「そうだ……あれは神が世界を守るために行った神罰戦争だったのだ」


 太古の戦争以前の歴史は、魔王の言う【始まりの書】を除き、どんな書物にも書かれていない。きっとどの国の伝承にも記載されていないだろう。

 それがまさか、魔族とエルフによる過ちからきた戦争だとは思わなかった。


 だがこれで理解できた。何故力あるはずの魔族が世界の辺境に移り住んだか、何故エルフが他種族に対して排他的なのかを。


「善性を司る神は大いに嘆き、密かに人に対して力を与えた。お前達が次元の裏に隠している武器それが、その時に与えられたものだ」


「これが……そうだったのか」


 ロイは剣を召喚して眼前に掲げた。白銀の長剣は鈍く光っている。


「その武器を真似て創り出したのが魔族に伝わる遺物武器エピックウェポンだ。辺境ではなく、世界に進出したいと望む魔族により持ち出され、人間サイドで色々と暗躍しているようだがな」


「俺達はてっきり、アンタが世界征服を企んでいるとばかり思っていた」


「ふっ、戒めなど……時代と共に薄れゆく定めだろう。辺境で増殖するクリミナルを見るまでは、我等も昔話に過ぎないと思っていたからな」


「クリミナルの増え始めた時期から考えて……闇人形は完全にアウトだったわけか……」


 魔王は目を伏せて黙り込む。世界に再び神罰が行われつつある……しかも今度は人間と魔族という組み合わせ。

 きっと事態を重く受け止めているのだろう。


「それで……神々はどうなったんだ?」


「人間の活躍により悪性を司る神は消滅、残った善性を司る神は、人が同じ過ちを犯さぬよう自らの存在力を消費して文明を抑制する塔を建てた。それ以降、神は表舞台に姿を現していない」


 その塔も4つあるうちの2つが解放されてしまった。このままレグゼリアが侵攻を続けたらまた世界が汚染されてしまう。何としてもそれだけは阻止しなければ。


 だが、神は消滅したと魔王は言っていた。なのに何で今世界はこんなことに……?


 ロイはその疑問を魔王に問かけた。


「待てよ、神は消滅したのに……なんで今こんなことが起きてるんだよ」


「単純に、悪性を司る神の残滓呪いだろう。人のように肉体を失えば終わりではないからな」


 会議室は重い空気に包まれた。塔を封印する術もなく、すでに闇人形は誕生している。

 残りの塔を死守するのは当然だが、悪神の呪いを封じる術が無いため、生活を脅かされながら生きなくてはいけない。


 先細りする未来を考えると、溜息が出るばかりだ。


 そんな空気が漂う中、静観していたヴォルガ王が口を開く。


「どちらにせよ、西に出征せねばレグゼリアは力を増すばかりじゃ。特にカイロ率いる黒兜は厄介過ぎる。魔王殿、なにか良策はないかの?」


「カイロなる者はカヴァーチャを所持していると聞く。あれは4つの武具で構成された遺物武器エピックウェポン、それ故に出力も4倍を超えている。我等が総出で挑んでも全滅するだろう。人間の中に時間を稼げる者がいれば……或いはなんとかなるやもしれん」


 魔王が言うや否や、ヴォルガ王が一瞬チラリとこちらを見たような気がした。


『ロイさん、今あの王様こっちを見ませんでしたか?』

『やっぱりそう見えたか……。結局こうなるのな』

『でも関所は通りやすくなりますよ?』

『だな。今回フレミーがいないことの不便さを身に沁みたしな』


 ロイは溜息を吐きながら挙手した。


「時間稼ぎならなんとかなる。それで、魔族は何をするんだ?」


「お前達が西を攻撃してる間、レグゼリア本国へ仕掛けようと考えている。ただ、そのために魔族をここへ集めたいと思ってるのだが」


「良かろう、共闘せねばアレは勝てんからの」


「取り敢えず俺達は一度エデンに帰る。ハルモニアとの国橋付近で待ち合わせでいいな?」


「うむ、大きな鐘が刺繍された幕舎を訪れるが良かろう」


 こうして魔族と人間による連合が完成し、ロイ達はテスティードの部品を持ち帰るために1度エデンへと帰ることになった。

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