ハルモニア解放編

第207話 出立の日

 ロイ達はエデンの入口である帝国側の廃坑にいた。


 エデンの守り人であるリーベスタ一同が、見送りの為にロイ達を取り囲んでいた。涙を流しす者、ロイに手紙を渡す者、行動はバラバラだがその心は皆同じだった。


「ボス! どうして我々の同伴を許して下さらないのですかぁ~!!」


 リーベスタの一人がロイの黒い外套にすがりつく。


「悪いな、今回の戦場はハルモニアなんだ。グランツより遥かに遠いし、ここの守りを薄くしたくないんだ。わかってくれ」


「わかっております。わかっているのですが……」


 俺よりも明らかに年上なのにこんなにも心配してくれる。心が温かくなるし、悪くない気分だった。そんなリーベスタの男を引っぺがして、若いリーベスタの女の子が前に出てきた。


「もう、邪魔よっ! コホンッ……あ、あのボス! 私、お弁当を作ってきました。道中召し上がってください!」


「お、おう……」


 その女の子は腰を90度に曲げて腕を突き出す。手にはお弁当らしきものがあって、ロイはおずおずとそれを受け取った。どうしたものかと視線を後方へ向けると、ユキノ達が腕を組んでジト目を向けているのが見えてしまった。


 特定の女性がいる男が、不用意に他の女から物を受け取るのはよくない。それはわかってはいるのだが……ここで受け取らないのはよくないのだ。だって、空気が悪くなるだろ?


 その後も盛大な見送りを受けつつも、いよいよテスティードを発進させようかという時、エデンの村長であるシュテンが黒い本を差し出してきた。


「これは?」


黒月こくげつ黒葬こくそうの奥義書じゃ。今のお前さんならギリギリ使えるじゃろ」


 黒月……確かカレルがマナブに向けて放っていた第二の奥義か。黒い三日月状の斬撃を飛ばすというシンプルなスキルだが、凝縮された魔力は凄まじく高密度であり、治癒術師が使う祝福盾ブレスシールドなら簡単に真っ二つにするほどの威力を誇る強さだ。


影衣焔かげいほむらと原理は同じじゃ。影魔術師が世界と渡り合うための技術、その仮想敵の気持ちを考えることができれば……自ずと使えるようになるじゃろ」


 アドバイスのつもりなのだろう。だけど俺にはシュテンの発した言葉の意味が全くわからなかった。取り敢えず道中、テスティードの中で読み耽るとして、シュテンに別れの言葉を告げることにした。


「爺さん、俺が帰るまで死ぬなよ」


「それはフラグというやつか? 生憎とワシはそんなもの……幾度となくぶち折ってきた。いらぬ心配じゃわい!」


 ガハハハと大きく笑いながらシュテンはそう返してきた。そのフラグを折り続けた結果、当時いた女性のほとんどに愛想を尽かされたわけだけどな。


 火の魔石と風の魔石で構成された動力機関にルフィーナが魔力を流すと、テスティードが大きな駆動音を立てて準備完了の合図となった。シュテンが離れると、ルフィーナがゆっくりとテスティードを発進させる。本当はいきなりフルスロットルにもっていくこともできるけど、別れを惜しむリーベスタに配慮して速度を落としてくれたのだろう。


 エデンから少しずつ遠ざかっていく。ユキノとアンジュはハッチから身体を乗り出して手を振っている。今生の別れじゃあるまいし、少し大袈裟に感じる。


 まぁ、カイロと対峙すれば激戦になるのは違いないが……。


 唯一の心残りがあるとすれば、マナブに挨拶できなかったことくらいか。エデンの内政関係とギルドの運営を一手に任せているから少しだけ心苦しい。


 帰ったらきちんと労いの言葉と共に何かしらの霊をしないとな。


「ユキノ、もう見えないだろ。降りて来いよ。そのままだと白いのがずっと見えたままだぞ」


「ロイさん、デリカシーがないですぅ!」


 ユキノはプンスカ怒りながら着席する。続いて降りてきたアンジュはロイの隣に座ると耳元に顔を近付けてそっと囁いた。


「私は緑だよ。真ん中にリボンのついたやつ……後で見る?」


「ま、まぁ……順番が来たら、な」


「あ、ロイ君照れてる~~♪ 攻めるのは得意だけど、攻められるのは苦手なんだ~~」


「うっせえな、今日は俺が見張りする……だから先に休むからな」


 照れを隠すようにして操縦席に引っ込んだ。隣ではルフィーナが魔道盤に手をかざして魔力を注ぎ込んでいる。パルコの後釜として御者を頼んではいるが、迷惑だったりしないのだろうか?


「なぁ、俺達についてきて良かったのか? ルフィーナは客みたいなもんだし、今からでも────」


「ロイ殿、それは言わないでください。フレミー様は私の成長を期待してロイ殿に預けたのです。安全なところで待ち続けるのは違うと思いますよ」


「お前がそういうのならこれ以上はもう言わねえよ」


 俺が毛布を被って横になると、ルフィーナがチラチラとこっちに視線を向けてくる。そしてたまに何か言おうとして黙り込む、その際にエルフ特有の長い耳までシュンとなるのだから、逆に気になって眠れない。


「ルフィーナ、言いたいことがあるんなら言ってくれよ。そんな風にされたら眠れないだろ」


「そ、そうですか? では……コホン! ロイ殿、太ももに興味はありませんかな?」


「急に太ももってなんだよ。……女のか?」


 ルフィーナは静かに頷いた。一体なんのつもりで言ってるのか皆目見当もつかない。


 ロイが思案に耽っていると、ルフィーナが片手で自らの膝をトントンと軽く叩いて言った。


「現在地から一番近い村はハルオーネです。多分このままだと二日はかかると思います。先ほどチラッと聞こえたのですが、ロイ殿が今日は見張りをすると聞きました。仮眠を取るためにも、どうか私の膝をお使いください」


 ルフィーナを見ると耳まで真っ赤になっている。後部座席で眠るとアンジュにイジメられるから操縦席に来た。だけどここは少し狭くて寝にくい。彼女の提案は案外いいのではないかと思えてくる。


「……辛くなったら言えよ?」


「疲れたら停車して休憩にしますので、それまで存分にお使いください」


 ロイはルフィーナの膝に頭を乗せて目を瞑った。エルフだからか、大自然の香りが鼻腔をくすぐる。とても暖かくて落ち着く、日向ぼっこをしてる気分だ。


 そうやって安らいでいるとロイのまぶたは少しずつ重くなっていき、結局ルフィーナの魔力が尽きて休憩になるまで眠ってしまった。



Tips

ルフィーナの容姿

ウェーブがかった金髪ロング

顔立ちは綺麗系

スタイルはスレンダーで膝枕をしてもロイ側から顔が見えるレベル。(ユキノの膝枕は窒息効果が付与される)

年齢は200歳だが、人間に例えると20歳丁度。

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